悪夢の始まり
ネフュータス軍を指揮しているダリュナスはダークエルフとオーガの部隊を巧妙に配置して、九尾のフェンリルを追い詰めていた。
「奴は回復能力が高い。連続で攻撃して回復する隙を与えるな!」
ダリュナスの指示に従って、ダークエルフたちが矢を放つ。数十本の矢が九尾のフェンリルの体に突き刺さった。
「ウォオオオーン!」
九尾のフェンリルは怒りの声をあげて、全身を震わせた。頭上に鋭く尖った氷柱が数十本出現し、それが九尾のフェンリルを包囲していたオーガの体を貫く。
魔道師らしきダークエルフの女が宝石が埋め込まれた杖を振った。
九尾のフェンリルの身体にクモの巣のような糸が絡みついた。
動きが鈍った九尾のフェンリルに二体のオーガが突っ込んでいく。巨大な鉄の棍棒が九尾のフェンリルの頭部に当たった。白銀の体がぐらりと傾く。
「今だっ! 全員で殺るぞっ!」
ダークエルフの女が叫ぶと、周囲にいたモンスターたちが一斉に九尾のフェンリルに襲いかかった。ロングソードや斧、槍の刃が九尾のフェンリルの体に突き刺さり、白銀の毛が赤く染まった。
「ウォオオ…………」
白銀のフェンリルの体がカードの形に戻り、すっと消えた。
「フェンリルを倒したぞーっ!」
モンスターたちが歓声をあげる。
「やっと、倒せましたな」
赤色の鱗を持つリザードマンがダリュナスに声をかけた。
「だが、三百体以上のモンスターが奴一匹にやられた」
ダリュナスは険しい顔をして、青黒い唇を動かす。
「いえ、それだけの数に抑えられたのはダリュナス様の指揮のおかげです」
「世辞はいい。それより結界を張っている者は見つけたか?」
「どうやら、妖精のようです」
「妖精だと?」
「はい。部下が見慣れない妖精を数匹見かけました。多分、そいつらが結界を張っているのだと思います」
「その妖精を見逃したのか?」
ダリュナスのこめかみがぴくりと動いた。
「いえ、剣で斬ったら煙のように消えたとのことです」
「煙のように…………」
「他の部下からも同じような報告が届いております。多分、何十匹もいるのでしょう」
「…………そういうことか」
ダリュナスは白い牙を鳴らした。
「妖精は全て殺せ! そうすれば結界は消えるはずだ」
「既にゴブリンどもに捜させております。見つけ次第殺せと」
リザードマンが淡々とした口調で言った。
「それとデルーダ様が氷室彼方を発見したようです。完全に包囲したと報告は入ってきました」
「そうか。ならば、そちらは問題ないな」
細いアゴに手を当てて、ダリュナスはうなずく。
「よし! 結界が消えたら、すぐにウロナ村を攻めるぞ。準備をしておけ」
ダリュナスの言葉にリザードマンは丁寧に頭を下げた。
◇
彼方は霧に包まれた森の中を走っていた。
目の前に三匹のゴブリンが現れる。
彼方は魂斬剣エデンで二匹のゴブリンを斬り、魔銃童子切で残ったゴブリンを撃った。
――これで弾は十二発か。
「彼方っ! 右からオークがきてるっ!」
背後にいるミュリックが叫んだ。
「了解っ!」と言って、彼方はオークに突っ込む。オークの斧の攻撃をかわし、魂斬剣エデンを振り下ろす。鉄の鎧がすっぱりと斬れて、オークは前のめりに倒れた。
オークとゴブリンの死体から青白い球と赤い球が飛び出し、彼方の持つ二つの武器に吸い込まれる。
――これで弾が十三発、アイテムの具現化時間は三十六分間延長か。アイテムカードを使ってから約三十分経ったから、六分増えた計算になる。
彼方は視線を動かしながら、呼吸を整える。
――異界龍の鎧の『体力回復』の効果が出てるな。疲れはほとんど感じない。これなら、どんどんモンスターを殺せる。
彼方は意識を集中させ、三百枚のカードを呼び出す。
新たに召喚カードが選択できるようになっていることを確認して、彼方は九尾のフェンリルが倒されたことを知った。
九尾のフェンリルに感謝しながら、新たな召喚カードを選択した。
◇◇◇
【召喚カード:機械仕掛けの破壊兵器 ギアドラゴン】
【レア度:★★★★★★★★★(9) 属性:無 攻撃力:9000 防御力:6500 体力:7500 魔力:0 全体攻撃に特化したドラゴン。能力:物理攻撃ダメージ半減。召喚時間:2時間。再使用時間:25日】
【フレーバーテキスト:バカなっ! 機械王国メルダは、こんな化け物を創り出していたのか(勇者クラムド)】
◇◇◇
彼方の前に巨大なドラゴンが現れた。全長が十五メートル以上あり、全身が透明の皮膚に覆われていた。皮膚の中には数百万個の黄金色の歯車がカチカチと音を立てて動いている。頭部には五つのレンズがあり、両肩には魔法の文字が刻まれた大砲が取り付けられていた。
ギアドラゴンは長い首を曲げて彼方に顔を近づける。
「メイレイは…………ナンダ?」
「結界の中にいるモンスターを殺すことだよ。ここにいるミュリックと妖精のチャルム・ファルム以外のね」
彼方は、ぽかんと口を開けているミュリックの肩に触れる。
「なるべく多くのモンスターを殺してくれると助かるよ」
「リカイした。これよりメイレイをジッコウする」
ギアドラゴンは両翼を大きく開いた。その翼から数十の銃身が飛び出した。銃身はそれぞれが意思を持っているかのように動き、青白いレーザ光線が照射される。
周囲の茂みに隠れていた十数匹のゴブリンたちの体にレーザー光線が突き刺さる。
「ギュアアアアッ!」
ゴブリンたちは断末魔の悲鳴をあげて、ばたばたと倒れる。
「あ…………」
一瞬で殺されたゴブリンたちを見て、ミュリックは掠れた声を出した。
ギアドラゴンはふわりと浮かび上がり、白い霧に覆われた空を飛び始める。両肩に取り付けられた大砲が連続で火球を発射する。爆発音と同時にモンスターたちの悲鳴が聞こえてきた。
――ギアドラゴンは九尾のフェンリルよりも攻撃力が強くて、全体攻撃に特化したクリーチャーだ。早めに倒さないと部下のモンスターがどんどん死ぬことになるよ。ネフュータス。
「か…………彼方。あなた、ドラゴンまで召喚できたの?」
「見ての通りだよ」
彼方は周囲の状況を確認しながら、唇を動かす。
「そんなことより、こっちも動くよ」
――ギアドラゴンがモンスターを殺してもアイテムの具現化時間は増えないし、魔銃童子切の弾も増えないからね。
彼方は混乱しているリザードマンの部隊に向かって走り出した。