ドロテ村長
次の日の朝、彼方たちは村長の家の客間で朝食を食べていた。
固めのパンに半透明のスープ、輪切りにされたチャモ鳥のゆで卵が木の皿に盛られている。
彼方は小さな肉片が入ったスープを口にした。
――コンソメスープを濃くしたような味だな。肉は…………チャモ鳥か。
隣の席に座っているミケがチャモ鳥のゆで卵を食べて、満足げにうなずいた。
「このゆで卵は黒胡椒がかかってて美味しいにゃ」
「近くで良質な胡椒の実が採れるからね」
ドロテ村長は目を細めてミケを見つめる。
「チャモ鳥もいい餌を食べさせているから、肉も卵も美味しいんだよ」
「うむにゃ。ミケはこのゆで卵をパンの上に乗せて食べるのにゃ」
ミケは幸せそうな顔で、もぐもぐと口を動かす。
「で、彼方」
ドロテ村長が彼方に声をかけた。
「あんたに頼みたいことがあるんだ」
「頼みたいことですか?」
「ああ。あんたとミケに、村人の護衛を頼みたいんだ。もちろん、金は払うよ」
「護衛…………か」
彼方は持っていた木のスプーンを皿の上に置いた。
「村人の数は、どのぐらいいるんですか?」
「赤子も含めると、七十三人だね。本当は二百人以上いたんだが、ウロナ村に避難したんだよ」
「皆さんは何で残ってるんですか?」
「仕事で離れられないのさ」
ドロテ村長は肩をすくめた。
「森の中に畑を作ってる者もいるし、チャモ鳥を飼ってる者もいる。蓄えた金もないから、危険でもここに残るしかないんだよ」
「たしか、ピュートが雇われてるんですよね?」
「ああ。あと三人冒険者を雇ってたけど、昨日の夜にピュート以外は逃げちまったよ。銀狼騎士団が半分になって、村を守るのは無理だと思ったんだろうね」
「ある意味、賢明な判断ですね」
「そう思うのが普通だろうさ」
ドロテ村長は白髪の頭をかいた。
「ただ、村としては、少しでも戦力を増やしたいんだよ。たとえ、あんたたちがFランクの冒険者だとしても」
「その考えも理解できます」
「じゃあ、引き受けてくれるのかい?」
「それは…………」
彼方の眉がぴくりと動いた。
――安全を優先するなら、僕と七原さんとミケで王都に戻ったほうがいい。守る人が増えると、その分、危険も増える。それに、七原さんの腕を早く魔法医に診せたい。でも…………。
「彼方くん…………」
香鈴が彼方の上着の袖を掴んだ。
「私、村のみんなを助けたい」
「…………君はそう言うと思ってたよ」
「だって、私がこの世界に転移してきた時に、助けてくれたのは、この村の人たちだから」
「少しでも早く、その腕を魔法医に診せたほうがいいんだけど…………」
「私は平気だから」
香鈴はつるの絡まった緑色の腕を直角に曲げた。
「見た目はこんなだけど、痛くないから」
「でも、このままだと七原さんの生きる時間が、もっと減ってしまうかもしれない」
「そんなことよりも、村長やみんなが死んじゃうことのほうが悲しいから」
「そんなことよりも…………か」
彼方はふっと息を吐く。
――そうだ。七原さんは、こんな性格だったな。クラスの女子から便利屋扱いされても、相手が喜んでいると、嬉しそうに笑ってた。勉強もスポーツも苦手だったけど、すごく優しい女の子なんだ。
「…………ミケ。この仕事、受けていいかな?」
「んっ…………んぐっ」
ミケは食べていたパンを飲み込んだ。
「…………ご飯つきなら、問題ないにゃ。ミケはここのご飯が気に入ったのにゃ」
「それなら、夕食はチャモ鳥の香草焼きにするよ」
ドロテ村長が言った。
「一番肉質のいいチャモ鳥をあんたに食わせてあげるからね」
「にゃっ! それなら、ミケも本気出すにゃ」
「よろしく頼むよ、ミケ」
その時、扉が開く音がして、部屋の中に銀狼騎士団の十人長、トールが入ってきた。
トールは身長が百八十五センチで革製の鎧を装備していた。髪の毛と瞳の色は茶色で肩幅が広い。
「ドロテ村長、ちょっと話がある」
トールは険しい表情でドロテ村長に声をかけた。
「さっき、ウル団長からの連絡が入った。やはり、増援は難しいようだ」
「…………ってことは、騎士さんたちの数は残り十人ちょっとってことだね」
「俺を含めて、十二人だな」
「村の自警団と彼方たちを合わせて、三十人かい」
「んっ? 彼方たちって、お前らも村の守りを手伝ってくれるのか?」
「はい」と彼方は答えた。
「今、雇われたばかりなんです」
「…………そうか。こっちは有り難いが、本当に大丈夫か?」
トールは彼方のベルトにはめ込まれた茶色のプレートを見る。
「Fランクの冒険者には、きつい仕事になるぞ」
「わかってます。できる範囲で頑張ります」
「ああ。危険だと思ったら、俺たちのところに逃げてこい。俺の部下たちはDランクの冒険者レベルの力はあるからな」
「…………トールさんは、もっと強そうですね」
「銀狼騎士団に入る前は冒険者をやってたからな。これでもCランクまでいったんだぜ」
トールは右腕を曲げて、力こぶを作る。
「それは心強いです」
彼方は自分よりも十センチ以上高いトールを見上げる。
――Cランクの冒険者レベルなら、なかなかの強さだな。シーフのレーネがDランクだから、彼女よりも強い感じか。
――とはいえ、ドラゴンのような強いモンスターが出てきたら、Cランクではきついだろうから、僕がサポートしないと!
彼方は薄い唇を結んで、二つのこぶしを硬くした。