Sランク魔法戦士ティルキル
「氷室彼方…………で間違いないな?」
「…………うん」
ティルキルの質問に彼方は首を縦に動かす。
「あなたはSランクの魔法戦士ティルキルですね?」
「ああ。そして、こいつがSランクの魔獣使いのメルーサだ」
ティルキルは隣にいる黒髪の女――メルーサを親指で指す。
メルーサは結んでいた青白い唇を開いた。
「あなた…………強いのね。まさか、ケルベロスまで、一撃で倒すなんて」
そう言って、落ちていた神殺しの斧を右足で踏む。
「だけど、その武器を手放したのはミスじゃないかな?」
「そうでもないよ」
彼方は深淵の剣を両手で握り締めながら答えた。
「この通り、別の武器も具現化できるからね」
「でも、その剣、攻撃力はいまいちに見えるな。なんらかの効果はあるみたいだけど」
メルーサは胸元から、小ビンを取り出す。
「待てっ! メルーサ」
ティルキルが手でメルーサの動きを制した。
「氷室彼方、お前に聞きたいことがある」
「…………何かな?」
彼方は数歩下がって、両足のつま先に重心をかける。
「お前…………いくつの武器を持ってる? この二つだけじゃないんだろ?」
「…………ああ。そういうことか」
――アイテムカードで具現化した武器が欲しいんだな。特に★の数が多い武器は、この世界のマジックアイテムより、強力みたいだし。
「仮に、まだ持ってるって言ったら、どうなるの?」
「…………レア物の武器を全部俺に渡せば、お前を逃がしてやろう」
ティルキルの口調が柔らかくなった。
「悪くない取引だろ? どんなにいい武器を持っていても、死んだら意味がない」
「その意見には同意かな。でも…………」
「でも、何だ?」
「あなたが約束を守ってくれる保証がないのが気になります。武器を手に入れた後、僕を殺すかもしれない」
「ははっ、たしかにそうだな」
ティルキルは笑い出した。
「だが、それでもお前は俺を信じるしかない。そうしないと、死ぬのだから」
「あなたたちが死ぬかもしれません」
「…………ほぅ。俺とメルーサに勝てると?」
「その可能性もあるってことです」
「ふーん。たしかにお前も強い。Sランクの実力があるのは間違いないだろう。だがな」
ティルキルは右手の指を鳴らした。
背後の茂みから、背丈が二百五十センチを越えた狂戦士イゴールが現れた。
イゴールは巨体を揺らして、ティルキルとメルーサの間に立つ。
「おおぅ、予想より、ちっちぇな。だが、殺しがいがありそうだ」
ノコギリのような刃を持つ大剣を彼方に向けて、イゴールはにやりと笑った。
「これで、理解したか」
ティルキルが一歩前に出た。
「俺たちは何年も三人一組で仕事をしてきた。ルファリス火山のドラゴンも倒したし、エブレ沼地の双頭バジリスクも俺たちが倒した。どちらも災害レベルのモンスターだぜ」
「…………変だな」
彼方がぼそりとつぶやく。
「変? 何がだ?」
「自慢するなら、そんなモンスターよりも、魔神ザルドゥを倒したと言ったほうがいいんじゃないのかなって」
その言葉に、ティルキルの表情が険しくなった。
「…………あぁ。そうだったな。ザルドゥも倒したことになってたか」
「倒したことに?」
「お前だって、そうじゃないか」
唇を歪めて、ティルキルは笑う。
「俺たちは同じことをやってる。だが、多くの者が信用するのは、俺たちのほうだ。名声も実力も、こっちが上なんだからな」
「真実よりも、名声が重要か…………」
「んっ? 真実って、どういう意味だ?」
「ザルドゥを倒したのは僕だと言ってるんです」
彼方は抑揚のない声で答えた。
一瞬、薄暗い林の中が静まりかえった。
「…………ふっ、ふふふっ」
十数秒後、ティルキルが笑い出した。
「この状況でも、ウソを突き通すか。なかなかの忠誠心だな。だが、この状況じゃ、お前の言葉は意味がない。どうせ、お前は…………」
その言葉と同時に彼方が動いた。素早く左に移動しながら、カードを選択する。
◇◇◇
【呪文カード:サイコスモーク】
【レア度:★(1) 属性:無 周囲に視覚、聴覚、嗅覚を妨害する煙を発生させる。再使用時間:2日】
◇◇◇
甘い香りがする白い煙が彼方の周囲に発生した。
彼方は頭を低くして、煙の中を移動する。
――この呪文、使用者も影響を受けるのが欠点だな。でも、使う予定だったから、ある程度の地形は頭に入ってる。
木々の間を縫うように進みながら、新たなカードを選択する。
◇◇◇
【アイテムカード:フェイクドール】
【レア度:★★★★(4) 使用者と同じ外見に変化する人形。使用者がフェイクドールの行動を操作することができる。具現化時間:3時間。再使用時間:9日】
◇◇◇
青緑色の草のつるが絡み合った人形が具現化された。
彼方がそれに触れると、人形はみるみると大きくなり、彼方と同じ姿に変化する。
人形――フェイクドールは彼方の意思に従って、南に向かって走り出す。
「こっちにいるわっ!」
メルーサの声が聞こえ、ティルキルとイゴールがフェイクドールを追った。
サイコスモークの煙が薄くなり、彼方の瞳にメルーサの姿が映った。
メルーサは小ビンを取り出し、そのフタを開く。
巨大な黒いカマキリ――マンティスが現れる。
――まずは戦力を増やすことにしたか。僕が本当に逃げているのなら、悪くない手だけど…………。
彼方は深淵の剣を握り締め、一気にメルーサに駆け寄った。
「ひっ、氷室彼方っ!?」
メルーサは彼方に気づいて、慌てて短剣を取り出した。
彼方は反応の鈍いマンティスの横をすり抜け、深淵の剣を真横に振った。漆黒の刃がメルーサの腹部に当たるが、甲高い金属音がして弾かれる。
――マジックアイテムの服か。ならば…………。
彼方は離れようとしたメルーサにさらに近づき、深淵の剣を振り下ろす。
メルーサは短剣で頭部を守ろうとしたが、その動きに対応して、刃の軌道が変化した。
雷の放電現象のような動きで短剣を避け、刃の先端がメルーサのノドに触れる。
「があっ…………」
メルーサはノドから血を流しながらも、胸元から小ビンを取り出す。
その手首を彼方は躊躇なく斬った。
「ごっ…………こんな…………バカな…………」
ぐらりとメルーサの体が傾き、そのまま地面に倒れた。
彼方は体をくるりと回転させ、背後から襲ってきたマンティスの胸部に深淵の剣を突き刺した。
「ギュ…………ギュア…………」
マンティスは鎌のような手で彼方を攻撃するが、十数秒後にその動きが止まり、巨体が横倒しになった。
彼方は溜めていた息を吐き出し、絶命したメルーサを見下ろす。
――Sランクとはいえ、魔獣使いは後衛の職だろうからな。接近して戦えば、倒しやすいか。
「残り二人…………」
彼方の口から暗い声が漏れた。




