彼方vsドラゴン
最初に彼方に気づいたのは別働隊のリーダーらしき上位モンスターだった。
モンスターは樽のような体型をしていて、肌は青黒かった。目は血に染まったように赤く、ぶかぶかの黒いローブを着ている。
「そいつを止めろっ!」
キンキンとした甲高い声でモンスター――リーダーは叫んだ。
側にいた二匹のゴブリンが彼方の前に立ち塞がる。
彼方はスピードを落とすことなくゴブリンに駆け寄り、真横から神殺しの斧を振った。
ブンと空気を裂く音がして、ゴブリンの胴体が真っ二つに斬れた。
リーダーは持っていた杖の先端を彼方に向ける。
黒い霧のようなものが杖から染み出してくる。
――闇属性の呪文か。
彼方が防御系の呪文カードを使おうとした瞬間、半透明の円盤がリーダーの杖を切断した。黒い霧が一瞬で消える。
――リリカの風属性の呪文か。ありがとう。
彼方は歩幅を広げて、リーダーに近づく。
リーダーは切断された杖を放り投げ、両手を重ねて別の呪文を唱えようとした。
「遅いっ!」
彼方は大きく左足を前に出して、神殺しの斧を振った。
リーダーの首が切断され、樽のような胴体が地面に倒れた。
――これで、残りは…………。
数十メートル先を進み続けるドラゴンを見て、彼方は唇を噛む。
――リーダーを殺されても気にしないのか。
彼方はリーダーの死体を飛び越え、ドラゴンを追う。
背後を走っているリリカが、彼方の行く手を塞ぐゴブリンたちを呪文で倒し続ける。
周囲の木々をなぎ倒しながら進むドラゴンのしっぽを彼方は神殺しの斧で叩き斬った。
それでも、ドラゴンは止まらない。スピードを緩めることなく、四本の脚を動かす。
彼方はドラゴンの切れたしっぽの部分にジャンプして、その上を走り出す。
ごつごつとした岩の塊のような背中を駆け抜け、背後からドラゴンの首筋に神殺しの斧を叩きつけた。
赤紫色の刃がドラゴンの体にめり込み、青紫色の血が噴き出す。
「ガアアアアアッ!」
ドラゴンが咆哮をあげて、首を振り回した。
彼方の体が飛ばされ、広葉樹の枝に当たる。ぐらりと景色が逆さになり、迫ってくる地面が見えた。
彼方は両手で頭をかばいながら、受け身をとる。
背中に痛みを感じながら、彼方は視線をあげた。
ドラゴンの首筋には神殺しの斧が突き刺さっていて、その部分から大量の血が流れ落ちている。
「ゴッ…………ゴゴッ…………」
ドラゴンは倒れている彼方に向かって、前脚を振り上げた。
「それは、やらせぬっ!」
リリカが彼方の前に立ち、杖の先端をドラゴンに向ける。
黒い液体がドラゴンの前脚を包み込んだ。岩のような皮膚がぼこぼこと膨れ上がり、黒く変色していく。
「水属性と闇属性の混合呪文じゃ。その前脚は、もう使えぬぞ」
リリカはにやりと笑いながら、薄く紅を塗った唇を舐める。
「グガアアアッ!」
ドラゴンは先端の切れたしっぽで彼方たちを潰そうとした。
彼方とリリカは素早く後方の茂みに下がる。
「リリカっ! ブレスに注意して!」
「わかっておる」
彼方たちはドラゴンの後方に回り込む。
――耐久力のあるドラゴンだな。神殺しの斧で倒せると思ったのに。
「リリカは左から呪文攻撃頼むっ!」
そう言って、彼方は右に移動する。
すぐにリリカの呪文攻撃が始まった。
傷ついたドラゴンの首筋に数十本の氷の矢が突き刺さる。
彼方は走りながら、呪文カードを選択した。
◇◇◇
【呪文カード:闇月の鎖】
【レア度:★★★★★★(6) 属性:闇 対象の動きを止め、闇属性のダメージを与える。再使用時間:10日】
◇◇◇
黒光りする無数の鎖がドラゴンの巨体に絡みつき、岩のような皮膚に血管が浮かび上がった。
――これで、ドラゴンの動きを押さえられる。
新たなアイテムカードを選択しようとした時――。
「ガアアアアアアッ!」
ドラゴンは叫び声をあげて、黒光りする鎖を引きちぎった。
そして、クヨムカ村に向かって走り出す。
「しぶといのぉー」
リリカがドラゴンの背中に向かって、複数の属性の呪文を放つ。
それでもドラゴンの動きは止まらなかった。周囲の木をなぎ倒しながら、進み続ける。
彼方はドラゴンを追いかけながら、新たな呪文カードを使おうとした。
その時、ドラゴンのノドが大きく膨らんだ。
――クヨムカ村を狙ってる! ブレスを吐かれる前に倒さないと!
