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幸せって不幸せ  作者: 夢見たむぅ
6/10

みんなのお米屋さん

某小説を読むのに夢中になってしまい、更新するのが遅れました。。


今回はタイトルの通り、お米屋での日常です。





 朝の容赦ない光。普段であれば到底感謝などできないが、今日は切にお礼を言うべきであった。


 現在月曜日のAM8時、昨日までの出来事で綺麗さっぱりと忘れていたもの。


 「‥‥米屋のバイトだ 」


 開店しなければならない時刻まで後1時間ほどしかないのに、自分は今の今まで布団の中で、お店まで15分ほどで着くことを考えるとまだ余裕はあるが、もう少し寝ていたら危うかったと思う。


 手際よく準備して一目散に自転車に飛び乗り、普段よりやや急ぎ道中のコンビニで朝昼兼用のブランチ用おにぎりを購入してバイト先へと向かうルーティンは忘れずに。


 見慣れた大通りを抜けて、1つ道路を挟んだ住宅街を進んでいくと、そこに米屋はひっそりとそびえ立っている。


 店頭入り口前には【みんなのお米屋さん】とかいう安直なネーミングセンスをさらけ出す看板。


 店内は、田舎によくあるお爺ちゃんお婆ちゃんが良心で経営する駄菓子屋さんが、米を売るようになった感じの面持(おもも)ちだ。


 バイトやパートを合わせても4人で、基本的に忙しさを感じることなんてほぼないに等しいので、ワンオペが当たり前になっている。


 ほぼというのは、月に1度あるかないかの売り出しセールの時は話は別で、狭い店内に蟻が巣で群れを成すが如く人がごったがえす()()()


 よって売り出しの際は数人で組む()()()が、そんなものに携わるなんてごめんだから詳しくは知らない。


 アルバイトの面接で経営者の安藤夫妻から聞いた話によると、どうやら数店舗経営しており、意外にも年間売上は上々だという。


 しかし店の外装を見る度に、シフトの時間を睡魔と戦いながら過ごす度にいつも本当に大丈夫なのかと憶測が‥‥。


 (契約的にはあれだが実務的な話で言えば、急ぐことなんて全く必要ないんだよな、相変わらず )


 AM9時までに簡単な開店前作業を終わらせて、時間ぴったりに店を開けることができたが、初めの客が来たのは10時半すぎ。


 その間も、それからも何時間も椅子に座りながら代わり映えのしない外の風景をぼんやりと眺めている。


 「こうだからこそ、僕はバイトを続けることが出来たんだろうな 」


 そもそも他者を遮断したい僕が接客業を選択すること自体が検討違いなのはさておき、内実は1割の接客と9割の留守番だったので助かった。


 こうして大したことを考えることもなく、気付けば既に正午に。


(この辺りから猛烈な眠気が襲って‥‥‥来ない? )


 不思議なことに全く眠くならない。


 むしろ睡魔どころか、手持ち無沙汰な時を経るにつれて余計に目が冴えてくる。


(何を考えているのだろうか。僕の身体は‥‥。‥‥あっ )


 迷うまでもなく、思い当たる節を教えようとしてくる脳の海馬の記憶中にある声。


「あのー、もしもーし。ちょっと店員さん! 起きて 」


 忘れるはずもない声が聴こえてきたのはつい一昨日の話だ。


(なるほど‥‥。 うん‥‥納得 )


 フラッシュバックすればするほど、苦笑いと共に頭を抱えながらつくため息が大きくなる。


 一晩を越えて米屋で日常を取り戻している現状の僕に、昨日ほど迷いはない。言い換えれば元の日々に戻るきっかけを米屋の変わらない静けさが提供してくれている気がする。


「でも、まさか家に帰ったら連絡が来てるなんてことはないよな? ‥‥よな? 」


 来てて欲しいじゃなくて、来て欲しくないの方。――― きっとそうに違いない。


 お米しか聞く耳を立てていない店内だからこそ、不必要な独り言がついつい口からポロポロとこぼれてしまう。


 こんなのではダメだと、気を紛らわせるためお店の外へ。


 お米を適温に保つために冷房を効かした壁の中とは違って、流石にこの時間の外は程よく暑く、それを堪能しているであろう野良猫が道路の真ん中で気持ち良さそうに寝そべっている。


「生まれ変わったら猫になりたいかも 」


 車に轢かれる心配もなさそうな静寂とした住宅街で一人きの向くまま寝転んで、風に揺れるエノコログサと戯れて、夕方になれば買い物帰りのおばあさんに魚の缶詰めやお肉のおこぼれを貰って、お礼に少しだけじゃれついて――― 。


 まさに苦哀なんて到底知らない悠々自適な天国ではないか。


 なんて、どこにでもいる一匹の猫に妄想を捗らせて立ち呆けていると、どこぞの老夫婦が横から声をかけてきた。


「こんにちは。最近は過ごしやすい天気だねぇ、お兄さん。今日もいつものお米貰いにきましたよ 」


 よく佐賀県で農作されている柔らかくて甘いお米を買っていかれる方々だ。


「いらっしゃいませ 」


 この人達は世間一般からするととても愛想のいい人達で、毎度小声で出迎え軽く会釈をするだけの無愛想な僕に性懲りもなく、社交辞令の挨拶とは別に話題を持ちかけてくれる。


 性懲りもなくなんて言い方は失礼かも知れないが、その言葉が一番しっくりきてしまうから仕方がない。


 「1850円です 」


 店内に戻って、おもむろに5㎏袋の佐賀米を手に取りお客に背を向けたまま価格を告げてレジに置く。


 レジでは流石にお客に身体の正面を向けて、代金が支払われるのを待つのであるが、いつもは無口で外で待機しているはずのおじいさんの方が珍しく店内でお米を舐め回すように見回っている。


