第一章 終 〜 好きなのかもって
第一章完結話です。
降りた駅は高層ビルやらお洒落な飲食店やらが並ぶ街から電車で20分ほどの距離にあるこの辺りにしては珍しく綺麗な川の近くの駅だ。
周りにはコンビニや然程大きくないスーパーしか見当たらないので、デパートなどの大きな建物がない落ち着いた住宅街といった印象を受ける。
「優真くん、ここら辺に来たことある? 」
「この辺は来るの初めてです。花見自体は高校生の時にこことは別の場所でやったことがあるんですけど‥‥ 」
「へぇーそうなんだ。じゃあここの花見場は初めてなんだねっ♪ 」
「そうですね 」
嬉しそうな所が引っ掛かるけれど、まぁ彼女に関して言えばいつもの事なのでスルーしておこう。
住宅街を川に向かうようにして歩いて行くと開けた道路の向こう側に ――― どこに花見をする場所があるのかなんて聞く気も失せる程の綺麗な川に沿いどこまでも連なった桜の花道がそこには広がっていた。
既に薄暗くなった夕刻時で、ライトアップされた桜は夜空に浮かぶ月をも飲み込んでしまわんばかりの美麗なピンク色の輝きを放ち続け、その存在感は言葉にするのが難しい。
想像以上の絶景に良い意味で唖然 ―――
「‥‥すごい 」
「すごーっ! 」
重なる言葉を気に止めもせず、ただただ見入ってしまう。
果たして何処までこのフラワーロードは続いているのか? ‥‥‥‥‥。
「優真くん! はやく行こ!」
いち早く我に帰ったのは結原さんの方。
僕の袖を何度も上下に引っ張ってまるで子供みたいに興奮している。
「ネットで見た情報だけど、50分歩き続けてやっと抜けるか抜けないかぐらいずっと続いてるんだよ! 要所要所にシートを敷けるスポットもあるみたいだし歩き回って眺めながら良いとこ探そ! 」
「あ、そうですね 」
ここ何年もいつもいつも変わらない景色しか視界に入らなかった僕にはやや刺激が強すぎたのかもしれない。
「すいません。あまりにも絶景過ぎたんで、感動というよりも動揺してます 」
果たして僕なんかがこんな素敵な場所を堪能していいのだろうか、なんて本来の自分らしさが頭を錯綜するも、今日も隣にいるのは僕の世界に侵入するプロだから ――― 。
「だよねー、それはちょっとわかるかも。だって私も調べておきながらこんな凄いものだなんて思いもしなかったもん。優真くんに限ってはこういった場所に来るのが‥‥数十年ぶりでしょ? 」
瞬間、急に顔を難しくして間があったと思ったらそんなこと‥‥。
「結原さん、流石に今のは厳しいですよ 」
「はやく‥はやく行こ! 」
紅潮させた顔を隠すように振り返り無理やり袖を引っ張って花道へと誘導する彼女。
唯一侵入を許した彼女でも、段々と近づく輝かしい不安コミコミの道を前に、流石に非現実世界の僕が調子に乗っているのではという気持ちをより一層深く感じ足のブレーキが ―――
「踏み入れたって不幸なんて訪れないし、訪れさせないから大丈夫 」
僕に背を向け引っ張ったまま、あっさり心を読まれた。
着いた時よりも周りは暗闇に包まれて余計に美しく際立つその花道に僕達は足を踏み入れた。
――― ほら、今日も彼女はいとも簡単に僕の世界にお邪魔してくる。
人は多いけどシーズンも終わりに近づいているせいか、人は少なめで花道の中に入れば、幻想的な桜のアーチが優しくお出迎え。
「ねーこれ本当に綺麗すぎない!? 」
「すごく綺麗です 」
「だよね、私、大学生の時に花見何回かしたことあるけど、花見ってこんなきれいだったっけな? 」
桜に見とれてうっとりしてると思ったらポケーッとした表情で首をかしげている。
そんな姿を見せられると、本当に入っていいのかなんて悩んでいたのが馬鹿らしく思えてくるから困ったものだ。
「大学生の花見って花を見るよりお酒でドンチャン騒ぎってイメージがあるんで、それも影響してるんじゃないですか? 」
「あーそれはあるかもね。実際私もお酒はそこまでだったけど友達との話に夢中になってたし‥‥あ、桜が 」
春の僅かな残り短い冷えた夜風が吹くと、桜の花が舞って踊り出した。そこいらのミュージカルにも負けない目を奪われる光景だ。
無論春風の寒さもあるけれど、心なしか木々に覆われたこの道は外よりも幾分か暖かいのではないだろうか?
