笑うかどには不幸来たる
2話目です!
前回までのあらすじ、連絡先を交換してフレンチ喫茶に往くことになってしまった優真。
しかし彼は目覚ましをかけることもなく寝落ちしてしまう‥‥。
ちょっとした補足話なんですが、彼らが住む町のベースとなっている都市は名古屋です\(^^)
寝落ちしてしまってから、夜が明けるまで僕が目覚めることは一切なかった。
幼少の頃からずっと寝るのは得意だと自負していて、睡眠を妨げるような障害がない限り満足のいく睡眠時間が取れるまできっちり休むことができたのだ。
この日は雲一つない晴天らしく、何十年も眺めてきても変わることない日の光が埃がかったカーテンの隙間を縫うようにして部屋に差し込んでくる。
僕からすると日光は自然の睡眠妨害装置いや、目覚まし時計だと思う。なぜなら雲が活動を邪魔しない限り、しっかりと睡眠を妨げるように僕を照らして悪戯をしてくるから。
(ん‥‥眩しっ‥‥朝か?‥‥ッ!?)
目が覚めた瞬間に昨日の約束が陽に運ばれてくるようにフラッシュバックし始め、それと同時に慌ててスマートフォンで時間を確かめてみるとそこには、『4月19日 AM9時31分 日曜日』の文字があった。
今日の約束の場所は、フレンチ喫茶ベールに午前10時にだったはずだけれど、そこの喫茶店に行くまでには自転車を全力で漕ぎ尽くしても少なくとも20分弱は掛かるし、外に出る最低限の用意を速攻で終わらして行っても恐らく間に合うかどうかの瀬戸際を辿ることになる。
自動車の免許は大学生の時に合宿で親に無理矢理取得させられたものの、自動車なんて持っているはずがない上に、親の車は保険に入らない限り使わせて貰えない。
それらを踏まえてコンマ数秒の間にちっぽけな脳ミソで導き出された答えは。
「最悪店内で一番高いパンケーキの他に、店内で一番美味しいコーヒーを奢るか‥‥ 」
ため息をつくように思わず口から言葉が溢れてしまう。
とはいえ着替え、歯磨きや寝癖直しなど今必要なものだけを普段の倍速でこなしていき、10分程で家を出て自転車に飛び乗る。
太ももとふくらはぎから聴こえる悲鳴を無視して立ち漕ぎ続けているが、今の僕がここまで急ぐのはもちろん相手が女の子だから云々などではなく昨日に続いて今日もやがて襲ってくるであろう精神的な疲労を増やさないためだ。
結局フレンチ喫茶ベールに到着したのは約束の1分前で、とっくに待っていた彼女はやっと来たのかと目と口で訴えてくる。
「時間は守ってくれたけど、ちょっと遅いですよ。 このお店人気なんですから早くいきましょ! 」
日曜日の午前中ということもあって、人が群がる市街地の真ん中で、まだ少し無邪気さが残るような高い声に僕は謝意を示すことしか出来ないまま外装からして自分に不適合なお洒落な店の中に入っていた。
店内は洋風の女子に好まれそうな内装に包まれていて、店員の人達は皆執事のような清楚な服装で店内を開店から埋め尽くすOL風の方々やカップルの人たちの接客をしている。
(仕方ないとはいえ、こんな店に来たくないんだけどな )
隣にいる付き人はとてもワクワクした様子で店内を舐め回すように見ているが、この店に罪はないけれど僕の環境には必要ないと思ってしまう。
こんな店、友達や彼女と来たら楽しいに決まっており、その幸せが不幸を呼ぶからだ。
真逆の心境で入り口近くで周りを見渡してる内に店員の一人が僕らの目の前にやって来た。
「お待たせしましたお客様。2名様でよろしいですね。現在お席が横並びのカップルシートしか空いていないのですがそちらでよろしかったでしょうか? 」
「はい、そこで大丈夫です! 」
「では、ご案内いたします 」
外部から耳を疑うような言葉が僕のテリトリーを攻めてきたかと思ったら、内部からも反乱を起こすが如くその言葉に加勢の声を上げてくる。
質問、解答、案内までの流れが速すぎて間に割り込む隙間がなく、何も言い出すことができないまま、案内されるがままに席に辿り着いてしまった。
