朝のクヨムカ村
次の日の朝、彼方はあてがわれた空き家のベッドで目を覚ました。上半身を起こして、大きくあくびをする。
――一眠りして、だいぶ疲れが取れたな。
ベッドから出て窓の外を見ると、村人たちが木材を運んでいた。襲撃で壊れた家や塀の修理をするのだろう。
彼方は寝癖を整えながら家の外に出る。
「おっ、起きたのか」
魔水晶を採る仕事をしている村人のマルクが彼方に歩み寄った。
「昨日は大活躍だったみたいだな。お前がダークエルフを十人も倒したって、話題になってたぞ」
マルクは彼方のベルトにはめ込まれた茶色のプレートに視線を動かす。
「何がFランクだ。騙しやがって」
「いや、僕がランクを決めたわけじゃないから」
彼方は苦笑する。
「やっぱり、Fランクがダークエルフを倒すのは珍しいことなんでしょうね」
「当たり前だ。しかも十人のダークエルフだぞ。AランクやSランクの冒険者だって、不覚を取るかもしれない」
「運がよかったんですよ」
「運ねぇ…………」
マルクは首を傾けて、茶髪の頭をかく。
「まあ、運でも実力でも、危険なダークエルフの部隊を倒して村を救ったのはお前だ。感謝するよ」
「それは、僕だけじゃありません。ミケもピュートも頑張ってくれたし、銀狼騎士団の皆さんも多くのゴブリンを倒してくれました。それにマルクさんたちも」
「…………そうだな。俺たちは全員でこの村を守ったんだ」
マルクは目を細くして、生まれ育ったであろう村を見回した。
◇
ドロテ村長の家に入ると、ミケがイスに座ってパンを頬張っていた。
「…………んむっ、はむた…………もはようにゃ」
「あれ? ドロテ村長は?」
「もまりのめやで、みしだんのひととはむしてるにゃ」
「隣の部屋で、騎士団の人と話してるんだね?」
彼方の質問にミケは首を縦に振る。
「わかった。ありがとう」
彼方はミケの頭を撫でて、隣の部屋に向かう。
木製の扉をノックして部屋に入ると、ドロテ村長と銀狼騎士団の十人長トールがいた。
ドロテ村長が笑顔で彼方に歩み寄る。
「Fランクの勇者のおでましだね」
「僕は勇者じゃありませんよ」
「いや、私たちにとっては勇者さ。あんたはそれだけの仕事をしてくれた」
ドロテ村長はしわだらけの手で彼方の手を握った。
「本当にありがとうよ。あんたのおかげで、村は救われたんだ」
「…………いえ。救われたんじゃなくて、僕のせいで村が襲われた可能性があるんです」
「あんたのせい?」
ドロテ村長は首をかしげた。
「どういう意味だい?」
「ダークエルフたちの目的は僕を殺すことだったんです」
「はぁ? どうして、あんたをダークエルフの集団が狙うのさ?」
「前にネフュータスと関わったことがあって…………」
彼方はキメラと戦ったダンジョンでの出来事を話した。
「…………なるほどねぇ」
ドロテ村長は細い腕を組んだ。
「つまり、あんたはネフュータスが育てようとしてたキメラを退治してしまったってことかい?」
「そうです。生まれたてだったから、そこまで強くなくて、なんとか倒すことができました」
「生まれたてでもキメラは強いよ。しかも、大がかりな儀式で生み出された特別なタイプじゃないか」
「ミケやDランクの冒険者もいましたから」
「それでも、あんたの実力がFランクとは思えないね。昇級試験は受けてないのかい?」
「実はこの前、落ちちゃって」
「落ちたぁ?」
ドロテ村長の目が丸くなった。
「何であんたが落ちるのさ? 頭も良さそうだし、戦闘レベルはCランク以上はあるだろ」
「試験官と相性が悪かったんです」
「そういうこともあるんだねぇ」
ドロテ村長はまぶたを閉じて考え込む。
「…………まあ、ダークエルフの襲撃があんたを狙ったものだとしても、私の気持ちは変わらないよ。仮にあんたがいなくても、村は別のモンスターに襲われてただろうしね」
「ただ、このままだと、強いモンスターがこの村にいる僕を狙ってくるかもしれません。だから、この村を出ようと思ってます」
彼方は淡々とした口調で言った。
「王都に戻るのかい?」
「いえ、セルバ村に行きます」
「セルバ村っ?」
無言で話を聞いていたトールがイスから立ち上がった。
「セルバ村は、もう殲滅されてるぞ。昨日、お前に話したじゃないか」
「だからです。僕がセルバ村で目立つ行動を取れば、この村に僕がいない証明になります」
「…………そうか。それが目的か」
唸るような声がトールの口から漏れる。
「しかし、セルバ村は危険だぞ。村一つを殲滅させる戦力が集まってるだろうしな」
「大丈夫です。ちょっと奇襲をかけて、すぐに逃げ出します」
「ちょっと奇襲だと?」
トールは彼方に顔を近づける。
「お前、正気なのか? セルバ村には上位モンスターもいるんだぞ」
「強いモンスターだったら、ちょっかいは出しませんよ。命は大事ですから」
「…………俺には、お前が命を捨てに行くように思えるけどな」
トールは呆れた顔で彼方を見つめた。