ファースト・トリガー
翌朝、太陽灯に照らされているオフィスで俺は、ひたすらキーボードを叩いていた。
「おはようございます。シトリさん」
どうぞ、と言いながらコーヒーをデスクにさし出す黒髪の女性。
「おはようございます。ティナさん」
ありがとう。そう付け加えると、彼女は少しはにかみペコリと軽くお辞儀をして行った。
去り際に彼女の後ろ姿、腰まであるその黒く長い髪をぼうっと眺めていた。
「彼女…………だぜっ?」
「っ!?」
突然声をかけられ思わず体が跳ね上がり反射的にそっちへ振り向いていた。
そこには見知った顔が口元を吊り上げてこっちを見ていた。
「急に話しかけるな!」
つい口調を荒げ言い放ってしまっていた。
「おっ!」
「あ……」
しまった……此処は仕事場だった。
周りを盗み見ると目線が俺を突き刺しているのが判る。
……気まずい。俺は視線を戻した。
「イタイやつだなっ」
さらに口元を曲げた顔で言ってくる。やけに嬉しそうな顔が腹立たしい。
「ロド……なんの用だ。嫌味を言いに来たんだったら帰れ」
「ありゃ?聞こえてなかったかよ」
「なにが?」
今ひとつこいつが何を言いたいのか分からない。でもそんな事も周りも一切気にせず、このバカは、『ああ、神よ……。この男は盲目でした!』なんて言いながら両腕を高く上げ仰いでいる。
「目は関係ないだろ。 ……むしろ盲目はおまえだ」
もう振り向かなくても分かる状況だった。そこら中から降り注ぎ、突き刺してくる視線。おまけに大きな溜め息や咳払い付き。
「それで、なに……?」
どうしようもなく、本題に戻す事にした。
「ああ、そうそう」
ようやく仰ぐのを止めてくれる。
「上層部の奴がお前に話しがあるんだとさ。この間、『ロド・オニキス。シトリー・パレットに来るよう伝えてくれ』って言われてたんだよ。丁度会社のパソコン使ってネットしてた時、後ろから急に。 感じ悪かったな、細メガネで」
──こいつは仕事中にネットをしてるのか……。いや、それよりも上層部が俺に?
とくに失敗したつもりはなく、呼ばれる理由が分からなかった。だが、上層部からの呼び出しはそうそう来るものじゃない。
俺は必死に原因を考えようとした。が、──それよりも先に、『自分で言えよなー』そう面倒くさそうに言っている馬 鹿を問い正すことにした。
「おい」
「あ?」
耳に小指を突っ込みながら不思議そうな声をだした。だらしなく半開きになっている口はこいつの性格そのものに思えてしまう。
「お前がそれ言われたのいつ?」
「ああー……」
そのままの状態で少し上を向いた。思い出そうとしてるみたいだ。
「んんー……」
「思いだせ、この馬鹿!」
場合によれば平謝りするのは俺しかいない。怒鳴り散らす声に周りからの視線は更に強くなった気はするけど、どうでもよかった。俺はロドの肩を掴んでガクガク揺らしてやった。
「朝……だったかな?」
「いつの」
「さぁ……」
聞いた俺が馬鹿だった。
「まっ、細かい事は気にするな。なっ!」
俺の腕をポンポンと叩き、歯なんかみせて笑いかけてくる。むしょうに腹立たしい。
「もう帰れ」
手を払いのけて言い放つ。日付すら覚えてない奴にはこれぐらいの対応で十分だった。
「つめてぇなぁ、おい」
「これでも抑えてやってんだよ!」
立ち上がり、ロドの腕を掴んで強引に体を捻らせ、背中を力任せに押してやった。
「ほら、行け!」
「お、おい! ちょっと待てって」
無言で押していく。
「落ち着けって!」
返答はしない。
「話し聞けって!」
無視を決め込みオフィスから押し出した。外でまだ何か騒いでるみたいだけど、ドア越しでよく聞こえなかった。それに聞くつもりも全くなかった。
邪魔者を消しデスクに戻った。そこでロドの言ってたことを思い出す。
上層部の人間からの呼び出し、それは通常在り得ない。もし呼ばれたとしても一階級上の人間ぐらいで、上層部は俺みたいな一般人を相手にしない。
疑問が頭を巡っている中、パソコンにメールが届いた。
差出人──ロド・オニキス。
その名前を見た途端うんざりした気分になった。重たい腕でマウスを操作し、メールを開く。
《さっき言ってた上層部の奴の名前思い出したから送っとくゼ!》
──カーネリアン・トリガー。
そこには、間違いなくそう書いてあった。
カーネリアン・トリガー、アラゴナイトの2に位置するVIP。一般人が会う事を許される人物ではない。ましてそんな超大物に呼び出される覚えも、無い。
《ここに行けばいいらしいゼ!》
メールを読み進める。
見覚えのある住所が書いてあった。しかしそんな所にアラゴナイト住居が存在していたことに覚えがなかった。だってそこは──。
「隣の家……?」
書いてある住所、それは三年間住み続けた我が家のお隣さんだった。
《追伸:来週ティナちゃん誕生日だゼ!》
「ぶっ!」
シリアスな気分が一瞬で吹き飛んだ。
「何てこと追伸しやがる……」
ディスプレイに飛んだ唾液を拭き、メールを読み進める。誕生日の詳細な日付が書いてあった。そして最後に《ファイトだゼ!》そう付け加えて終わっている。メール画面はそこで止まった。
「語尾全部に『ゼ』って、どんなキャラだよ」
メールボックスを閉じた。視界にコーヒーカップが入った。もう湯気は出ていなかった。カップを持ち、口へ運んでいく。傾け中へおくりこみ、飲む。
まだ温かかった。