ドラゴン
「どういうことだっ!?」
ダリュナスが報告に来た赤い鱗のリザードマンに詰め寄った。
「何故、氷室彼方を仕留めそこなった? 完全に包囲したのではなかったのか?」
「デルーダ様がやられて、部隊が混乱したようです」
リザードマンは背筋を伸ばして報告を続ける。
「氷室彼方はとんでもない武器と鎧を装備しています。それに」
「それに何だ?」
「奴はドラゴンを召喚しました」
「…………ドラゴンだと?」
ダリュナスの眉間に深いしわが刻まれる。
「それは本当かっ?」
「はい。生き延びた者から報告がありました。氷室彼方はドラゴンに我らを殺すように命じていたと」
「バカな。フェンリルを召喚し、さらにドラゴンまで召喚したのか」
ダリュナスの声が震えた。
「そこまでの召喚師だったとは…………」
「いいえ。違います。氷室彼方は召喚師などではありません。奴は千体の包囲を自ら切り抜けたんです。二百体以上のモンスターを殺して」
「二百体以上…………」
ダリュナスのノドがうねるように動く。
「ダリュナス様っ!」
ダークエルフの女がダリュナスに駆け寄った。
「オーガの部隊がドラゴンにやられました。全滅です!」
「ぜっ、全滅? オーガ百体がか?」
「はい。空から大砲のような攻撃を受けて、なすすべもなく」
「くっ! ドラゴンは今、どこにいる?」
「東に集まっている部隊を襲っています。今は地上に降りてますが、皮膚が鉄のように硬く致命傷を与えることができないのです」
「ちっ!」と舌打ちをして、ダリュナスは視線を東に向ける。
「東にはデルモアがいたはずだぞ。奴は何をしてる?」
「ドラゴンに殺されました」
ダークエルフの女は言いにくそうに答えた。
「…………もういいっ! 俺が直接指揮を取る。お前たちは氷室彼方を殺せ! ゲドの部隊も使って構わん!」
その時、周囲の空間が歪み、ネフュータスが姿を現した。
「ネフュータス様」
ダリュナスたちは片膝をついて頭を下げる。
「ドラゴンが暴れているようだな」
ネフュータスは唇のない口を動かした。
「はい。どうやら、氷室彼方が召喚したようです」
「…………そうか。ドラゴンまで召喚できるとは」
「ネフュータス様、奴は何者なのですか?」
ダリュナスがネフュータスに質問した。
「異界から転移してきた人間だ。魔力は感じられぬが、様々な呪文が使えるようだ。多分、我らの世界の魔力とは違う系統の力なのだろう」
「そのような異界人がいるのですか?」
「まれではあるが、特別な能力を持つ異界人はいる。ただ、氷室彼方は別格のようだ。複数の能力を使えるようだしな」
ふっとネフュータスは笑った。
「ザルドゥ様が油断しただけではなかったようだな」
「笑っている場合ではナイゾ」
ネフュータスの胸元にある小さな顔が言った。
「移動の呪文を使っても、この結界から抜け出せなカッタ。氷室彼方は我らを閉じ込め、殺すつもりダゾ」
「問題ない」
上の顔が答えた。
「ドラゴンは氷室彼方の切り札なのだろう。それを殺せば奴は終わりだ」
「…………殺せるノカ?」
「今すぐにでもな」
ネフュータスは紫色のローブの中に手を入れ、不敵な笑みを浮かべた。
◇
地上に降り立ったギアドラゴンは甲高い雄叫びをあげながら、大きく胸をそらした。両肩の大砲からオレンジ色の火球が飛び出し、周囲にいたダークエルフたちが炎に包まれる。
「ほっ、包囲を崩すな」
リーダーらしき体格のいいダークエルフが叫んだ。
「翼を集中的に狙って、空に逃がさないようにしろ!」
ダークエルフたちが後方から矢と呪文を放つが、ギアドラゴンの透明の皮膚が、その攻撃を跳ね返す。
「くっ、くそっ! 何だ、このドラゴンは」
「…………ほう」
いつの間にか、ダークエルフの隣にネフュータスが立っていた。
