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記録その4

 ――記録その四。


 カナタは今日も人魚の世話をしていた。

 人魚はすっかりカナタに慣れた様子を見せ、以前はそれほど見せなかった表情というものを時折出すようになっていた。

 感情を見せるようになって、更にカナタは人魚へ親近感を抱くようになる。


「おい、人魚」

「…………!」

「嬉しそうだな。そんなにこの餌が好きか?」

「…………」


 人魚はくるくると水槽を回る。


「こんな固形物の何がうまいんだろうな……って言ったら、犬猫も同じか。人間には分かりませんってことだな」

「…………?」

「ああ、はいはい。今やるからちょっと待ってろよ」

「…………」


 何か言いたげな様子で、人魚はカナタのことをじっと見つめる。


「なんだよ、何か言いたいことでもあるのか?」


 人魚は、何も応えない。


***


――○月×日。


 最近はすっかり人魚の捕食を見るのに慣れた。最初はなんて恐ろしい生き物なんだと不気味にすら思ったが、今となっては嬉しそうにがっつく様子がかわいく見える始末だ。

 ここで気になってくるのが、この餌についてだ。

 人魚にやるように、と用意されている餌はいつも同じもので代わり映えがしない。大きさは手のひらに収まる程度、餌と考えたときに多いのか少ないのかいまいち分からない。だが、これで一日を過ごしている辺り、いくら人の見た目に近いとはいえ、人魚は人よりも少食なようだ。

 色はいかにも動物の餌と言った茶色をしている。昔、金魚の水槽に入れた乾燥ワームのペレットを思い出した。おそらく、これも似たようなものなのだろう。何を乾燥させたものなのか、どこで調達しているものなのか、誰がいつ作っているものなのか、考えればきりがない。

 もっとも、一研究員としてはそこまで気にする必要がないのかもしれない。それはまた別の研究員の仕事であり、自分のこなすべきことは、あくまでこの人魚本体についてである。

 だが、観察を続ければ続けるほど、この人魚の人に似ている部分が目に付いてしまう。

 例えば、餌を見せたときの嬉しそうな様子。自分の顔を見つけたときのはしゃいだ様子。寝ているところを起こすと嫌そうな顔をするところも、こちらの意図が掴めず不思議そうにするところも、何とも人間臭さがある。

 こうして水槽で隔てられているのがとても不思議に思えてしまう。


***


「なぁ、お前はこの餌以外に何か食ったことがあるのか?」


 そう言って、手に持ったいつもの餌を見せてみる。

 人魚は餌とカナタとを交互に見てほんのり表情を変化させた。


「…………?」

「多分、これって肉だよな。あるいは何かの貝か……」

「…………?」

「ああ、うん、お前には分からないよな」


 こつん、と人魚がガラスの壁にぶつかる。

 どうやら、餌を取ろうとして失敗したらしい。

 カナタに向かってぱくぱく口を動かし、餌に熱い眼差しを向ける。


「…………!」

「反応がないわけじゃないんだよな……。せっかくここまで人間に似てるなら喋ってくれれば早いのに」

「…………」

「他のものも持って来たら、お前はそれを食べるんだろうか」

「…………?」

「……今まで、それを試した研究員がいるのかどうかから調べた方が良さそうだな。余計なもんを食わせて体調を崩したら、全部俺の責任になっちまう」

「…………!」


 そのとき、人魚がかわいらしい笑顔を浮かべた。

 その表情に驚きつつ、カナタは問いかけてみる。


「……俺の責任になるのがおかしいのか?」


 にこにこしたまま、人魚が見つめてくる。


「最近、お前がかわいく見えてしょうがないよ」

「…………!」

「お、言ってることが分かるのか?」

「…………!」

「俺の言葉に反応しただけなのか、かわいいって言われて喜んだのか、いまいち分からないな。明日はもう少しいろいろ試してみるか……」


 その日のレポートをノートにまとめ、明日の課題を洗い出す。

 人魚はそんなカナタのことを虚ろな目で見つめていた。

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