鍾乳洞からの脱出
彼方たちは、ベルルを先頭にして鍾乳洞の出口を目指した。
異形種のモンスターたちを倒しながら、薄暗い道を進む。
モンスターたちは集団で襲ってくることはなく、大半のモンスターは逃げ出していた。
リーダーであるカリュシャスが倒されたことで戦意を失ってしまったのだろう。
数時間後、彼方たちは無事に鍾乳洞の入り口にたどり着いた。
既に昼になっていて、周囲には六匹のモンスターの死体があった。
――カードに戻す前に伊緒里が倒してくれたんだな。生きてるモンスターは…………いないか。
「私…………出られたんだ…………」
隣にいた香鈴が輝く太陽を見上げて、ぼそりとつぶやく。
「もう、大丈夫だよ。残りのモンスターは逃げちゃったみたいだ」
「う、うん」
香鈴は目をごしごしとこすって、彼方をじっと見つめる。
「本当に夢じゃないんだね」
「うむにゃ」
彼方の代わりにミケが答えた。
「こうなったら、脱出祝いのお祝いをするにゃ。香鈴は彼方のお友達みたいだから、ミケがおごってあげるにゃ」
そう言って、ミケは魔法のポーチから七色に輝く水晶を取り出した。
「さっき、大きな石の柱の近くで見つけた魔水晶にゃ。これぐらいの大きさなら、リル金貨二枚にはなるにゃ。これで黒毛牛のステーキも食べられるにゃ」
「あ、ありがとう」
香鈴はミケをじっと見つめる。
「あの、ミケちゃんは彼方くんとパーティーを組んでるんだよね?」
「そうにゃ。ミケがリーダーなのにゃ」
「リーダーってことは強いの?」
「避けるのは得意にゃ」
ミケは両手を腰に当てて、ぐっと胸を張る。
子供のような仕草に、香鈴は頬を緩めた。
「とりあえず、クヨムカ村に戻ろう」
彼方は額に浮かんでいた汗をぬぐって、視線をクヨムカ村がある東に向けた。
◇
広葉樹の生えた緩やかな斜面を下りていると、どこからともなく地響きが聞こえてきた。
彼方は早足で落ち葉の積もった斜面を駆け下りる。
視界が開けると同時に、彼方の瞳に巨大な生物が映り込んだ。
それは全長二十メートル以上のドラゴンだった。
全身が積み重ねられた黄土色の岩のような形をしていて、前脚が後脚よりも異様に太い。頭部は大きく、開いた口の中には尖った黒い歯が無数に見えている。
ドラゴンの前には、数十匹のゴブリンがいて、鎧を着た騎士たちと戦っている。どうやら、銀狼騎士団の騎士たちのようだ。
騎士たちは前衛が盾で守りを固め、後衛から弓矢と呪文でドラゴンとゴブリンを攻撃している。
オレンジ色の光球がごつごつとしたドラゴンの体に当たり、火花を散らした。しかし、ドラゴンは、その攻撃を無視して前脚の爪で騎士を薙ぎ払っている。
――ネフュータスの軍の別働隊か。
彼方は唇を強く噛んだ。
――後方に杖を持ったモンスターがいる。あいつがリーダーで、ドラゴンを操ってるみたいだ。
その時、ドラゴンのノドが大きく膨らんだ。
開いた口から、真っ赤な炎が吐き出された。
その炎は騎士だけでなく、前方にいた仲間のゴブリンも炎に包み、周囲の木々を一気に燃やした。
広範囲を焼き尽くした炎の量に彼方の表情が強張る。
――なんてブレスだ。百メートル先にも炎が届いてる。
黒焦げになった騎士たちの死体を見て、彼方の背筋がぶるりと震えた。
ドラゴンとゴブリンたちは野草の生えた斜面を下り始める。
その進行方向にはクヨムカ村があった。
――まずい。あのブレスを吐かれたら、村ごと焼かれてしまう。
「ベルルっ! 七原さんとミケの護衛を頼む!」
彼方は赤茶けた急な斜面を駆け下り、意識を集中させる。
三百枚のカードが彼方の周囲に浮かび上がる。
◇◇◇
【召喚カード:不死の魔道師 リリカ】
【レア度:★★★★★★★★(8) 属性:水、火、地、風、光、闇 攻撃力:500 防御力:900 体力:1500 魔力:8000 能力:全ての属性の呪文が使える。召喚時間:5時間。再使用時間:20日】
【フレーバーテキスト:あれは幼女ではない。人なのに数百年生きてる化け物だ】
◇◇◇
彼方の前に、九歳ぐらいの少女が現れた。少女は黒のとんがり帽子をかぶり、黒のローブをはおっている。胸元には七色に輝く宝石を使用したネックレスをつけており、右手には枯れ木のような杖を持っていた。
「リリカっ! ゴブリンを倒して! 僕はドラゴンを狙う!」
「また、色気のない頼みじゃのぅ」
少女――リリカは不満げに頬を膨らませる。
「まあよい。どうやら、切羽詰まっておるようだし、まかせておくがよい」
リリカは杖を握り締め、木々の間をすり抜けるようにして進む。
彼方はさらに新たなカードを選択した。
◇◇◇
【アイテムカード:神殺しの斧】
【レア度:★★★★★★★(7) オリハルコンさえも砕く最強の斧。相手の防御力を弱体化する。具現化時間:3時間。再使用時間:15日】
◇◇◇
赤紫色の刃を持ついびつな形の斧が具現化された。
巨大な斧を掴み、彼方は緑色の斜面を駆け下りる。
ちらりと左側を見ると、クヨムカ村の入り口にウサギ耳の冒険者ピュートとドロテ村長が立っていることに気づいた。その背後には武器を持った十数人の村人たちもいる。
彼方は奥歯を強く噛み締める。
――村からはドラゴンの姿が見えてないのか。あのブレス攻撃を受けたら、一瞬で全滅するのに。
――少しでも早くドラゴンを倒さないと!
彼方は地面を強く蹴って、さらにスピードを上げた。