Aランク冒険者ユリナ
「彼方が…………私より強い?」
ユリナのつぶやきにユリエスが首を縦に動かす。
「俺の見立て違いかもしれないがな」
「見立て違いですっ!」
ユリナはオレンジ色の眉を吊り上げる。
「たっ、たしかに彼方の動きは素晴らしかった。呪文を使わないとはいえ、父上の攻撃をしのぎきったのですから。しかし、彼方はFランクで…………」
「プレートの色に騙されるな。お前だって注意深く観察すれば、彼方の強さに気づいたはずだ。こいつには全く隙がないってな」
「彼方が…………」
数秒間、ユリナが沈黙すると、彼方が口を開く。
「ユリナさん、それは勘弁してください」
「えっ? それ?」
「いや、僕に攻撃しようとしてましたよね? 『自分も試してやる』みたいな顔でしたよ。一瞬、僕の持ってる短剣にも視線を向けたし」
「あ…………」
ユリナは慌てて口元を押さえる。
「ははっ、これでお前も理解しただろ」
ユリエスがユリナの肩をポンと叩く。
「この世界は広い。見た目や身分で強さを判断してたら、命を失うことになるぞ」
「うっ…………」
ユリナが悔しそうに整った唇を噛む。
「さてと、彼方君」
ユリエスが彼方を君づけで呼んだ。
「君がうちで仕事をしてる理由は、魔法戦士の戦い方を勉強するためかな?」
「…………そうです」
彼方は素直に答える。
「仕事の合間に訓練を見学して構わないとのことだったので」
「そうか。で、勉強になったかな?」
「はい。近距離戦が得意な相手との戦い方や呪文攻撃への対処方法など、いろいろと参考になりました」
「それはよかった」
ユリエスは白い歯を見せた。
「しかし、不公平だと思わないかね?」
「不公平?」
「ああ。こっちは手の内を見せたのに、君は見せてくれないなんて…………ね」
ユリエスの声が低くなり、周囲の空気がぐっと重くなった。
「どうだい? 少しは教えてくれてもいいんじゃないかな?」
「あぁ…………」
彼方の頬がぴくぴくと動く。
――僕の能力は、召喚、呪文、アイテムの具現化だ。この能力は戦ってれば、いずれはばれる。ただ、その全容を把握するのは難しいはずだ。なんせ、カードは三百枚もあるし、異界人が持つ能力は一つと思われてるから。まあ、ある意味、僕の能力もゲームのカードを使えるという一つだけの能力になるか。
――どうせ、バレる情報なら、自分から公開しておくのも悪くない…………か。それで信頼が取れることもあるし。カードの枚数とその効果、デメリットがバレなければ問題ない。
「…………わかりました」
彼方は結んでいた唇を開いた。
「たしかに、いろいろ見学させてもらってるのに、自分の能力を隠すのはよくないですね」
そう言って、彼方は呆然としているダニエルに短剣を返す。
「ありがとう。助かったよ」
「あ、う、うん」
ダニエルは口を開いたまま、彼方を見つめる。
隣にいたカールも呆然とした顔で彼方を凝視していた。
彼方はダニエルから離れて、ユリエスに歩み寄る。
「それじゃあ、今から、モンスターを召喚します」
「召喚っ?」
ユリナが驚きの声をあげた。
「お前は召喚呪文を使える魔力がないはずだ」
「魔力が必要ない召喚なんですよ」
「そんなもの、あるはずがない!」
「いや、あるんだろう」
ユリエスが言った。
「こんなことで彼方がウソをつく理由もないしな。とにかく、見せてもらおうじゃないか。異界の召喚呪文とやらを」
「では…………」
彼方が意識を集中させると、三百枚のカードが現れた。
――このカードは、僕だけにしか見えない。この世界の魔法とは違うからだろうな。
そんなことを考えながら、彼方は一枚のカードを選択する。
◇◇◇
