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幸せって不幸せ  作者: 夢見たむぅ
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第0章 終 〜一目惚れの侵入者〜

アクシデントがあって予定日よりも更新が遅れました(´;ω;`)


今回は第0章の終結です。

 幅を寄せてくる結原美実の興味本意の掘り下げに些かの不快感を感じながらも、昨日今日の刹那の付き合いと認知できなくなるもどかしく煩わしい何かが相対して、油断をするとうっかりと言葉をこぼしてしまう気がする。


 先程まで見とれていたはずの周りのカップルや女性の集団の声で賑やかな店内にはすでに目もくれず、彼女の視線は一直線に僕を捕らえていて、逃がす気配は全くない。


 自分の方から目を反らすこともできない金縛りをかけられて、まさに蛇に睨まれた蛙状態。


(いや、違うか。僕が勝手に彼女を眼光を光らせた蛇だと幻惑にとり憑かれてるだけで、現実は概ね、患者を心配する若く麗しいナースとでも表現するべきなのだろう )


 二重瞼の大きな瞳を半能動的に睨み返しているだけの僕に対して、彼女も無言のまま。


 ――――― 無言のまま、只でさえ近距離の顔が更に顔面の目の前に近づいてくる?


 ゆっくりとゆっくりと裁縫の苦手な不器用な人間が針に糸を通さんとしようとする時ばかりの速度で、眼前にとても小さな女の子の顔が徐々に鮮明になっていく。


 彼女の吐息を肌で感じる距離にまで接近したらしく、あと3秒間待っていれば、ソフトベージュピンクの清楚な口紅で潤う唇と僕の唇が触れ合いそうだ。


 ふんわりとほのかに女の子らしい甘い匂いが鼻腔をくすぐってきて‥‥。


「んっ!? 」


 接吻寸前の間一髪の所で、顔を彼女から遠ざかるように上体を反らすことで何とか回避することができた。


 今のは本当に危なかったと心臓をバクバクさせながら冷静に数秒間を振り返るものの、彼女の魂胆が全く読めない。


「ちょっと結原さん、な、何を考えてるんですか!? 」


 ギリギリ避けたことなどお構い無しで何事もなかったような無邪気な顔で笑いこけているので、僕にしては珍しくやや強めの口調で言葉を浴びせてしまった。


 しかもこの声が大きくなりすぎたのか、どうやら結原美実だけではなく周りのカップルや店員の注目まで一気に集めているらしく、恥ずかしくなってきたので頬を若干照らしながら肩をすぼめて縮こまり落ち着くのを待っていると、


「アハハハハッ、優真くんってほんとに反応面白いね。笑いが止まらないよ‥‥。ちなみに私が質問してるのにずっと目だけ合ったまま何も答えてくれないからお返しに実験で顔近づけてみたんだよ! 」


 隣ではシュシュで固定されたポニーテールの尻尾を犬が尾を振るようにプランプランと揺らし、押し寄せる笑いを懸命に堪え腹を抱えている彼女の姿が羞恥心を余計に増長させてくる。


 その笑い具合に誘発効果でもあるのか、どんどんと周囲の人間に伝染していき、ついには店員さんにまでクスクスと笑われる始末だった。


 しかしこの時、まだ気づいていないが、彼女に心を突く鋭い質問をされるまでは不安と恐怖に埋め尽くされかけていたのに、殆ど時間の経過がないはずの今ではそのことを忘れているのだ。


 中途半端に残っている抹茶パンケーキを口に運び、場の視線の網にかかった雰囲気を誤魔化しながらコーヒーでそれを流し込む。


「僕が答えなかったからって、実験で顔を近づけるなんて‥‥、もしもですけど、退かずに僕からも積極的に向かって来られたらどうするつもりだったんですか? 」


 店内が元に戻った所でコーヒーカップをテーブルに置いて、彼女に言葉を投げてみるが、呼吸を落ち着かせ、漸くして平常を取り戻しつつあるその子は、手をクシ代わりに前髪を軽く整えている。