二人とも木々の美しさのパフォーマンスに見惚れながら、先程デパートで買ってきた花見のお供を嗜む場所も吟味して探す。
それから20分くらい歩いただろうか、周りに見物客や酔っぱらいも少なく、尚且つ桜の木々に囲まれたホール状の芝生があるのを道の傍らに2人の目線に入った。
「ね! あそこ良くない? 」
「僕も思いました綺麗にライトアップもされてて程よく落ち着いてますし 」
ただの芝生だったらそこまで惹かれなかったかもしれない。
そこでは緑草の黄緑、緑、深緑色に桜の花の明るいピンクがコーディネートされたグラデーション溢れる芝生の絨毯になっていたのだ。
空いている目ぼしい場所に陣取ると、彼女は徐にバックを漁り始めて何かと思えばシートを取り出した。
「あれ、ちょっとちっちゃかったかな? 」
うっかりみたいな顔をして、こちらをチラッと見る。
「いえ二人なら十分ですよ。それよりももしかしてそれも買ってたんですか‥‥? 」
「どうせなら持っておくのも有りかなぁーって思って買っちゃった 」
「そうですか 」
シーズン終わりに買わなくても‥‥言ってくれれば、家にあるやつを持ってきたのに。値札が付けっぱなしになっている。
「そんなことはどうでもいいの! さぁ座った座った 」
急かすようにシートをパンパンと叩いてアピールする彼女。
はいはいっと荷物を下ろしてシートに腰掛けると、彼女は買ってきた惣菜、お酒、ソフトドリンク、紙コップなど色々と広げ始めた。
「好きな飲み物取って! どうせなら乾杯しよっ 」
酎ハイを手に取ってもう構えている。どれだけウキウキなんだ。
彼女に合わせて酎ハイを手に取ると、音頭をとり始めた。
「それじゃあとりあえず何か色々お疲れ様です。かんぱーい! 」
「か、乾杯」
果たして何がお疲れ様なのか‥‥。突っ込みはなしで、とりあえずとても久し振りにお酒を口に入れてみた。
うん、ジュースだ。まぁ3%のジュースに近い味のお酒なので飲み慣れてなくてもとても飲みやすい。
結原さんは ―――
「うわー、この焼き鳥すっごく美味しーー」
「あ、こっちの春巻きも最高! 」
乾杯したのにお酒を口に運ぶより惣菜に夢中だ。
「ん、そう言えばお惣菜ばっかで主食無くないですか? 」
彼女が食べているのを見て、不意に口から漏れてしまった言葉に予想に反してドキッとした彼女の仕草があって、これは買うの忘れたなと確信を持たされたが。
「じ、実はね、私お菓子以外の料理は今勉強中でまだ全然できなくて、、それで、その、オカズ以外のおにぎりとかサンドイッチとかおやつとかは私が作ってきたんだ‥‥嫌じゃなければ食べてほしいなって‥‥ 」
下を向いて再び鞄の中をゴソゴソし始めて申し訳なさ気にプラスチックのタッパを取り出すと、中には仕切りがあって海苔が巻かれた一口大のおにぎりとサンドイッチが半々で入れられていた。
苦手と言う割りには形も綺麗で美味しそうだ。潔癖性じゃないし食べる分には全然問題ない。そもそもこの状況で断る常識のない人間になんて絶対になりたくないし、度胸もない。
「普通に料理出来てるじゃないですか。頂きます 」
手始めにお握りを口に運んでみたら、中に鮭のほぐし身が入っていた。
結原さんはその様子を恥ずかしそうにモジモジしながら伺っており恐らく感想を待っている。
「あ、美味しいです。というよりもこれがあるならお惣菜なんてなくてもよかったんじゃ? 」
相手に気を使うとかじゃなく、本気で思ったまでだ。この調子だと全てのお握りに具が入ってるだろうし、サンドイッチも全て違った物がサンドされているから。
素で感想を述べただけだけれど、彼女はよっぽど嬉しそうに下を向き続けていた。
「そ、そっかー。ならよかった。‥‥さ、食べよ! 」
意を決して顔を上げたのか、一気に顔が持ち上がると、これまでで1番のニコっと笑う愛らしさ。
「‥‥あれ? 」
今、一瞬 ――― 。
「はぁ、もういいや 」
何かが吹っ切れた気がした。いや、何かに繋がったのか?
