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新たな始まり

この話から五巻部分が始まります。

 周囲の木々を鏡のように映している美しい湖の側で、彼方は大きく背伸びをした。

 朝の太陽の光が彼方の姿を照らす。

 寝癖のついた黒髪に色白の肌、服は青紫色の上着に灰色のズボン。多くのアイテムが入る魔法のポーチを腰につけている。


 彼方は腰を捻るようにして周囲を見回した。

 広葉樹の枝葉の上を二つのしっぽを持つリスが走り回っている。


「ほんとに不思議な世界だな…………」


 彼方は、ぼそりとつぶやく。


 ――この場所に移動してから五日目か。サダル国の追っ手もないし、モンスターの姿も見当たらない。潜伏するにはいい場所だな。


「彼方ーっ!」


 茂みから獣人と人間のハーフのミケが現れた。ミケは茶色のしっぽを揺らして、彼方に駆け寄る。その手には大きなポク芋が二つ握られていた。


「おっきなポク芋見つけたにゃー」


 ミケは自身の手のひらよりも大きなポク芋を彼方に見せる。


「これで朝ご飯を作るにゃ。バターと胡椒もあるから安心するにゃ」

「うん。美味しそうだね」


 彼方はミケの頭の上に生えた耳を軽く撫でる。


 その時、彼方の背後から足音が聞こえてきた。

 振り返ると、いっしょに異世界に転移した香鈴、ダークエルフのエルメア、有翼人のニーアがいた。


 エルメアがひもで縛った二羽のチャモ鳥を彼方に渡す。


「オスのチャモ鳥を二羽捕まえた。これで今日の分は余裕だろう」

「うん。ミュリックはリシウス城に偵察に行ってるからね。五人なら、これで十分だよ。ミケがポク芋を見つけてくれたし」


「うむにゃ」とミケがうなずく。


「みんなのご飯を手配するのは、食べ物大臣の大事な仕事だからにゃ」


 ミケの言葉に、仲間たちの表情が緩んだ。


 ――携帯用の食料はなくなったけど、こうやって現地調達できるから、飢えることはなさそうだな。


 ◇


 彼方がポク芋のバター焼きを食べていると、遠くから爆発音が聞こえた。

 彼方は素早く立ち上がり、視線を音がした方向に向ける。


 ――今の音は…………攻撃呪文か。


「みんなは飛行船に戻ってて! 僕は様子を見てくるから」


 彼方は仲間に指示を出して、森の中を走り出した。緑色の苔の生えた巨木の間を縫うように進む。


 やがて、彼方の瞳に見覚えがある女のモンスターの姿が映った。

 女の肌は青白く、額に角が生えている。瞳は赤く、赤い唇の両端から白い牙が見えていた。


 ――四天王ガラドスの参謀のキリーネか。


 彼方はガラドスと戦った時に側にいたキリーネのことを思い出した。


 キリーネは腕から血を流していて、その前には銀色の毛に覆われたハリネズミのようなモンスターがいた。

 ハリネズミのモンスターは背丈が百五十センチ程で、背中が丸く、両手に青白く輝くムチを持っていた。


 二体のモンスターの会話が彼方の耳に届いた。


「そろそろ、デスアリス様の部下になる気になったか? キリーネ」

「ふざけるなっ! ダズル」


 キリーネはハリネズミのモンスター――ダズルを睨みつける。


「私がガラドス様を裏切ると思ってるのか?」

「裏切るしかねぇだろ。もう、ガラドスは終わりなんだからな」


 ダズルは牙が生えた口を開いて笑った。


「みんな、知ってるんだぜ。ガラドスが氷室彼方にやられたことを」

「それがどうしたっ!」


 キリーネの声が大きくなる。


「氷室彼方は人間だが、強い男だ。奴に負けたとしても、ガラドス様の価値が下がることはない!」

「それはどうかな? 既に七割の部下がガラドスから離れたと聞いたぞ。そして、そのうちの四割は我が主、デスアリス様の部下となった」


 クククとダズルが笑い声を漏らす。


「所詮、ガラドスなど力だけの男。上に立つには頭が悪すぎる」

「頭が悪いだと?」

「そうさ。氷室彼方が強くとも、殺す方法はいくらでもある。奇襲をかけてもいいし、集団で攻めてもいい。そんなこともわからないとは、ガラドスの脳みそは筋肉でできてるようだ」

「違うっ! ガラドス様は、あえて一対一で氷室彼方と戦ったんだ。そうでないと意味がないと言われて」

「それがバカってことだ」


 ダズルは尖った銀の体毛を小刻みに揺らす。


「俺なら、氷室彼方を簡単に殺せる。背後から忍び寄って首を斬れば、それで終わりだ。と、それも悪くないな。奴を殺せば、俺の名を広めることができる」

「お前ごときに、氷室彼方がやられるものか」


 キリーネは先端が二つに分かれた短剣をダズルに向けた。


「それに、あの男を倒す権利があるのはガラドス様だけだ!」

「ふんっ、お前もバカな女だな。デスアリス様の部下になれば、死ぬことはなかったろうに」


 ダズルは左右のムチをピシリと鳴らした。


「じゃあ、死ね」


 その時――。


◇◇◇

【呪文カード:魔水晶のジャベリン】

【レア度:★★★★★(5) 属性:地 対象に強力な物理ダメージを与える。再使用時間:7日】

◇◇◇


 青白く輝く半透明の槍がダズルの背中に突き刺さった。


「があっ…………」


 大きく口を開けて、ダズルが振り向く。


 そこには彼方が立っていた。


「お…………お前…………まさか…………」

「うん。氷室彼方だよ」


 彼方は自身の名を口にした。


「僕を殺す気みたいだったから、先に攻撃させてもらったよ。背後からの奇襲だけど文句はないよね?」

「…………そっ、そんなバカ…………がっ」


 ダズルは呆然とした表情を浮かべて、地面に倒れた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] うむにゃ [一言] やっていいのはやられる覚悟がある奴だけだ。的な。 瞬殺せずに「自分が言った事をやられただけだよ〜」と絶望を叩きつけるスタイル。嫌いじゃない。
[良い点] ミケ、ポク芋、チャモ鳥、ニーア、うむにゃ どんどん好きなキャラが増えてゆきます。 この刺激的でありつつも幸せな世界が長く続きますように。 [一言] 書籍化作業から、有名になる事での読者の…
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