彼方は、★八の呪文カードの選択を止め、★九の呪文カードに触れた。
◇◇◇
【呪文カード:五人の戦天使】
【レア度:★★★★★★★★★(9) 属性:光 特殊召喚された五人の戦天使が対象を攻撃する。
この呪文を使用した場合、新たな呪文カードを24時間使用することはできない。再使用時間:30日】
◇◇◇
彼方の頭上に五人の戦天使たちが現れる。戦天使たちは白い羽を生やしていて、黄金色の鎧を装備していた。その手には、剣、槍、斧、メイス、弓を持っている。
戦天使たちは一斉にドラゴンに襲い掛かる。
ドラゴンの巨体が剣で斬られ、槍で突かれ、斧とメイスで硬い皮膚が砕かれる。そして、白く輝く弓矢がドラゴンの右目に突き刺さった。
「ガアアアアッ!」
ドラゴンの巨体がぐらりと傾き、そのまま、横倒しになった。全身から血が流れ出し、周囲の野草が青紫色に染まった。
空に浮かんでいた五人の天使たちの姿が、ふっと消える。
ドラゴンが息絶えたことを確認して、彼方は溜めていた息を吐き出した。
――本当は制限のないカードを使いたかったけど、しょうがない。これで、二十四時間、呪文カードは使えないか。
彼方はドラゴンの首に刺さっている神殺しの斧を引き抜く。
「リリカっ、やってもらいたいことがあるんだ」
「わかっておる」
リリカは黒のスカートをたくし上げ、白く細い太股を彼方に見せる。
「まだ、わらわの召喚時間は残っておるからの。見た目は十歳前後の童子じゃが、中身は大人じゃ。安心するがよい」
「ん? 何の話をしてるの?」
「夜伽をしろと言うのじゃろ? 男の中には、つるぺたが好きな者も多いからのぉ。まあ、お前の性癖が幼女趣味なら、わらわの外見は完璧であろう」
「違うよっ!」
彼方は顔を赤くして、声を荒げた。
「君にはベルルと組んで、残党狩りをしてもらいたいんだ。逃げ出したモンスターがいるからね」
「また、色気のない頼みを…………」
リリカは不満げに息を吐く。
「それが、お前の頼みなら仕方ないのぉ。召喚時間が続く限り、残党狩りを続けてやろう」
「じゃあ、すぐにベルルたちと合流しよう。クヨムカ村の人たちが、もうすぐここにやってくるから」
「んんっ? 手柄を誇らぬのか?」
「手柄なんて、どうでもいいよ。ドラゴン退治の仕事を受けてたわけでもないから、お金ももらえないし。それに」
「それに、なんじゃ?」
「弱いと思われてたほうが動きやすいし、相手の油断も誘えるからね」
「なるほどのぉ…………」
リリカは首を傾けて、じっと彼方を見上げる。
「お前がそれだけ用心深いのなら、わらわも長生きできそうじゃ」
「うん。僕も未成年のまま、異世界で死にたくはないからね」
そう言って、彼方はドラゴンの死体に視線を向けた。