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幸せって不幸せ  作者: 夢見たむぅ
7/10

48時間フリータイム

今回は新しい展開への導入編です。




 家に着く頃には、ビニール袋を二重三重に纏った本達はその表面を滴で濡らしていて、対して僕の方は服がほんのり湿る程度で肌触りの悪い着心地に。


 部屋に入るなり濡れたビニール袋から本を解放し、8割が埋まっている4段の本棚に丁寧に放り込んで、着替えを持ってシャワールームへ直行した。


 風呂を出てドライヤーでドライを済ませば、温水に打たれて身体がポカポカと火照った状態でベッドに寝そべり本を読む午後の一時、たった一人の心の安らぎ。

 

 この時間だけは特に誰にも邪魔を―――


「されるのがここ2,3日の僕なんだよな‥‥ 」


 と、嘆息を漏らしつつも恐る恐る部屋のテーブルに無造作に置いてある充電ケーブルに繋がれたスマートフォンへ目を向けてみると。


「あれ? 」


 あの人のことだからまたSNSの受信を知らせる緑色の点滅があるのではないかと思ったが、眼前にあるのは充電満タンの合図である無点灯のままのランプだけ。


 別に期待をしていた訳ではないけれど、なんか肩透かしを喰らった気分だ。


(‥‥まぁ、あの人も仕事があるんだし。そんな暇じゃないか )


 引っ掛かる気分を一掃して気兼ねなく偶然からなる奇跡というものを満喫しようと買ってきた本1冊を手に取って、枕を肘クッションに俯せになって読書にふけた。


 どのくらい時間が経ったのだろうか。


 下校中の子ども達のはしゃぎ声が聞こえて、日が落ち始めたのか部屋が徐々に徐々に暗くなって、やがて本を読むのに支障をきたすまでになっていた。


 本の中身が素晴らしいのも時間を忘れる原因だろう ――― 事実は小説よりも奇なりとはよく言うが、この小説に書かれている話はまさに天をも驚かさんとするような奇跡。現実にはなし得ない偶然の重なりが時には人々を救い、時には大地にまで恩恵をもたらしてしまう本。


 結局この日、睡魔が他の欲に打ち勝つまでひたすら読み続けた。


 そしてあくる日も、あくる日も、今日と変わらない日常を過ごして―――


 『こんばんは 』


 『久しぶり〜!久々の私です!!』


 『明日か明後日一緒に桜見に行こうよーー 』


 金曜日の夜20時過ぎに、自室でネットサーフィンに没頭していた僕の世界は再び先週突如として現れた侵入者からの先制攻撃を受けることに。


 同じみ緑色の点滅共に画面上に続々と表示される文字。


 (突然何を言ってらっしゃるんだ結原さんは‥‥ )


 どう思おうが、言いたいことは大体察しが付いてしまう。


 要するに、彼女は明日と明後日が休みで、尚且つ僕にバイトがあるとしても遅くとも19時には終わることを知っている。そこで僕の過去を知っていて今の僕がどんな状態なのかを検討するに予定がある訳がないから誘ってきたのだろう ――― 恐らく彼女の告白でいう僕を救うために。


 闇に打ち消されかけていた感情が再び光を取り戻そうとうっすら身体が、心が疼きをもたらす。


 大多数の行かない方がいいと少数精鋭の行きたいが交差する脳裏を押さえて、とりあえず別の問題を彼女に聞いてみた。


 『こんばんは、いきなりですね。それで桜の件なんですが、もう4月24日ですけど桜ってまだ咲いているんですか? 』


 花見はもちろん、花に関する知識はほぼ皆無だけれど、時期的に少し遅いことくらいはわかる。


 『うんあるよ! 確かにシーズンより少し遅いんだけど1ヶ所今が見頃の場所が近くにあるんだ〜』


 『夜になると21時までライトアップされるから行くなら夜がお勧めらしいよ!』


 幼げな振る舞いもチラホラ見られたのに、こういう時にちゃっかり情報の下調べをしてるあたりはしっかりしていて抜け目がない。


 そうなんですね。って ――― 


「あれ? こっからどうしたら断れるんだ? 」


 自然の流れで相手の下調べの内容を聞いてしまった以上、用事がない限り断るのは道理に反するのではないか?