「もしも優真くんが乗り気だったらかぁ、そしたらこんな人前でキスすることになってたね 」


 心を透視されたかのような想定内で許容範囲外の模範解答に身体がピクンッと揺れ、喉を通ったばかりのパンケーキとコーヒーが逆流して来そうだ。


 手グシをしながら漠然とした顔で答える仕草は躊躇った様子もなく、言わずとも当然だと主張しんばかりのテンションそのもの。


 キスは欧米では本当に挨拶らしいがここは日本、しかも彼らの意味するのは頬に軽く触れること。まして喫茶店の中で行われる習慣ではない。


「結原さんは、結構そういうことに慣れてるんですね 」 


 昨日会った人と店内でキスをこれまでもしたことある人間だとしたらたとえ僕が()()なってなくても関わりたくない部類。


 そんな風には見えないし、悪い人だとは微塵も思わないが、どちらにしろさっさと完食して早々に切り上げて日常に戻ろうとピッチを上げておく。


「キスどころか彼氏すら中学校以降はいないよ。優真くん見てたらぜったいにしないってわかるからこその大人のイタズラだよー! 」


 一方でパンケーキを切り分けて口に含みながら、さらりと思いがけないことを口にする彼女。


 社会人にしては容姿は少し幼げだが、胸も服の上から目視できる程度にはあり、薄い化粧で綺麗というより可愛らしい清楚系の女の子だから男子からは人気が出そうなはずだ。


(さては、またからかっているのかな? )


「それは意外ですね。結原さん誰から見ても可愛いだろうし、学校や会社で告白とかされてないんですか? 」


 感想を素直に口にして様子を伺ってみるが、意外にも嬉しいのか照れているのか頬が紅潮してるのが見てとれて、企みの影はなく、パンケーキをモゴモゴしている。


「そ、そうかな。一応告白は何度かされたこともあるけどこれまで真にビビッとくる人がいなかったんだー。しかも中学の時は断るの可哀想だったから付き合ったけど、やっぱり嫌ですぐに別れて余計に迷惑かけちゃったから 」


 特段恋愛にトラウマを抱えている訳でなく、情で特別な好意を寄せていない人とは付き合わない教訓だけを抱えて、高校生から大学生、社会人になったらしい。


 (‥‥すぐに‥‥三咲と別れていたら、キスをすることも、デートを重ねることも、いっそ手を繋ぐこともなく、別れていたら僕の世界は今どうなっていたのだろうか? )


 今までに何度か脳裏を過ったことがある考える価値のないどうでもいい愚問が彼女の言葉をきっかけに今日また姿を現したが、またすぐに消えていく。


 そんなことは気に止めることもなく、今ここで明らかなのは、彼女の加虐的とでも嗜虐的とでもいう性格、つまりSっ気だ。


 「そうだったんですね。でも、だとしたらさっきみたいなイタズラするってSっ気がすごいですよ 」


 実際の所からかわれるのは今に始まった話ではない。元々いじられ体質とでもいうのだろうか、僕はよく三咲や他の友達にもいじられることが多かった。


 三咲が学校で、ただ単に前日のバイキングで大好物だったプリンを食べすぎてお腹を痛がっていた時なんて、「お前なに妊娠させてんだよ」とか「夜の営みが激しい夫婦だね」とか滅茶苦茶な理論でからかわらたし。


 三咲も三咲で、「もうゆうちゃんってば、責任とってよね! 」なんて風に周りに同調してしまうものだから、余計に周囲が嬉々として煽ってきていた。


 おそらく、今の僕にもそのようなオーラは健在なのだろう。


 それを感知した彼女が、昨日に続きこの場で余すとこなく利用しているのだろう。


 こうして理解させられるのは相手のSっ気と同時に、改めて実感する自分のマゾヒスティックさ。


 「ええー、私そんなにSじゃありませんよ。むしろ優真くんがMっ気が強いんだと思います! それよりもー‥‥」


 彼女のアシストも見事だ。 


 「うん? 」


 不穏な語尾の伸ばし方があったかと思えば、彼女がニンマリと下から覗きこむようにしながら、こちらに再接近してくる。


「私の昔の話もしたんだから、もちろん優真くんも元彼女の三咲さんとのことについて話してくれますよね? ね? 」


 一度は忘れ去られた話題であったが、しっかりと蒸し返されてしまった。


 しかも今回は、結原美実の昔の話を偶然の流れの中で聞いてしまった手前、余計に立場が悪い。


(はぁ、‥‥まぁ別に話すだけなら話してもいいかな )