ネフュータスは暴れ回るギアドラゴンを洞穴のようにくぼんだ目で見つめた。
「…………なるほどな。ただのドラゴンではないようだ」
「ネッ、ネフュータス様」
ダークエルフがぱくぱくと口を動かす。
「よい、そのまま包囲を続けろ」
そう言って、ネフュータスは胸元から直径三センチ程の半透明な球体を取り出した。球体の中には七色の砂のようなものが入っている。
細く長い指が、その球体を潰した。パリンと音して、中に入っていた七色の砂がネフュータスの身体を包む。
「まさか、こんなところで、この秘薬を使うことになるとはな…………」
ネフュータスの身体が黄金色に輝き始める。
「ギル…………セルトゥ…………ダグラ…………」
ネフュータスは呪文を唱えながら、いびつな形をした杖の先端をギアドラゴンに向ける。
赤色の魔方陣が宙に出現し、そこから黄白色の光が放たれた。光は一直線に進み、ギアドラゴンの身体に当たる。
爆発音が響き、ギアドラゴンの左の翼と肩が破壊された。数百個の黄金色の歯車が地面に落ち、巨体がぐらりと傾く。
「…………ほう。秘薬で強化した魔光砲を喰らって、まだ生きているか。たいしたものだな」
ネフュータスは驚いた声を出した。
「だが、もう動くことはできまい。後はやれるな?」
「あ…………はっ、はい」
隣にいたダークエルフが何度も首を縦に動かす。
「今だ! 一気に攻めろ!」
モンスターたちが一斉にギアドラゴンに襲いかかる。
オーガの棍棒がギアドラゴンの頭部を叩き潰した。
「ギッ…………ギギギ…………」
ギアドラゴンは異音を発しながら、地響きを立てて横倒しになった。その身体がカードに戻り、すっと消える。
「ドラゴンを倒したぞーっ!」
ダークエルフたちが歓声をあげた。
「お見事です」
ダリュナスがネフュータスの前で頭を下げた。
「ここまで強力な魔光砲は見たことがありません」
「貴重な秘薬を使ったからな」
ネフュータスは足元に落ちた球体の破片を見つめる。
「なるべくなら使いたくなかったが…………」
「仕方あるマイ」
ネフュータスの下の顔が言った。
「あのドラゴンは危険ダッタ。早めに倒しておくのが正解ダロウ」
「…………そうだな。これで残りは結界を張っている妖精どもと氷室彼方だけだ」
ネフュータスは骸骨のような顔をダリュナスに寄せた。
「ダリュナス、氷室彼方の位置を正確に突き止め、ゴブリンどもをけしかけろ」
「ゴブリンですか?」
ダリュナスが不思議そうな顔をした。
「しっ、しかし、氷室彼方は強力な武器と鎧を装備しています。ゴブリン程度では勝てぬかと」
「勝てなくても構わん。どんなに良い武器を装備していても、奴は人間だ。体力には限界があるだろう。奴が弱ってから確実に殺せばいい」
「たしかに…………」
ダリュナスは側にいたダークエルフに指示を出す。
「これで氷室彼方も終わりダナ」
胸元の小さな顔がにやりと笑った。
その時、数百メートル先の森の中から、巨大なドラゴンが空に飛び上がった。ドラゴンはキラキラと輝く水晶の鱗に覆われていて、目はルビーのように赤かった。
【召喚カード:クリスタルドラゴン】
【レア度:★★★★★★★★(8) 属性:土 攻撃力:6000 防御力:7000 体力:8000 魔力:5000 能力:水晶の鱗を飛ばして、広範囲の敵にダメージを与える。召喚時間:4時間。再使用時間:7日】
【フレーバーテキスト:ダメだ。剣も槍も魔法も効かない。どうやったら、このドラゴンを倒せるんだ?(魔法戦士レイアス)】
◇◇◇
ドラゴン――クリスタルドラゴンは咆哮をあげて、地上にいるモンスターたちに襲いかかっている。
「そっ…………そんなバカな…………」
唇のないネフュータスの口から掠れた声が漏れた。