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幸せって不幸せ  作者: 夢見たむぅ
8/10

雨のち晴れ

遅くなってしまいました(´・ω・`)

 夢を見ることもなく熟睡して目覚めてみれば、もうお昼前になっていた。


 アルバイトが休みの休日に長時間眠り続ける時は、決まって陽光が降り注いでいないことが多い。


 本日も案の定カーテンの隙間から見えるのは淀んだ雲の群れのみ。


「あれ、これもしかして雨が降るんじゃ? 」


 花見の予定キャンセルへの微かな期待とモヤモヤを胸に、スマートフォンを手に取って、天気を調べてみると ―――


「天気が空気読んでどうするんだよ‥‥ 」


 午前中は曇り時々雨、午後からは徐々に晴れていき夜には綺麗な星空を観察できるまでに天気は回復するらしい。


 結原さん贔屓の天候を疎ましく思う気持ちは少なからずあるが、僕が筋金入りの晴れ男なことを考慮すると一方的に天候を悪者にするのは間違っている気がしてむず痒い。


 三咲とデートをする時は狙っているかのように晴ればかりだったし、入学式や卒業式など大きなイベントの時も快晴だった。


 ベッドに預けたままの身体を重たい手つきで起き上げ、大きなあくびをしてフラフラと1階のリビングへ。


 食卓テーブルの上にあるのは、アルバイトがない日に用意される作りおきされた簡素なおかずとご飯茶碗に適量に盛られたお米。そして、台所に味噌汁がありますという書き置きのメモ。


 両親は、特に母は、世間体を気にした厳しい目を向けてくることもあるが、僕の面倒は今までと変わらずしっかりと観てくれている。


 周りの同期がどうなったかなんて知らないが、順当に進んでいれば大卒組も社会人3年目を迎えてそろそろ親元を離れて自立していたり、ひょっとしたら結婚している人もいるかもしれない年代だ。


 ――― 情けない。これではご近所付き合いの中で母が自分の息子にそういった感情を抱いてしまっても仕方がないと思う。


 勝手に心を失って両親の脛をかじったまま共倒れしようとまで考えていた僕であるから、そんな親の気を知れても無意識の内に左から右に受け流して見て見ぬフリを続けていたが、ここ最近は―――。


 テレビも付けずにブランチを済ませて皿を洗うと、晴れない気分を振り払おうと自室に戻って安定の読書タイム。


 今日はまだ読み残していた例の偶然の奇跡シリーズで。


 始めは部屋の明かりをつけて嗜んでいたが、途中で窓から差し込む光の主張が強くなってきたので電気を消して、心地よい春の陽気を感じるために窓を開けた。


 程よく冷たいそよ風が部屋の空気を清らかにしていく。


 時々、風に運ばれてきた小鳥たちが可愛らしい鳴き声で家を飛び越えてどこかへ行くのはどこか心が安らいだ。


 瞬く間に過ぎ去る時間は容赦がなく、思えば既にPM15時42分。


 「そろそろ準備するか‥‥ 」


 準備と言ってもセットなんて洒落た行為はしない。アホ毛が四方八方に跳ねているボサボサ頭をシャワーで流して、ドライヤーで乾かすだけだ。


 大学生になってからは校則を律儀に守った中学生を彷彿とさせる髪型で、髪が目にかからないようにしてたけれど、最近は散髪をサボったせいで横に流さないと目にかかる。


 服装は、高校生の時に買った白のチノパンを履いて、黒のT-シャツの上から同じく高校生の時に買ったデニムジャケットを羽織った。


 服なんて、米屋のバイトで必要なジャージや靴下以外はここ数年買っていないのでずっと変わらない。服装のことで強いて言うなら、前回のフレンチ喫茶の時は焦りに任せてバイト用の服を着てしまい、普段着としては些か連れが恥ずかしくなりそうな服装だったので常識的に申し訳なかったくらいだ ――― いやでも、そもそも誰かと外出なんてずっと無かったのだから‥‥しなければいけなかったのだから仕方ないのか?


