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パン屋の親子

 彼方とパン屋の親子がウロナ村についたのは太陽が沈んですぐだった。

 赤鷲騎士団の騎士が守る東門から中に入り、エタンの家に向かう。


 エタンの家は木造の二階建てで、一階が店になっていた。パンが置かれていたであろう棚は空になっていたが、焼いたパンの香りが周囲に漂っていた。


 奥にあるテーブルに座らされた彼方の前に、エタンがパンとチーズとクリーム色のスープの入った木の皿を置く。


「どうぞ! 焼きたてじゃありませんが」

「いえ。美味しそうです。ありがとうございます」


 彼方はエタンに頭を下げて、パンに手を伸ばした。


 ◇

 

 食事を終えると、彼方はエタンに声をかけた。


「あのぉ、ウロナ村の皆さんは避難しないんですか? ネフュータスの軍隊がここを狙っていることは知ってるんですよね?」

「ええ。でも、騎士団の皆さんが守りに来てくれましたからね」


 エタンはワインを飲みながら、彼方の質問に答えた。


「それに、イラヒ村長は百人以上の冒険者を雇ったんです。しかも、まとめ役はSランクのユリエス様で」

「えっ? ユリエスさんがこの村にいるんですか?」

「はい。娘のユリナさんもいますよ。知り合いなんですか?」

「前にユリエスさんの魔法戦士訓練学校で働いたことがあるんです」


 彼方は笑顔で答える。


「見学もさせてもらって、いろいろと勉強になりました」

「なるほど。さすが王都の訓練学校ですね。見学するだけでも強くなれるとは」


 エタンは腕を組んで、大きくうなずいた。


「彼方お兄ちゃん」


 マユがとことこと歩いてきて、彼方の皿の上に小さなパンを置いた。


「これ、マユが作ったパン。食べて」

「あーっ、そうなんだ」


 彼方は目を細くして、マユが作ったパンを見つめる。それはいびつな形をしていて、表面にひびが入っていた。

 そのパンを手に取り、口に運ぶ。


「…………んんっ、美味しいよ。ありがとう、マユちゃん」


 彼方に褒められ、マユは嬉しそうに胸を張る。


「彼方お兄ちゃんは、明日もモンスター狩りするの?」

「うん。その予定だよ」

「じゃあ、お弁当のパンはマユが焼いてあげるね」

「ははっ、ありがとう。助かるよ」


 マユに礼を言いながら、彼方はエタンに向き直った。


「エタンさん、騎士団の兵士は何人ぐらい村にいるんですか?」

「たしか、八千人だったと思います。白龍騎士団と赤鷲騎士団の騎士さんたちですね」

「…………じゃあ、リューク団長もいるんですね?」

「はい。赤鷲騎士団のほうは、副団長しかいないようですが」


 エタンは顔を赤くして、木のコップにワインを注ぐ。


「きっと、騎士団の皆さんがネフュータスの軍隊を追い払ってくれますよ」

「…………そう、ですね」


 彼方は視線を窓に向ける。


 銀色の鎧をつけた二人の騎士が何かを話ながら、前の通りを歩いていく。


 ――ティアナールさんもこの村のどこかにいるんだろうな。それとも、村の外で警備かな。


 脳裏に金色の髪をなびかせて微笑むティアナールの姿が浮かび上がる。


 ――ティアナールさんは強いし、リューク団長やSランクのユリエスさんは、もっと強い。でも、油断はできない状況だ。ネフュータスだって、勝てると思ったから軍を動かしてるんだろうし。