「おじいさんどうかしたの? 」


「たまには、別のお米を買ってみるのもどうかなと思ってな 」


 繰り広げられるやり取りから嫌な予感しかしないが、案の定最も困る当然の客の権利を行使して―――。


「店員さん、このお米以外に美味しいお米ってどれですか? 」


 ほら来た。


 特定の品種のお米の特徴を尋ねてくる分には、アルバイトをしている義務として最低限知識を付けておかねばならないのは言うまでもない。


 しかし、僕たちが身に付けられる装備は各品種の各特徴に限定される。――― 各個人の味覚なんて知ったことじゃない。


 粘り気、甘味、粒の大きさ、艶など。


 このお客様にはこれ、あのお客様にはあれという訳にはいかないのだ。


 最も水に漬けた時間、水の量だけでもお米の触感は変わってくるもので、なおさら明確にこれこれが万人受けして美味しいですよとは中々‥‥。


 「味の感じ方には個人差があるのでどれが美味しいとはっきりとは‥‥どういったお米をお求めですか? 」


 もうこれが定番の決まり文句になっている気がする。


 斯々然々(かくかくしかじか)で何種類かのお米を手短に説明した結果、結局佐賀米を買って去っていった。


 それでいいと思う。こんなこと僕が偉そうに断言することじゃないけど、普段買っている食べなれたものが一番だ。


 老夫婦がいなくなれば、三度到来する平穏な空間。


 に、なるはずだったのに一難去ってまた一難。見計らったかのように聞き慣れたエンジン音を鳴らしたお米を大量に積んだトラックが店頭に止まった。


 (午前中にトラックが来る時は決まって近々売り出しがあるのかな。多分午前午後2回に分けて持ってきて。‥‥はぁ、疲れるなぁ )


 店の狭さに見合わない量のお米をただひたすら台車に積んでは卸して、積んでは卸しての繰り返しで。


 けれど断っておくと、僕の運動不足が祟った体力には些か問題があるが、力仕事はそこまで苦手ではない。


 ここで僕に無駄な試練を与えてくる敵は、安藤夫妻。それも奥方の方である。


「あら今日の担当は宮内君なの。残念ねぇ浅井さんとお話ししたかったのに 」


「2年間も続けている就活の調子はどう? どういった職種を希望してるの? ご両親からは何か言われている? 」


「次のお店に行かないといけないからさっさと降ろしてね 」


 相変わらずお手本のような嫌みったらしい台詞。


 昔はこんな絵に書かれる愚痴おばさんではなかったのに、パートの人達のあーだこーだの陰口を耳にする内に、その毒牙にすっかり毒されたらしい。


 実際の所、蛙の面に水とでも表現すべきだろうか。代わり映えのしない聞き慣れた愚痴なんて屁でもない。


 警戒すべきはそこではなく、婦人の行動で。


 当番が交代する時に、日計表と店内でお米の数が違っているのは一番最悪で、特に店内のお米が少ない時は責められる上に理由によっては弁償しなければならないのだが。 ――― 勝手にお米を持っていく。


 一言声を掛けてくれるなり、僕に話しかけるのが嫌なら直接日計表に記してくれればいいものを、無言のまま店内の精米日が古くなってきたお米をかっさらっていくのだ。


 他の人が当番の時もこうなのかは定かでないが、いずれにしても勘弁してくれ。


 という訳で例によって、今日も一挙手一動の監視を怠らないようにお米を淡々と降ろす。


 降ろすのにかかる時間は量にもよるが今日は2、30分かかった。


 婦人は無事降ろし終えると忙しなくトラックに飛び乗って何処かへ。


「今日も無言で4袋持っていってたな。はぁ‥疲れたぁ 」


 力作業と繊細な作業とを平行して行うと予想外に疲れるものだ。


 時刻はPM13時前 ――― あとの時間はゆっくりと。


 客の来ず、魔のトラックが来ることもなくなった残りの1時間は、在庫を確認する以外に席を立つこともなく理想の形で過ぎていった。


 そして―――


「はい、交代だよ。大丈夫ならもう帰っていいよ 」


 これの直訳は、今すぐ帰れ。


 愛想が悪く都合上肩身が狭い僕が悪いから仕方ないしどうでもいいのだけれど、煙たがるのもよく飽きないな。


 なんて考えてもどうしようもないので、社交辞令の一礼を交わしてそそくさと店内を出て僕の仕事はこれで終わり。


 帰りは、寄り道せずにいつも通り行きと同じ道のりを自転車でなぞって家に帰るルーティンをこなすのみ?


 あぁ‥‥ルーティン破ってごめんなさい、魔が差して近場の本屋へ。


 読書用を調達のため熟考の結果、巡り合わせた偶然の数々を綴った短編小説集シリーズを5冊ほど購入。


 一段落ついたら早速読もうと店を後にしようとしたところ。


 これぞまさしく天罰だろうか ――― 狐の嫁入り。


 陽光はピークを迎えて天高くして辺り一帯を照らしているというのに、キラキラ輝いた細かい雨粒がポツポツと地面を濡らしている。


「やらかしたなぁ。普段しないことするから‥‥ 」


 自分は濡れても構わないので、ビニール袋を余分に2枚ほど貰って陽射しの降り注ぐ小雨の中、スピードを上げて自転車を走らせた。

読んでいただきありがとうございます!


次回は再び週末へ突入していきます。


感想・意見ありましたら書いていただけると嬉しいです。


そう言えば、そろそろどの種の新米も出揃ってくる時期で、色々な新米を食べ比べするのが楽しみです。



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