第四階層軍団長カリュシャス
「んっ? 知らない人間がいるな」
カリュシャスは首をかくりと右に曲げて、切れ長の目を細くする。
「…………ああ、なるほど。村娘を取り戻しにきた冒険者か」
「そうです。七原さんは返してもらいます」
彼方は深淵の剣を両手で握り締め、その刃先をカリュシャスに向ける。
「ほう。それができると思っているのか?」
「ええ。それとあなたに聞きたいことがあります」
「聞きたいこと?」
「七原さんの腕を元に戻す方法ですよ」
彼方の言葉に、カリュシャスは不思議そうな顔をした。
「元に戻してどうする? その女はディルミルの寄生に成功した貴重な存在だぞ? 花と葉はマジックアイテムの材料になり、人の世界でも高く売れるはずだ」
「でも、宿主の命を吸い取るんですよね?」
「そうだが、人間の女よりも、ディルミルの花や葉のほうが高価ではないか」
「そんなこと、関係ありません!」
彼方は香鈴たちを守るように、一歩前に出た。
「七原さんの腕を治す方法はあるんですか?」
「さあ、どうだろうな。優秀な魔法医なら、なんとかなるかもしれないが」
「つまり、あなたはその方法を知らない?」
「ああ。知る必要もないことだからな」
カリュシャスは空中に文字を書くかのように右手を動かした。すると、赤黒い宝石が埋め込まれた杖が具現化される。
宙に浮かんでいる杖をカリュシャスは手に取る。
「その女は、数年で死ぬだろう。だが、死ぬまでディルミルは育ててもらう」
「…………なるほど」
彼方の口から暗い声が漏れる。
「もう、あなたに用はなさそうだ」
「用はない…………か」
カリュシャスの端正な唇が笑みの形に変化する。
「私はお前と後ろにいる女たちに用がある」
「何の用ですか?」
「お前の剣や腕輪は、なかなかいいマジックアイテムのようだ。女の持つ二つの盾もいい。それに、人の体は実験に役に立つ」
「実験か…………」
「そうだ。お前たちがどの程度、苦痛に耐えられるか試してやろう。ここには、多くの毒があるしな」
「…………そんな先のことより、自分の心配をしたらどうですか?」
彼方は背後にいる香鈴、ミケ、ベルルをちらりと見て、その位置を確認した。
「こっちは四人で、そっちはあなた一人ですよ」
「それは、どうかな」
その言葉が合図だったかのように、奥の扉から、黄金色の鎧を装備した頭が二つあるリザードマンが現れた。
リザードマンは肩幅が広く、腕が異様に太かった。その左右の手には片刃の剣を握り締めている。
「リザードマンの剣士、ダムラードだ」
カリュシャスは隣に立ったリザードマン――ダムラードの鎧に触れる。
「ダムラードは強いぞ。お前たち程度なら、数分で斬り刻む。それに…………」
彼方たちの背後から、足音が聞こえてきた。
「ベルルっ! 後ろの敵を頼むっ!」
「了解っす!」
彼方の指示を聞いて、ベルルがすぐに動いた。
狭い入り口に駆け寄り、その前で両手に持った盾を構える。
「ミケと七原さんはベルルの側にいて! 前の二人は僕が倒すから」
そう言って、彼方はダムラードと対峙する。
「…………ほう」
ダムラードは四つの目で彼方を見つめる。
「魔力のない人間が妄言を吐くではないか」
「僕に魔力がないことがわかるんですか?」
「当然だ。剣士が相手の能力を見極められなくてどうする」
ダムラードの二つの顔に笑みが浮かぶ。
「お前の剣の腕はなかなかのものだ。そして、装備しているマジックアイテムも素晴らしい。剣の刃は鋭く、なんらかの魔法の効果がある。腕輪はネーデ文明のものか。力を強化するタイプだろうな」
「…………なるほど」
彼方は右足を軽く引いて、ダムラードとカリュシャスを交互に見る。
――ダムラードは近接戦闘が得意なタイプか。僕の装備をすぐにチェックする用心深さはあるけど、人間への油断もある。そして、カードの力で具現化したアイテムの効果までは、わからないようだ。それなら…………。
背後から、剣と盾がぶつかり合う音が聞こえてきた。
――ベルルとモンスターの戦いが始まったか。急いだほうがよさそうだな。
「…………それで、どっちが先に僕の相手をしてくれるんですか? それとも、二人がかりできます?」
「ふざけるなっ!」
ダムラードが声を荒げた。
「お前ごとき、俺ひとりで十分だ! カリュシャス、お前は手を出すなよ」
――そう言うと思ってたよ。
壁際に下がったカリュシャスを見て、彼方の唇の端が微かに吊り上がる。
――カリュシャスも、とりあえずは動く気はなさそうだ。
「さあ、かかってこい! お前に絶望を与えてやる」
ダムラードは胸元で二本の剣を交差させた。
「じゃあ…………」
――カードを使う手もあるけど、ここはあれを使うか。決まれば、すぐに勝負をつけられるし。
彼方は深淵の剣を斜めに構えて、ダムラードに突っ込んだ。