クヨムカ村の戦い3
「氷室彼方ああっ!」
ミリードは赤紫色に輝くロングソードを構えて、彼方に斬りかかった。
彼方は振り下ろされたロングソードを短剣で受けつつ、カードを使うチャンスを狙う。
ミリードの持つロングソードの刃から黒い霧のようなものが染み出し、彼方の体を覆った。周囲の空気が重くなった感覚に、彼方は奥歯を強く噛む。
――ロングソードに特別な効果が付与されてるな。重力系か。
彼方は後ずさりしながら、距離を取ろうとするが、ミリードがその分の距離を縮める。
「呪文は使わせんぞっ!」
ミリードは肩越しに彼方にぶつかる。
ぐらりと彼方の体がバランスを崩した。
「くおおおっ!」
ミリードは渾身の力を込めて、ロングソードを振り下ろす。
彼方の持つ短剣が地面に叩き落とされた。
――強い。こいつがダークエルフたちのリーダーか。
彼方は前転しながら、落ちていた短剣を拾い上げ、それを投げる。
「無駄だっ!」
ミリードはロングソードで短剣を弾きながら、彼方に突っ込む。
彼方はダークエルフの死体の側に落ちていたロングソードを拾い上げた。
同時にミリードがロングソードを振り下ろす。拾ったロングソードの刃が折れる。
「終わりだっ!」
ミリードは真横からロングソードを振る。
彼方はネーデの腕輪で、その攻撃を受ける。
「ちっ! しぶとい人間め!」
悔しそうな顔をして、ミリードは攻撃を続ける。
彼方の背中に冷たい汗が滲んだ。
――連続攻撃がやっかいだな。これじゃあ、カードを選ぶ時間が取れない。まあ、それが相手の作戦なんだろうけど。
彼方は両手にはめたネーデの腕輪で、ミリードの攻撃を受け続ける。
「くっ、何だ、こいつ」
ミリードの整った唇が歪んだ。
「いい加減に死ねっ!」
「それはイヤだね」
彼方は手刀でミリードの手首を叩いた。
ミリードのロングソードが地面に落ちた。
ミリードは腰に提げていた短剣を左手で引き抜き、すぐに攻撃を再開する。
――あくまでも、カードを使わせないつもりか。それなら…………。
彼方は低い姿勢で前に出て、ミリードの側面に移動した。
ミリードが体を捻って短剣を振る。その攻撃をかわしながら、彼方は手刀で首筋を狙う。
上半身をそらして、ミリードは唇を動かす。
――呪文攻撃か。
ミリードは何も持ってない右手のひらを彼方に向ける。その手から、黒い炎が噴き出した。
呪文攻撃を予想していた彼方は素早く反応した。黒い炎を頭を下げて避け、ミリードの右手を強く掴んだ
「ぐあああっ!」
ミリードは痛みに顔を歪めて、短剣を振る。
彼方はミリードの手を離して、距離を取った。
――今がチャンスだ。
カードを使おうとした瞬間、倒れていたダークエルフの男が彼方の足首を掴んだ。
「ミリード様っ、今です!」
ダークエルフは口から血を流しながら叫んだ。
「勝利を我らに…………」
「よくやったっ、カリムっ!」
ミリードは落ちていたロングソードを拾い上げ、彼方に向かって振り下ろす。
ロングソードの刃先が、彼方の胸に触れる。青紫色の上着が切れて、肩と胸に微かな痛みを感じた。
――たいした忠誠心と生命力だな。
彼方は足を強引に動かして、瀕死のダークエルフの手を引き離した。
ミリードは低い姿勢から彼方の足を狙う。ブーツの上部が切れて、彼方のすねから血が流れ出す。
ミリードの顔には歓喜の笑みが浮かぶ。
――喜ぶのは、まだ早いよ。
彼方は燃え上がる空き家に向かって走り、炎の中に飛び込む。
「逃がさぬっ!」
一瞬、躊躇しつつも、ミリードも彼方を追って空き家の中に入った。
彼方は頭を両手でかばいながら、炎の中を走り続ける。
背後からミリードの荒い息が聞こえる。
彼方は右足を強く蹴って、低くジャンプした。前方に転がりながら、ダークエルフの死体に突き刺さっていたウインドソードを引き抜く。そのまま体を捻って、斜め下からウインドソードを振り上げる。
ミリードの左腕が黒く焦げた床に落ちた。
「ぐあああああっ!」
ミリードは悲鳴をあげながらも、右手に持ったロングソードで彼方への攻撃を続ける。
――すごい執念だな。
彼方は扉から家の外に出て、ウインドソードを構えた。
ミリードもすぐに外に出てくる。
「逃がさんっ…………逃がさんぞ」
ミリードは肩で息をしながら、彼方に近づく。
「ここでお前を倒さなければ、仲間は犬死にではないか」
「その通りだよ」
彼方は冷静な声で言った。
「君たちは強かった。僕もケガをしたしね。でも、致命傷じゃない」
「くっ…………まだ、終わったわけじゃないっ!」
「終わりだよ。この状況なら、君を倒す手段はいくらでもある」
彼方はウインドソードを上段に構えたまま、言葉を続ける。
「君の左腕も使えなくなったし」
「ふざけるなっ! まだ、私は戦える!」
ミリードは歯を食いしばりながら彼方に近づく。
「こうなったら、相討ちとなってもお前を殺す!」
「…………残念だよ。こうやって喋れるのなら共存の道もあったのに」
哀しげな表情を浮かべて彼方はウインドソードを振り上げた。
ミリードはロングソードで頭を防御しながら、彼方に突っ込む。
彼方は右足を前に出すと同時にウインドソードを振り下ろした。刃の軌道がくの字に曲がり、ロングソードの防御をすり抜けて、ミリードの黒い鎧を斬る。
「あ…………」
ミリードの動きが止まり、鎧のすき間から血が流れ落ちる。
「ぐうっ…………」
ミリードはロングソードを落とし、片膝を地面につけた。
「私を倒したぐらいで…………調子に乗るなよ。ネフュータス様は私より何十倍も強い。お前の死は…………確実だ」
「それはどうかな。ネフュータスの姿を見たことがあるけど、あいつにザルドゥ程の耐久力があるとは思えない。奇襲をかければ、意外と簡単に倒せる気がするよ」
「奇襲だと!?」
「文句はないだろ? 君たちだって、そうやって僕を殺そうとしたんだから」
彼方は周囲に倒れているダークエルフたちを見回す。
「僕が召喚呪文を使えることは知ってるよね。その中には暗殺が得意なタイプもいるから」
「やらせんぞっ!」
突然、ミリードが動いた。落ちていたロングソードを拾い上げ、彼方に斬りかかる。
だが、彼方はその動きを予想していた。
すっと足を引いてミリードの攻撃をかわし、ウインドソードで彼女の左胸を突いた。
「があっ…………」
ミリードの体が傾き、地面に倒れる。
彼女の死を確認して、彼方は深く息を吐き出した。