彼方vs剣士ダムラード
迫ってくる彼方に向かって、ダムラードは右手に持った剣を振り下ろした。
その動きに合わせて、彼方は足を止める。
剣先が彼方の数センチ前をすり抜ける。
彼方が避けることを予測していたのか、ダムラードはすぐに左手の攻撃を続ける。
彼方は深淵の剣で、その攻撃を受けた。
「まだ、終わらんぞっ!」
ダムラードは左右の剣を振り回しながら、彼方に近づく。
彼方は表情を変えることなく、淡々とその攻撃を受け続けた。
――連続で攻撃を続けて、反撃をさせないつもりか。それだけの速さがあるし、力も強い。ネーデの腕輪がなかったら、剣を弾き飛ばされてるだろうな。
――それに、何か別の攻撃パターンがあるみたいだ。魔法じゃ…………ないな。
彼方はダムラードの接近を止めるために深淵の剣を真横に振った。
一瞬、ダムラードの足が止まる。
彼方は低い姿勢から、ダムラードの足を狙う。
深淵の剣が黄金色のすねあてに当たり、甲高い金属音が響いた。
「金魔石の鎧が、その程度の攻撃で傷つくものかっ!」
ダムラードは左右の手を同時に動かす。
片刃の剣が左右から彼方に迫る。
――両方から同時に攻撃かっ! これを狙ってたな。
彼方は一歩前に出て、左右にはめたネーデの腕輪で、その攻撃を両方とも受ける。
ダムラードの目が大きく開いた。
彼方は右手に握った深淵の剣を斜め下から振り上げた。
「くおっ…………」
ダムラードは上半身をそらして、攻撃をかわす。
その瞬間、深淵の剣の刃が空中で何かにぶつかったかのように止まり、逆方向に動き出す。
漆黒の刃先がダムラードの右側の首を斬った。
「ゴッ…………ガッ…………」
赤紫色の血を噴き出しながらも、ダムラードは彼方に反撃した。
片刃の剣で彼方の首を狙う。
彼方は左手にはめたネーデの腕輪で、刃を正確に受け止める。
そして、深淵の剣をダムラードの左側の頭部に向かって振り下ろした。
ダムラードは剣を横にして、その攻撃を防ごうとした。
同時に深淵の剣の軌道が変化した。片刃の剣を避けるようにくの字に曲がり、斜めからダムラードの左側の首を斬りつける。
ぐらりとダムラードの体が傾いた。
彼方の動きは止まらなかった。そのまま、呆然と口を開けているカリュシャスに駆け寄る。
カリュシャスは、すぐにわれに返った。
赤黒い宝石が埋め込まれた杖を動かし、素早く呪文を唱える。
カリュシャスの目の前に半透明の黒い膜が出現した。
――防御系の呪文か。深淵の剣を装備していた意味があったな。
彼方はスピードを落とすことなく黒い膜に突っ込み、深淵の剣でそれを斬った。
深淵の剣の効果で、黒い膜が一瞬で消えた。
「ばっ、バカなっ!」
カリュシャスは驚きの声をあげた。
彼方は無言で深淵の剣を振り上げる。
カリュシャスは杖で彼方の攻撃を防ごうとした。
その動きに合わせて、深淵の剣の軌道が変化した。雷が落ちるの形のようにカクカクと動き、杖を避けてカリュシャスの体を斜めに斬った。
「ガアッ…………」
カリュシャスの両膝が折れ、体が横倒しになった。
「そ…………そんな…………バカな…………」
小刻みに震える唇から、掠れた声が漏れる。
「あ…………ありえない。お前の剣技は…………一流の剣士の技を超えている」
「単純な技ですよ。ネーデの腕輪の力を使って、剣の軌道を変えてるだけです。まあ、近接戦闘では、相当有効な技でしょうね」
「…………お前は…………何者だ?」
「数ヶ月前に、この世界に転移してきた異界人ですよ」
彼方は冷静な声で答える。
「異界人…………あ…………」
カリュシャスの目が大きく開いた。
「ひ…………氷室彼方」
「僕の名前を知ってたんですね」
「ザルドゥ様を倒した異界人だったとは…………な。召喚師じゃ…………なかったのか?」
「召喚呪文のようなものを使えるだけで、召喚師と名乗ったことはありませんね」
「ぐっ…………こ…………こんなことなら…………」
カリュシャスの声が聞こえなくなり、緑色の瞳から輝きが消えた。
カリュシャスの死を確認するとすぐに、彼方は数匹のモンスターと戦っているベルルに駆け寄った。
ベルルは両方の盾を使って、二匹のモンスターと戦っている。
モンスターたちは狭い場所に立ち塞がっているベルルを攻めあぐねているようだ。
巨大な剣や斧でベルルを攻撃しているが、二つの盾がその攻撃を確実に防いでいる。
――さすが、防御特化のクリーチャーだな。しっかりと時間を稼いでくれた。
彼方は意識を集中させ、呪文カードを選択した。
◇◇◇
【呪文カード:真空刃】
【レア度:★★★★★★(6) 属性:風 複数の対象に風属性のダメージを与える。再使用時間:12日】
◇◇◇
「ベルルっ! 下がって!」
彼方はベルルの肩越しに、真空刃の呪文を放った。縦に並ぶように集まっていた十数匹のモンスターが風の呪文で斬り刻まれる。
「グアアアアアッ!」
手前にいた四匹のモンスターの手足が斬れ、その後ろにいたモンスターたちは血だらけになって逃げ去っていく。
「助かったっす。さすが、僕のマスターっすね」
ベルルが彼方に向かって白い歯を見せた。
「こっちこそ助かったよ。君が粘ってくれたおかげで、カリュシャスたちを倒すことができた」
「役に立てたのなら、嬉しいっす。僕は攻撃力がいまいちっすから」
「攻撃力がなくても、守りに強い君は使えるクリーチャーだよ。特にこの世界ならね」
「そうっすか?」
「うん。これからもよろしく頼むよ。期待してるから」
「期待…………」
ベルルの表情が、ぱっと明るくなる。
「まかせておくっすよ! 彼方くんを守って、守って、守り抜いてやるっす!」
ベルルは片足を上げて、両方の盾を左右に広げるポーズをとった。