彼方とザペット
「…………ほう」
ザペットはかくりと首を曲げた。
「わかりにくいお前さんの感情が見えたのぉ。二人は大切な存在か?」
「…………そうですね」
彼方は抑揚のない声で答えた。
「ならば、お前さんがやることは決まってるじゃろ。ヨム国を裏切り、サダル国につく。それで全員が幸せになるんじゃ」
「そうは思えませんね。ザルドゥを倒したことを撤回した後、タリム大臣は僕を殺すだろうし」
「どうして、そう思うんじゃ?」
「それがタリム大臣にとって、後腐れのない方法だからです。僕を殺せば、撤回の撤回なんてされないし、この交渉のことを誰かに話される心配もない」
「…………たしかにそれはあるかもしれぬ。タリム大臣は計算高い男のようじゃからの」
ザペットは二度、首を縦に動かす。
「だが、それでもお前さんはサダル国につくしかないんじゃ。そうせねば、大切な二人が死ぬことになる」
「…………ザペットさん」
彼方は真っ直ぐにザペットを見つめた。
「あなたに決めてもらいたいことがあります」
「んっ? 何じゃ?」
「この依頼を断って命を長らえるか、傭兵団全員が僕に殺されるかをです」
一瞬、周囲の空気が冷えた。
十数秒の沈黙の後、ザペットが口を開く。
「…………つまり、お前さんはわしらと戦う選択をするってことじゃな?」
「そうですね。だから、次に決めるのはあなたです。どっちを選択します?」
「わしらの選択も、お前さんと同じじゃ。リーダーに話すまでもない」
「戦いを選ぶんですね?」
「当然じゃろ。まだ、この城には兵士もおらぬようじゃしな」
ザペットは杖を持っていない左手で白いひげを撫でる。
「一つ、お願いがあるんですが…………」
「敵になったわしらに願いか」
「その代わりに、あなたたちにとって有益な情報も教えてあげます」
「…………どんな願いじゃ?」
「リーダーと仲間たちに伝えてもらいたいんです。僕に殺されたくなければ、すぐにガリアの森から立ち去るようにって」
「何じゃ、その願いは?」
ザペットは呆れた顔で首を傾ける。
「そんなことを伝えても逃げる者などおらんわ」
「それでも、伝えておいて欲しいんです。命に関わることですから」
「…………いいじゃろ。で、有益な情報とは何じゃ?」
「僕は召喚呪文と攻撃呪文を使えます。それに武器の具現化能力も」
「ほーっ、不確定だが、そんな情報もあったな。事実だと認めるのか?」
「ええ。ばれやすい能力ですし、あなたには知っててもらったほうがいいから」
「ふむ。たまに異界人の中にいるらしいからの。強力な武器や持ってたり、高位の呪文を使える者が。それが複数あるのが、お前の強さの秘密ということか…………」
ザペットは、ふんと鼻を鳴らす。
「だが、それがどうした? お前さんの体は普通のようじゃし、奇襲を仕掛ければ、呪文を使う前に殺せるし、強力な武器を具現化させることなく殺すこともできる。そうやって、Aランクの冒険者を殺したこともあったしの」
「冒険者を殺す仕事もしてたんですね…………」
「依頼があったのでな。どんなに強い者でも、集団での奇襲攻撃には後手に回る。いつ、仕掛けてくるかもわからないしの。特にわしらの連携攻撃は芸術レベルじゃぞ」
ザペットはにやりと笑いながら、彼方から距離を取った。
「…………どうやら、お前さんは正直に自分の能力を話してくれたようじゃ。だから、わしも約束は守る。リシウス山にいる仲間たちに、お前さんの忠告を伝えておこう」
「感謝します。これであなたたちが攻撃してきた時に、躊躇なく殺すことができるから」
「そんなことを考えておったのか。ぬるいのぉ」
呆れた顔でザペットは彼方を見る。
「運よく特別な力を手に入れたようじゃが、そんなぬるい考えを持っておるのなら、わしらと戦わずとも、長く生きることはできなかったじゃろうな」
「そうかもしれませんね」
暗い声で彼方は言った。
◇
ザペットが去って行くと、隠れていたエルメアが駆け寄ってきた。
「彼方! あの人間はお前の仲間なのか?」
「…………いや。敵だよ」
彼方は視線を南の森に向けたまま、唇を動かす。
「今夜か明日、襲ってくると思う」
「どうしてわかる?」
「わざわざ、リスウス山に仲間がいるって教えてくれたからだよ。ここからリシウス山まで三日はかかる。その間は安心だと思わせたかっただろうね。多分、この近くに傭兵団の仲間が隠れてるはずだよ」
「ならば、襲撃に備えておかなければな」
「うん。君にはミケとニーアを守ってもらうよ」
「お前ひとりで傭兵団と戦うのか?」
エルメアの質問に彼方は無言でうなずいた。
「奇襲があるとわかってれば問題ないよ。人数も三十人前後だと思うし」
――ザペットは十人程度って言ってたけど、少し間を空けて答えたからな。多分、二、三十人と考えておいたほうがいいだろう。
「どうした? 顔色が悪いぞ」
エルメアが彼方の顔を覗き込む。
「もしかして、強い相手なのか?」
「いや。やりたくないことをやらなくちゃいけないから、憂鬱になってるだけだよ」
彼方は哀しげな表情で、唇を強く結んだ。