 立場が悪いからと折れてしまったのか、この状況に疲れてしまっていたのか、観念したように僕は小桜三咲との幸せな悪夢について話始めた。


「僕はこれまでに一人だけ本当に好きだった人がいたんです。その子の名前は小桜三咲。三咲は同級生で、中学生の時に僕から告白しました。クラスからも人気があったから正直受け入れて貰えるとは思ってなかったですけど、奇跡に付き合うことが出来たんです。―――――――。」


 それから僕は、三咲の性格や彼女との笑い話、大学進学の際に起こった悲劇を含めて一度話したら止まらなくなり、溜まっていたもの全てをすぐ近くの真横にいる女の子に吐き出していた。


 もう6年も前のことなのに、未だに夢に出てくることもあれば、今こうして具体的に詳細な出来事を思い出すことができる。


 どのくらいの時間話していたのかわからないが、2つわかることは我ながら自分が気持ち悪いことと心にどこかゆとりが生まれたこと。


 「あ、すいません。話しすぎま‥ 」


 気色の悪い話を終わらせなければと謝罪を入れて、切り上げようとした所で終了を遮るように彼女が口を挟んでくる。


「本当に好きだったんだね。少し羨ましいなぁ‥‥。それで寝言であんなに喜怒哀楽が激しかったんだ。それで、今の優真くんはそのことが忘れられなくて他人と一線を隔てるようになったんだよね? 1つ気になることがあ‥ 」


 ところが遮られて始まった話を遮るようにして聴こえてくる店員の声。


 いつの間にか二人の皿の中身は綺麗になくなっており、この店の都合上、より多くのお客に料理を食べて貰うために回転率を上げているらしく、食べ終わったお客には随時声をかけているらしい。


「出よっか 」


 仕方がないというような少しガッカリした表情をして僕に告げる。


 会計の時、楽しかったからと彼女が財布を取り出して自分の分を払おうとしていたが、そこは約束もあるので譲らずに僕がしっかりと全額支払った。


 お店の外に出ると太陽が真上近くに昇っており、今朝よりもより強く街を照らしている。


 人の量も更に増えており、ごった返した歩道の真ん前で立ち止まっている僕たち。


「今日は、ありがとね。すっごく楽しかった! それに美味しかった! 」


 視線を反らしているのに、陽に負けない笑みがわかる明るい声で感謝を述べてくる彼女は相変わらずだ。


(‥‥でも、もっと感謝してほしい。いや、謝ってほしい。今日笑ってしまったせいで、結原さんに三咲のことを暴露させられたせいで、今僕の心にまた笑いたいって気持ちが強大な不安の反面うっすら芽生えてしまった気がする )


 もう会うことはないだろう人に自分でも意味のわからない責任を押し付けようしている心の堕落した(あかり)を制御して、彼女の方へしっかりと目線を向ける。


 ――――― 目線を向けると、次はいつの間にか避けようのない距離に彼女の姿があって。


 ――――― 僕はいつの間にか、彼女の腕の中に包まれていた。


「私がね、今日優真くんを喫茶店に連れ出した理由は奢ってもらうためなんかじゃないよ。昨日優真くんの幸せそうに笑っていた寝顔に一目惚れしたから。あの顔をもう一度見たいと思ったから適当な口実をつけて連れ出したの。今日せっかく笑ってくれたのにまたそんな顔しちゃダメだよ 」


 甘い香りが全身を包み込む中、僕だけの日常、僕だけでいい世界に侵入者が割り込んでくる。


 侵入者は言いたいことだけ言ってパッと僕を解放して人込みに走っていく。


 声が届くギリギリの距離の所で足を止めて振り向いたと思えば再び勝手なことを言ってきた。


「私がその幸せな悪夢ってやつを幸せな思い出にしてあげる。次会う時はもっと笑わしちゃうから覚悟しといてね!」


 身勝手な侵入者の姿が見えなくなっても動けない僕がいた。

読んでいただきありがとうございます!


喫茶店の話を持って、第0章を終結させていただきます。


この章は端的に言えば、大まかな過去の話をベースに【結原美実】という存在との出逢いを描くためのものでした。


彼女との出逢いがこれから宮内優真の人生を大きく変えていきます!


感想・意見ありましたら、書いていただけると嬉しいです。

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