【召喚カード:ガラスのゴーレム ゴレポン】
【レア度:★(1) 属性:地 攻撃力:100 防御力:100 体力:100 魔力:0 能力:ガラスのゴーレムを破壊した者の目を眩ませる。召喚時間:1日。再使用時間:5日】
【フレーバーテキスト:こいつ…………最弱のクリーチャーのくせに自分のことを強いと思ってるみたいだな】
◇◇◇
彼方の前に青いガラスでできたゴーレムが姿を見せた。
ガラスのゴーレム――ゴレポンは身長が二メートル近くあり、がっちりとした体格をしていた。目は丸く、鼻はなく、口は真一文字に広がっている。
「ゴゴゴゴゴーッ!」
ゴレポンは両手の腕を直角に曲げた。
「ついに…………俺の力が…………必要になったか」
「いや、今回は姿を見せてくれるだけでいいんだ」
「んっ? それだけでいいのか?」
ゴレポンは首をかしげる。
「強い敵が現れたから…………俺を召喚したのかと思ったぞ」
「まだ一度も召喚してなかったから、ちょうどいい機会だと思ってさ」
彼方はガラス製のゴレポンの腕に触れる。
――ゴレポンはゲームの中でも一番弱いクリーチャーで、あんまり役に立つことはなかった。ただ、ゆるキャラっぽい外見とキラキラした体で人気はあったんだよな。あえて使うプレイヤーもいたし。
ユリナが口を半開きにしたまま、ゴレポンを見つめる。
「ほ…………本当に召喚呪文が使えたのか」
「しかも詠唱なしに、この速さだ」
ユリエスの眉が眉間に寄る。
「見事なものだな。これほどのレベルの召喚師だったとは。間違いなく、彼方はAランクの力があるぞ」
「まっ、待ってください!」
呆然としていたカールが半開きの口を動かした。
「たしかに、こいつは召喚呪文を使えました。でも、召喚したのは弱そうなゴーレムです。ドラゴンでも上級のモンスターでもない。それなのにAランクなんですか?」
「Aランクだ。カール」
ユリエスの代わりにユリナが答えた。
「よく考えてみろ。彼方は父上の剣の攻撃をしのぐ戦闘技術があり、その上で詠唱なしにゴーレムを召喚できたのだ。それが、敵方にいたら、どんなに危険かわからないのか?」
「あ…………」
「少しは理解したか。召喚師の倒し方は召喚されたモンスターではなく召喚師本人を狙うことだ。だが、彼方は剣士なみに近接戦闘もやれる。お前は、そこのゴーレムと彼方、両方同時に戦って勝てる自信があるのか?」
「そ、それは…………」
「私は自分の間違いに気づいたぞ」
ユリナは彼方に近づき、悔しそうに唇を歪める。
「彼方、よくも騙してくれたな」
「えっ? 騙すって?」
彼方は目を丸くする。
「こんなに強いなんて、言わなかったじゃないか」
「いや、強いとか弱いとかの話は、もともとやってないし」
「それだけじゃないぞ。何だ、その茶色のプレートは?」
ユリナは彼方のベルトにはめ込まれたFランクのプレートを指差す。
「何故、お前がFランクなんだ? そのせいで、私は恥をかいたんだぞ」
「それは、僕に言われても困ります」
「とにかくだ。今から、私と模擬戦をしてもらう」
「えっ? 仕事が終わったから、もう帰ろうと思ってたんですが」
「この状況で、帰れると思ってるのか?」
「彼方くん、娘と戦ってやってくれ」
ユリエスが笑いながら、彼方に歩み寄った。
「ユリナにもAランクとしてのプライドがあるからな。それに、君もAランクの魔法戦士と戦うのは勉強になるだろ?」
「それは…………そうですけど」
「よし! やるぞ!」
ユリナは上唇を舌で舐めながら、彼方に訓練用のロングソードを渡す。
「今夜は寝かさないから、覚悟しておけよ、彼方」
「は、ははっ…………」
彼方の口から乾いた笑い声が漏れた。