 時間に余裕があるのでゆったりと身支度を整えていると、丁度いい時刻になって、例のごとく自転車で目的地のデパートに向かう。


 「よし。今回は文句ないだろ 」


 待ち合わせよりも12分早いPM16時48分。


 『入り口近くの駐輪場で待ってます。 』


 一言連絡を入れといて彼女が来るのを待っていると、彼女ではなく返信がやってきた。


 『10分前に来れたね笑 でも残念賞! もう中にいるよ。1階の惣菜売り場の所に来てねー 』


 別に競争をしている訳ではないし、何もないはずなのだけれど、勝ったと主張しんばかりの彼女の返信には敗北感を感じてしまう。


 何はともあれ惣菜売り場に向かうと、大きめのバックを持った結原さんが真剣に惣菜を眺めていた。


「こんにちは、早いですね 」


 横から(おもむろ)に声をかければ、ビクッと彼女が不意を突かれたように此方に振り向く。


「ッ!? あ、優真くんか。‥‥もぉ、いきなり声かけないでよーー! 」


「え、いや、そんなこと言われても‥‥ 」


「まぁでもちゃんと来たからよし! それじゃどれにするか決めよ 」


 どれだけ惣菜に集中していたのか、じゃあどうすれば良かったんだ? と言いたくなるような返事が第一声。


 そんな振り向き様の彼女の雰囲気は前回とは何かが変わっていた。でも服装が変わるのは当たり前だし、顔は変わってたら怖い。身長が伸び縮みしている訳でもない。


 でもどこかが‥‥。


「あっ 」


 脳裏によぎった答えがとっさに口から出そうになる。


「ん、どうかした? 」


 その言葉に反応して、再び惣菜とにらめっこを始めようとしていた彼女が此方を見て不思議な顔をする。


 まだ三度しか会っていない相手にいきなり髪を切ったかなんて聞いたら気持ち悪いと思われかねないから避けたい所だったが出かかった言葉は止められなかった。


「あ、いえ、結原さん髪切りました? 」


「え、わかる? うん切ったよ! 15cmくらいバッサリね、この長さ久しぶりだから似合うかな? 」


「いいと思いますよ。服装とも合ってて 」


 以前会った時は背中まで伸びてた長い髪を束ねてポニーテールにしていたはずだったが、今日は肩のラインくらいまでしか髪がなくて、内側にフワリと巻かれている。


 服装は相変わらずシンプルで、薄地でほんのりグレーがかったセーターに黒のロングスカート。


「よかったぁ。それじゃあささっさと買い物済ませちゃお! 」


「買い物ですか? 」


「そーだよ。花見するんだからちょっとはご飯とか買って行かなくちゃ! 」


「え、あ、な‥‥なるほど 」


 これが6年間のブランクだ。花見と言ったら普通は飲み食いをするものなのに、さっきまでの僕は今日はただ花を眺めて帰るものだと勝手に思い込んでいた。


「まさか、花を見たらすぐ帰るとか考えてたんじゃないよね? 」


 彼女の目は笑っているが、言葉は真剣身を帯びて図星を突いてくる ――― はい、ごもっともです。


「そんなわけ‥‥、その花見の場所ってどこにあるんですか? 」


 ここで変に話を伸ばすと分が悪いのは僕で、彼女のイタズラ心の思う壺になりそうなので自然な話題を提供してみる。


 思いの外突っ込んでくることはなく、彼女はニコニコとしながら一言、行ってからのお楽しみという言葉を残して適当な惣菜を幾つか手に取ってカゴに入れると、僕の袖を引いてどこかに連れていかれた。


「えーっと、ここって‥‥ 」


「飲み物も買わないとね、何飲む? 」


 花見だから当然の流れなのかもしれない。しかし、誰もこんな女の子からまさかアルコール飲料のコーナーに連れて来られるとは思わないだろう。


「結原さんお酒飲むんですか? 」


「普段は飲まないけど、友達に誘われたりした時は少し飲むよ 」


 僕もお酒を飲んだことが無いわけでない。会社に入社する前の懇談会で数杯、半強制的に飲まされたからだ。


 たしかビールは不味くて、ワインも不味くて、日本酒は飲んだことなくて、レモンサワーとかカルピスサワーとかの酎ハイは美味しかった記憶がある。


 そう、簡単に言うと僕は完璧な子供舌なのだ。


「大学生とかは飲み会のイメージ強いですしね、なら僕は酎ハイにしときます 」


「おっけー。私も酎ハイ! ていうか優真くんも元大学生だよね? 」


 大学生に対して一貫とした他人事 ――― 僕はある意味で模範的すぎた大学生らしくない大学生だったから栓方ない。4年間で一人として友達を作らずに酷く失恋を拗らせて単位に困ることなく卒業。失恋拗らせてるのは今に至るのだけれど‥‥。


「前話した通りですよ。」


「そっか。まあいいや! 早く選んで早くいこー 」


 唆されるがままに酎ハイを選ぶと結原さんに先導されるようにして割り勘で料金を払い、店を出て、大きい荷物は僕が持って自転車をこぎ、近場の地下鉄の駐輪場に自転車を止めた。


 「こっからちょっと電車だよ。 私新米だけど社会人だからお金払わなくてもいいよって言ったのに優真くん払うんだから。電車代くらいは出さなくていいからね 」


「いや、僕もアルバイトですけど働いてますし、さすがに女子に全額出させるのはこんな僕でも理性が許しませんよ 」


「そうかなぁー? でも律儀だねぇ〜 」


 駅の階段を降りながら、顔を屈ませて覗き込んでくる彼女の顔はニヤニヤしている。


 幾度となく見たニタツキ顔にも慣れてきた?


 いや、慣れていいものなのか?


 そもそも彼女と関わって、笑っても僕は何も反射の不幸を経験していない。今も不快感なんて一切ない。なんてことを考えてしまう ――― 彼女と関わる度に訪れる心の動揺は今日も健在だった。


 電車の中では、彼女の仕事の楽しさと愚痴とセクハラまがいに言い寄ってくる上司の話題で勝手にもちきりに。


「あ、次の駅だよ! 」


 彼女に引っ張られて電車を降りる。

読んで頂きありがとうございます!


次回は第一章最終話です!


1週間を目安に更新できるようにがんばります!

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