再会
「わあっ! 彼方くんだ!」
香鈴は瞳をきらきらと輝かせて、満面に笑みをたたえる。
「今日は学生服じゃないんだね」
「今日は?」
「うん。いつもは学生服だから。あ、一度、王子様の服を着てた時もあったよね」
「王子様の服って…………」
「あの時の彼方くんは、かっこよかったなぁー。あ、でも、今の彼方くんも、すごくかっこいい。綺麗な短剣も持ってるし、ちょっと強そうな感じがする」
うっとりとした表情で、香鈴は彼方を見つめる。
彼方は香鈴の言動と表情に違和感を覚えた。
――七原さんが変だ。僕と会うのは数ヶ月ぶり…………いや、七原さんからすれば、一年ぶりのはずなのに、まるで、よく会ってたみたいな言い方だ。
香鈴は緩慢な動作で立ち上がると、鉄格子の前に移動する。
「あ…………すごい」
「すごい? 何がすごいの?」
彼方は鉄格子越しに香鈴に質問した。
「だって、いつもと違って、はっきり見えるから」
つるのからまった緑色の腕を伸ばして、香鈴は彼方の手に触れる。
「わっ! 感触がある。それに少し温かい」
「そりゃあ、僕は生きてるから」
「でも、夢の中なんだよ。今までの夢だって、こんなことなかったし」
「夢…………?」
「そうだよ。私の夢の中」
にっこりと香鈴は微笑む。
「この世界に来てから、つらいことがいっぱいあった。でも、夢の中の彼方くんは、いつも私を励ましてくれた。だから、私は頑張れた」
「七原さん…………」
彼方は、じっと香鈴を見つめる。
――七原さんは、この状況を夢だと思ってるのか。
彼方の眉間に深いしわが刻まれる。
――モンスターにさらわれて、牢屋に閉じ込められていたことで、精神が壊れかけているのかもしれない。それに…………。
「腕…………どうしたの?」
「あ、これかぁ」
香鈴は視線を緑色の腕に向けた。
「これね、モンスターに種を植えられたの。ディルミルの種。人の体に寄生して、命を吸い取るんだって」
「命を吸い取るっ?」
「うん。でも、その代わりにディルミルの花と葉っぱは強いマジックアイテムを作る材料になるの」
「そんなことのために種を…………」
「いっしょにさらわれたスージーとエミリアも種を植えられたの。でも、すぐに死んじゃって…………」
香鈴の声が暗くなった。
「ディルミルの種を育てるのは難しいんだって。種を植えても、すぐに宿主が死ぬことが多くて。だから、私は運がよかったの。まだ、生きてるし」
「七原さんの体にディルミルの種を植えたのは、ダークエルフのカリュシャス?」
「うん。魔神ザルドゥの軍団長なんだって」
「…………そうか」
――植物の寄生だとケガとは違うから、呪文カードの『リカバリー』は使えないだろうな。治すための情報を集めないと。でも、まずはここからの脱出か。
彼方は唇を強く結び、機械仕掛けの短剣で錠前を叩いた。
金属音が響き、錠前が壊れる。
格子状の扉を開けて、彼方は牢屋の中に入った。
「七原さん、ここから出よう」
「ここから出る?」
香鈴は不思議そうな顔をした。
「…………そっか。今日はそういう夢なんだ」
「夢じゃないよ」
彼方は香鈴の肩を強めに掴む。
香鈴の目が丸くなった。
「あ…………あれ?」
「助けにきたんだよ。ドロテ村長に話を聞いて」
「…………え?」
香鈴は自分の頬をぱちぱちと叩く。
「痛い…………」
「現実だからね」
「…………じゃあ、この彼方くんは本物?」
彼方がうなずくと、香鈴の動きが止まった。両目を大きく開いたまま、唇を半開きにして、彼方を凝視する。
「本当に彼方くん…………なの?」
「うん。君のクラスメイトの氷室彼方だよ」
「あ…………」
香鈴の目から、すっと涙がこぼれ落ちた。
「あ、あれ? 変だな。彼方くんと会えて嬉しいのに…………涙…………出て」
「…………ごめん。もっと早く見つけてあげられればよかったんだけど」
「う…………ううん。彼方くんが無事で…………よかった」
「…………」
彼方は涙を流し続ける香鈴の体を、そっと抱き締めた。