 膝の上に置いた彼方の手がこぶしの形に変わる。


 ――ウルエルって上位モンスターが一万の軍隊を率いてウロナ村を攻めるって、ミュリックが言ってたな。そいつを倒せば、だいぶ有利になりそうだけど…………。


 ――チャンスがあったら狙ってみるか。上手くいけば、いいマジックアイテムの武器を持ってるかもしれないし。


「ねぇ、彼方お兄ちゃん」


 マユが彼方の上着の袖を掴んだ。


「マユがパンの作り方、教えてあげる。香草を入れると美味しくなるんだよ」

「こらこら、マユ」


 エタンが赤ら顔右手を動かした。


「彼方さんは疲れているんだ。早く休ませてあげないと」

「いえ、大丈夫ですよ」


 彼方はにっこりと笑う。


「僕もパンの作り方を知っておきたいし」

「わーい。こっちが厨房だよ」


 マユは彼方を引っ張って、厨房に向かう。


 その時、窓の外を金髪の女騎士と女の冒険者が通り過ぎた。

 二人――ティアナールとレーネは楽しそうに笑いながら、村の中央に歩いていく。


 窓に背を向けていた彼方は、彼女たちに気づくことはなかった。


 ◇


 次の日の早朝、彼方はエタンとマユに礼を言って、パン屋を出た。

 赤鷲騎士団が守る南門を出て、川沿いに東に進む。


 高さ数十メートルの大樹の根元で彼方は足を止めた。


「さてと…………始めるか」


 意識を集中させ、一枚の召喚カードを選択する。


◇◇◇

【召喚カード:ドラゴニュートの女戦士 ペルタン】

【レア度:★★★★★(5) 属性:風 攻撃力:800 防御力:700 体力:1500 魔力:800 能力:風属性のドラゴンに変身することができる。変身能力を使った場合、召喚時間が半分になる。召喚時間:8時間。再使用時間:7日】

【フレーバーテキスト:お前、食い物持ってるか? それなら、ペルタンが助けてやる】

◇◇◇


 彼方の前に十代半ばの少女が現れた。長い髪の毛は緑色で、茶色の毛皮の服を着ている。肌は小麦色で、スカートの部分から鱗のついた大きなしっぽが見えていた。右手には動物の牙で作った槍を手にしている。


 少女――ペルタンは赤紫色の瞳を輝かせて、左右に八重歯のある口を開いた。


「ご飯の時間か?」

「違うよ」


 彼方は呆れた顔で首を左右に振る。


「君の仕事はモンスター狩りだから」

「違ったのだ」


 ペルタンは悲しそうな顔で彼方を見つめる。


「というか、カードのクリーチャーは食事しなくていいよね?」

「でも、ペルタンはご飯を食べるのが好きなのだ」

「じゃあ、仕事が終わったらパンをあげるよ。いっぱいもらったから」

「…………パン」


 ペルタンは口元から垂れたよだれをぬぐう。


「よし! ペルタン頑張る。モンスターはどこにいる?」

「それを捜すんだよ」


 彼方は視線を大樹に向ける。


「君は川の上流に行って。僕は南の湿地帯に行くから。それとモンスターがいい武器を持ってたら、奪っておくこと」

「いい武器って、どんなんだ?」

「刃が光ってたり、変な文字が刻まれていたりする武器かな。それを手に入れるのが目的だから」

「わかった。ペルタンにまかせとけ」


 走り出そうとしたペルタンの肩を彼方が掴んだ。


「ちょっと待って! 渡す物があるから」


 彼方は意識を集中させて、新たなカードを選択する。


◇◇◇

【アイテムカード:時の腕輪】

【レア度:★★★★(4) 装備したクリーチャーの召喚時間を倍にする。具現化時間:装備したクリーチャーの召喚時間と同じ。再使用時間:10日】

◇◇◇


 具現化した腕輪は金色でいびつに歪んだアラビア数字が刻まれていた。

 その腕輪は彼方はペルタンに渡す。


「この腕輪をつけて。これで君の召喚時間は倍の十六時間になるから」

「おおーっ! これなら、ドラゴンに変身しやすくなるのだ」


 パタパタと大きなしっぽを振って、ペルタンは腕輪を装備する。


「じゃあ…………月が沈むぐらいの時間に、ここに戻ってきてもらえるかな」

「了解なのだ! いっぱい武器を手に入れてくるのだ」


 ペルタンはひょんひょんと跳ねるようにして、上流に向かう。


「…………さて、僕も動くか」


 ペルタンを見送った後、彼方は南にある湿地帯に向かって歩き出した。


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