 と、考えなしに軽率な質問をしたことを自戒しても時すでに遅し。


 『そうですね。明日土曜日がいいです。』


 本当は土曜日も日曜日もアルバイトなんてなく、48時間ほどフリーな時間があるが、ここはつい今しがたのミスを繰り返さないように慎重に考えた。


 それも空しいことに、何れにせよ自身と相談することもなく行くことになった時点で、僕の不戦敗で彼女の不戦勝だ。


 『おっけー!! それじゃあ17時に前行ったフレンチ喫茶の近くのあのでかいデパートに集合ね~』


 『あ、今回はちゃんとゆとりを持って来てね(笑) 』


 こうして、ほんの数回の送受信の繰り返しで見事に待ち合わせの場所と時間まで誘導される男がここに‥‥。


 『了解です。10分前くらいには着くように頑張ります。』


 『よろしい!それじゃあまた明日ねーおやすみ~』


 『おやすみなさい。』


 用件が済むと今日はすんなりと話を切ってくれた。


 けれど、静まり返った殺風景な自室のベッドの上で再度ネットサーフィンをする気にならず、まだ21時にすらなっていないので眠くもなく、ならば読書でもして睡魔を待とうとしたがどうにも気が乗らない。


(ま、散歩にでも行くか‥‥ ) 


 散歩も然程であり、春のまだ冷たい夜風を受けると余計に目が冴えそうなことはわかっていても、じっと手持ち無沙汰を続けるよりかは()()だと判断したわけだ。


 下は部屋着のスエットで、上にジーパン柄の上着を1枚羽織るだけの軽装。さっそく散歩コースも考えないまま、気の向くままにゆらりゆらりと24年間共に暮らしてきた町並みを見回しながら進んでいく。


 小学生低学年の頃によく友達と一緒に来ていた木造数十年は経過していそうな年季の入った駄菓子屋は、今や建て直されて立派な一軒家 ――― まだ幼かった僕たちにとても優しかった店のおじいちゃんとおばあちゃんは立派になったこの家に住んでいるのかな? それとも駄菓子屋を畳んだ後は別の場所で息子達と一緒に余生を過ごしているのかな?


 無論年齢のことを考えれば、なんて悲しいことを考えるのは無しの方向で。そんなことを思ってたら散歩が台無しだ。


 それから少し歩いた先に現れる橋は耐震工事が施されて、完璧なアーチを描くアニメに負けず劣らずの外観へと姿を変えていた。


 実際に補強も行われたのであろうが、そんなことより果てしなくデザインのお洒落に力を入れてる気がしてならず、どこか複雑。


 他にも、通っていた中学校では、2階にオープンな廊下兼ベランダのようなものをあしらえた建物が1つ増えていて、僕の知っている体育館は跡形もなく消えていた。


「どんだけ都会の風景に馴染ませたいんだよ 」


 不意に沸き上がったツッコミがついつい口を衝いて出てしまう。


 片方に歩けば都会の喧騒が(あらわ)になって、反対側に歩けばどんどん田舎の雰囲気を帯びてくる。そんな中間地点に住んでいる僕は、今回同様、散歩をする時に自然と田舎を選択する癖がある。


 その田舎サイドも都会サイドの影響を受け、所々で豪勢になっていたのは何と言えばいいものやら。


 そんなこんなで、本能に任せてただブラブラするだけという本来の目的が、容姿を変えた場所を探す旅へと知らず知らずの内に上書きされていった。


 結局、歩いて、歩いて、歩いて、家に帰ったのは22時ジャスト。どうやら1時間以上も旅を続けていたらしい。


 「ダメだ‥‥想像以上に有意義だったから‥‥ 」


 悪いことではないけれど、眠気どころか出掛ける前よりも脳は活発に働いて、目も清々しくぱっちり、そして何もすることがない ――― 本末転倒もいいところ。


 斯くなる上はと思い、部屋を真っ暗にして無理矢理寝ようとすると、部屋の一角で散歩の前はなかった緑色の光が点滅している。


 暗がりの中を足で何かを踏まないように数歩摺り足でその光を発する(ぶつ)を取ってベッドに戻り中身を確かめたら、もう寝ちゃった? と、一言だけのメッセージが。


 どうせ当分寝れないので返信してもよかったが、大事な用事でも無さそうで、スマートフォンの明かりは睡魔を余計に遠退けるという話を風の噂で耳にしたことがあるので今回は申し訳ないがパス。


 ベッドの物置スペースにスマホを置いて目をつむる ――― 羊の数では子どもっぽいので、ここはあえて米俵の数を数えることにした。もちろん品種は大好物の富山県産のコシヒカリ。

読んでいただきありがとうございます!


次回は桜見前編です。


ちなみに僕は花見は好きですが、場所取りは嫌いです(´・ω・`)みな同じ笑‥‥


意見感想などありましたら書いていただけると嬉しいです。



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