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馬車の中

 次の日の午後、彼方はひとりで王都の東門に向かった。


 東門は彼方がよく使っている西門と違い、門の外には大きな川が流れていた。

 川には橋がかかっていて、その先に広葉樹の林が見える。


 視線を動かすと、馬車が集まっている広場でミームが手を振っているのが見えた。


 彼方はミームに歩み寄る。


「お待たせしましたか?」

「いえ、問題ありません。それでは馬車にどうぞ」


 彼方は二頭立ての馬車の中に入る。

 馬車は屋根つきで、中央にテーブルが設置されていた。


 彼方とミームが対面でイスに座ると、すぐに馬車が動き出す。どうやら、ミームが行き先を指示していたようだ。


 馬車は緩やかにカーブした街道をカラカラと音を立てて進む。小窓からは、緑の絨毯のような草原が見えた。


 ミームはテーブルの上に置いてあった水筒を手にして、木のコップに中の液体を注いだ。

 甘い香りが馬車の中に漂う。


「ラグの実のお茶にはちみつを入れてます。ケンラ村まで時間がかかりますから、ゆったりされててください」


「ありがとうございます」


 彼方は木のコップを受け取る。


「…………もしかして、僕が甘い物が好きな情報も、情報屋から聞いたんですか?」

「あ、はい。よく屋台で甘い物を食べてるって」


 ミームは微笑みながら答える。


「でも、戦闘に関しては、曖昧な情報しか聞けませんでした。魔力がゼロなのに呪文が使えるというウワサもあって」

「呪文のようなものが使えるのは事実です」


 彼方はコップをテーブルの上に置いて、意識を集中させる。


 彼方の周囲に三百枚のカードが出現した。


◇◇◇

【アイテムカード:生きている短剣】

【レア度:★★★(3) 闇属性の短剣。千人の死刑囚の肉と骨から造られた短剣。傷つけられた者は強い痛みを感じる。具現化時間:1日。再使用時間:7日】

◇◇◇


 彼方の手に不気味な短剣が出現した。刃は肉色で青紫色の血管のようなものが無数に浮き出ている。


「これは武器を具現化する呪文みたいなものです」

「…………すごいですね」


 ミームのノドがうねるように動いた。


「この短剣、マジックアイテムなんですか?」

「はい。攻撃力がアップするわけじゃないんですが、ちょっとでも傷つけることができたら、相手は激痛を感じるんです。実は、前に自分で試したことがあって」

「自分を傷つけたんですか?」

「ええ。どの程度の効果があるのか知りたくて、指先をちょっとだけ傷つけたら、もう、めちゃくちゃ痛くて、すぐに後悔しましたよ」


 彼方は恥ずかしそうに笑う。


「この能力をずっと隠しておくことはできないし、そのうち、情報も漏れるでしょうね。それと、ザルドゥを倒したことも」

「ザルドゥさ…………を倒した?」

「ええ。ご存じでしょ?」

「い、いえ。そんな情報は聞いてません」


 ミームは驚いた顔で首を左右に振る。


「彼方さん、ザルドゥを倒したんですか?」


「倒しましたよ。あなたの目の前でね」


「…………はっ?」


「もう、演技の必要はないってことですよ。ミームさん…………いや、ミュリック」


 その言葉に、ミームの顔が強張った。


「みゅ…………ミュリック?」

「サキュバスって、人間に化ける能力があるのかな。それとも、君だけの特別な力?」


「…………どうして、気づいたの?」


 ミーム――ミュリックは悔しそうな顔をして、彼方を睨みつける。


「昨日、会った時から違和感があってさ。君が依頼内容を説明してる時に、その場で考えてるような答えがあったから。それで、君の仕草や口調をチェックしてたんだ」

「仕草や口調?」

「そう。外見や声を変えても、仕草や口調を変えるのは難しいからね。呼吸数やまばたきの数も人の平均より、だいぶ少ないし。で、その数が昔会ったミュリックと同じだったから」


 彼方は淡々と言葉を続ける。


「君が店から出て行った後、情報屋にも確認したよ。ケンラ村にミームって薬師がいるか調べられるかって。そしたら、朝に連絡があったよ。そんな名前の薬師はケンラ村にいないと」

「わざわざ、調べたってわけ」

「念のためだよ。さっきも、『ザルドゥ様』って言おうとしてたみたいだし、それ以前に、このお茶にも毒が入ってるんだろ?」


 その時、ミュリックが動いた。


 体を捻って、馬車の扉を開けようと手を伸ばす。

 その手に向かって、彼方は生きている短剣を突き刺した。


「ああああああっ!」


 ミュリックは悲鳴をあげて、傷口を押さえる。

 ミュリックの黒い髪の毛がピンク色に変化し、頭部に雄牛のような角が現れた。


「ほら、すごく痛いだろ? 歯の神経を針で突かれてるような痛みだよね」

「ぐっ…………くうっ…………」


 ミュリックの紫色の瞳が充血する。


「どっ、どうして、こんなこと…………。私が敵だってわかってたら、この馬車に乗る必要もなかったのに」

「うん。その選択もあったよ。そして、この場で君を殺す選択もある」

「あ…………」


 ミュリックの顔が青ざめる。


「そんなに怯えなくていいよ。殺す以外の選択肢もあるから」

「殺す以外?」

「うん。言い方は悪いけど、君には僕の奴隷になってもらおうと思ってさ」


 彼方は生きている短剣の先端をミュリックのノドに向けた。


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