戦いの準備
彼方、香鈴、ミケ、そしてウサギ耳の少年ピュートは村の西側にある入り口に集まった。
「トールさんと話し合った結果、僕たちは西側の入り口を守ることになったよ」
彼方は門のない狭い入り口に視線を動かす。
――門のない入り口を守るの難しいな。それに、周囲の塀も丸太を立てただけで、高さが二メートルちょっとしかない。これなら、ゴブリンだって乗り越えられそうだ。
――トールさんたちは東と南の入り口を守ってくれる。ただ、この前のドラゴンみたいなモンスターに攻められたら、村ごと焼かれてしまうしな。厳しい状況だ。
「七原さん」
彼方は香鈴に視線を向ける。
「七原さんは、戦闘苦手だよね?」
「う…………うん」
香鈴は恥ずかしそうにうなずく。
「でも、回復呪文は使えるよ」
「えっ? 回復呪文?」
「うん。少しだけ魔力があって、水属性の回復呪文が使えるの。でも、かすり傷を治せる程度で、あんまり役に立たなくて」
「…………そっか」
――魔力ゼロの僕と違って、七原さんは魔力があったんだな。ただ、特別な力はないのか。まあ、転移した人間の中で、特別な力を持つ者は少ないようだし。
――だから、僕が有利に動ける。カードを使えば、この世界の常識を越える力になるから。
その時、広場のある方向から、二人の青年が近づいてきた。
二人とも体格がよく、深緑の上着に黄土色のズボンを身につけている。
茶色の髪を短く切った男が、彼方の前に立った。
「お前が氷室彼方だな?」
「…………はい。あなたは?」
「俺は鍾乳洞で魔水晶を採ってるマルクだ。こいつはコンビを組んでるレフ」
男――マルクは親指を立てて、隣に立っているレフを指差す。
「で、あんたたちが村を守ってくれるんだってな」
「できる範囲になりますけど」
「ああ、わかってる。Fランクの冒険者三人に過剰な期待はしてねぇよ。ただ、礼を言いたくてな」
「礼…………ですか?」
「そうだ。普通の冒険者なら、こんな依頼受けないからな」
「だよなぁー」
レフが太い腕を組んでうなずく。
「お前たち、いい奴だけど変わってるよな」
「いや、僕も王都に戻ろうと思ってたんだ。でも、七原さんが村の人を助けたいって言ったから」
「…………そうか」
マルクは視線を香鈴に移動させる。
「香鈴、俺たちのことを気にしてくれて、ありがとうな。お前も大変なのに」
「ううん。私は大丈夫」
香鈴はにっこりと微笑む。
「村が安全になるまで、私もいっしょに戦うから。さっき、ドロテ村長から短剣を貸してもらえたし」
「…………無理はするなよ。危険だと思ったら、村長たちといっしょに隠れておくんだ。場所は知ってるよな?」
「うん。北の鍾乳洞だよね? 月桜の林の側にある」
「ああ」とマルクはうなずき、視線を彼方に戻した。
「お前たちも、どうにもならない状況になったら、そこに隠れればいい」
「はい。危ないと感じたら、そうします」
彼方はマルクに向かって頭を下げる。
「マルクさんたちは、モンスターと戦った経験はあるんですか?」
「多少はな。鍾乳洞の中でゴブリンの群れや鬼ムカデと戦ったことはあるが、今回の敵は、そのレベルじゃないだろう。なんせ、魔神ザルドゥの四天王ネフュータスの軍隊だ」
「…………でしょうね」
「この村が、これ以上襲われないことを幸運の女神ラーキルに祈っておくか」
マルクは右手の人差し指と中指を絡めて、まぶたを閉じた。
◇
マルクたちが去ると、彼方は視線を西側の森に向けた。
カカドワ山から吹く風が、周囲の枝葉をざわざわと揺らしている。
――視界はよくないな。昨日の夜から、召喚時間が長めのクリーチャーに近くの森の警戒をやらせてるけど、基本、二体までしか召喚できないから、万全じゃない。
――それにクヨムカ村を守っても、守りの拠点のウロナ村が占領されたら、王都に逃げることも難しくなる。
彼方の脳裏に、ウロナ村を守っているであろうエルフの女騎士の姿が浮かび上がった。
つやのある金色の髪に宝石のような緑色の瞳、すらりとした体格をしていて、肌は透き通るように白い。
――ティアナールさんは白龍騎士団の百人長で戦闘力が高い。団長のリュークさんは、それ以上の強さのはずだ。だけど、モンスターの数は数万で、ネフュータスも強い。他にも上位モンスターが何百匹もいるだろう。
――いや、今はクヨムカ村にいる人たちを守ることに集中しないと!
その時、数十メートル先にある広葉樹の枝葉が不自然な動きをした。
しかし、その動きは小さく、彼方が気づくことはなかった。