僕自身の心に起きた異変がわからないけれど、確かなのは僕は、彼女に対して壁のバリケード完全に崩壊した‥‥と思う。
風が強く吹いて桜が雪が舞うが如くヒラヒラと落ちてくる。
「ん、優真くんどうかした? 」
ボソッと独り言を呟く僕に、まだ若干収まりきってない薄紅に火照った顔で ―――。
「こんなこと聞いて申し訳ないです。結原さんは僕のことが‥‥まだ好きですか? 」
「っ!? 」
何を聞いてるんだ自分は。結原さんが食べ物がイキドウに入ってむせ返ってるじゃないか。
むせが落ち着いて、彼女の顔は紅潮が消えてむしろ不安そうな顔になっていた。
「す、好きだけど‥‥どうして? 」
小不安を払拭できるよう祈っているみたいな小声で僕だけに聴こえるように答える彼女。
彼女の暗い顔の意図がわからないけれど、僕も意を決した ―――
「こんな都合のいいこと言ってすいません。僕は好きじゃないと思います 」
言い始めてしまったからには、止まらない。結原さんの顔がどんどん曇りを帯びて今にも雨が降りそうになっても。
「だけど、僕は結原さんの事が嫌いでもないんです 」
曇った顔は治らない。
「初めはとにかく関係を断つことしか考えられなかったけど、数回でそんな気持ちと張り合うようにして結原さんなら一緒にいても大丈夫かもとか思い始めて 」
長々と遠回りな説明ばかりして結論に入ろうとしない僕に、彼女はイライラしてるだろうか?
「今日もその心の隙間にできた思いに負けて、ここに来ました。好きじゃないとか言っておきながらこんなこと言うのも甚だおかしい事なんですけど、さっきの結原さんの笑顔を見た瞬間に、好きになりたいって思って、いや好きなのかもって 」
もう自分でも何言っているのか訳がわからない。彼女も困惑してる。
「つまりは、結局、僕は結原さんのことが好きかも知れないです。あなたと付き合いたいです。好きじゃなくても一緒にいて好きなりたいです。勝手なこと言ってごめんなさい 」
場は凍りついて、すっかり桜の花びらも地面に吸い込まれていた。
彼女の顔からは小雨が流れていて、ジッとこちらを睨んでいる。
「長いよ‥‥めちゃくちゃ気持ち悪い 」
初めて彼女に本気で毒舌吐かれたけど、誰が見ても気持ち悪いし、自分から見ても――― 。
「だけど嬉しいし‥‥、仕方ないから付き合ってあげる 」
「数十年間も恋愛にブランクがあったんだもんね、‥‥告白? が気持ち悪いのは水に流してあげる! 」
肩をバシッと叩かれて、ソッポを向かれた。でも雨が止んでいる?
「ゆ、結原さっ!?」
どうしていいのかわからず、名前を呼ぼうとしたらソッポを向いたまま、また肩を叩かれた。
「美実って呼んで。結原さんなんて他人行儀はダメ! 」
いきなりそんなことができるわけ―――
「み、美実‥‥‥‥‥‥さん 」
「‥‥ブフッ、もう何それー!吹いちゃったじゃん‥‥‥ご飯続き食べよ! 」
「そうで‥‥そうだな 」
ため口 ――― ソッポを向くのを止めて、見慣れた明るい顔でご飯を再び食べ始めた彼女にできる今の僕の精一杯の努力。
それでもやっぱりこっぱずかしさを誤魔化すために酎ハイを一気に飲んで、彼女の作ったサンドイッチを頬張って。
忘れてはいけない桜の絶景を楽しみながら、食事を進め―――
「優真くん、目つぶって」
お腹も八分目まで満たされて、場に出ているものを殆ど平らげた所で美実が要求してきた。
「え、目をつぶるって‥‥ 」
彼女には以前本気じゃなくイタズラではあるがキス事件という前科があるから、勝手にそれを考えてしまうのは、自然の流れだろう。
「え、何をするつもりですか? 」
一度きりのため口はすぐに元に戻り、動揺しながらも丁寧に問いただす。
「カップルが目をつぶってすることなんて1つでしょ! はやく目をつぶってよ。私だって恥ずかしいんだから!! 」
まだ付き合って30分も経ってないこの状況で、僕は‥‥案外嫌ではなかった。
――― そして目を静かにつむってしまった。
ドキドキしながらその時を待つと、ジリジリと彼女が近づいてくる音がして‥‥‥グイッ。
口の中に、香ばしさのある甘い香りがするものを突っ込まれた。
噛まなくてもこの食感はクッキーだ。
「どお? 美味しい? 」
目を開けてボリボリとクッキーを食べ、笑いを隠しきれていない彼女を細目で確かめる。
「美味しい‥‥です 」
「もしかして、もしかしてキスすると思った? 思ったでしょ! えへへ、さっきの気持ち悪い焦らし告白のお返しだよ! キスはもっと愛情を深めてからね♪ 」
――― そう。本当に心から好きって言ってくれた時ね。
僕がもちろん彼女の本心が聴こえることもなく、僕たちの花見は急展開な形で幕を閉じた。
読んでいただきありがとうございました。
第二章からもよろしくお願いします
宮内優真の心に何の異変が起きたのか。については今後ある時に大きく関連してきます。
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