2,3人用程度の1つの水色のソファーの手前に赤白黒の菱形が綺麗なアーガイル柄のテーブルクロスが掛けられたテーブルがある空間。
(なぜ、結原さんはあっさりOKサインを? )
店員さんを今更引き止めて席を変えてもらうなんて図々しいことは出来ないのでとりあえず席に着くが、ある程度間隔のあるソファーもあと両拳分ほど席を詰めたら肩が触れ合ってしまうくらいには近い。
幅を気にしながら彼女の方に視線を向けてみると、ウキウキしているような雰囲気でテーブルに1つしかないメニュー表を手に取り眺めている。
横から見えるメニュー表には、喫茶店にしては0が1つ多い気がする金額と、いかにも若者向けの写真映えしそうな料理がズラッと並んでいるのがわかった。
「ねぇ私、当店自慢のプレミアムパンケーキってやつとコーヒーにしようと思ってるんだけど優真くんはどれにする? 」
不意打ち際にメニューを此方に向けるようにして身体を寄せて、時々柔らかく丸い肩接し合う程度の近距離で話し掛けてくる彼女に意表を突かれて目線を慌てて元に戻す。
「えっと、じゃあ僕は‥‥ 」
相変わらず互いの肩の近さを気にしながら、甘いものは嫌いではないがたくさんはくどくて食べられない体質なので、甘味が程ほどにあってうっすら漂う抹茶独特の苦味が堪能できると書いてある抹茶パンケーキとコーヒーを選んだ。
押しボタンで店員を呼び出し料理を注文してから届くまでの間は、勝手に始まった彼女の自己紹介タイム。
「改めまして私の名前は結原美実って言います。今年地元の大学を卒業して事務関係の仕事の都合でここに引っ越して来ました。まだまだ土地勘とか全くないのでこれから色々教えてくれると嬉しいです 」
右隣で自分に身体を向けて自己紹介する彼女を改めて冷静に見返してみると、昨日は下ろされたいた髪が、今日はポニーテールで少しだけ巻いて整えてあるのに気づいた。
服装も昨日は部屋着ぽかったので特に印象を受けなかったが、今日は胸元が膨らんだ白色のT-シャツに青い綺麗な石のネックレス、青色のショートパンツとシンプルに着飾っているみたいに見える。
まだ4月だというのに、このような軽装をしているのは彼女だけではない。地球温暖化のせいか、既に夏に近いような暑さがこの頃続いていた。
問題はそこではなく、僕が腑に落ちないのは、その振る舞いがまるで今日を楽しみにしていたと思わされることだ。
しかしこの時の僕はまだ、奢って貰えることが余程嬉しかったのだろうとしか考えられなかった。
「僕の名前は宮内優真です。色々とあってご存知の通り近所の米屋さんでアルバイトをしています 」
心残りはともかく、ざっくりとした内容で相手に自分のことをこれ以上教えず自分も自己紹介を返す。
彼女はその素っ気なさに不満げであったが、特に中に入り込もうと質問をすることもなく、多少強引に誘ったせいで僕が今日アルバイトの予定を断って来たのではと心配してくれていた。
実際のところは、アルバイトをしていた方が気が楽であるがそのようなことを言うわけにはいかないので、今日はアルバイトは休みだったことだけを伝えておく。
アルバイトから話が発展して、彼女のお米に関する疑問に答えたりしてる内に全ての料理が出揃い、満面の笑みでいただきますと言って小さい口に料理を運んでいく彼女。
彼女に吊られるように僕も目の前にある美味しそうなパンケーキをコーヒーと共に流し込んでいった。
普段部屋に籠ってコンビニ弁当ばかり食べていた僕にとって、このパンケーキは想像を軽く超越する絶品に感じられたのは言うまでもない。
一口頬張ってからは食べるのに夢中になっていて、忘れかけていた隣人の目線をふと感じて隣を見ると、彼女が唇のすぐ右の頬にホイップクリームを付けて僕を見ている。
忘れかけていたことを忘れ、あえて見られていることはスルーしてホイップがついていることを指摘しようと謀ると奇遇にも彼女と言葉が重なった。
「結原さん、頬にクリーム付いてますよ 」
「優真くん、ほっぺにホイップクリームついてるよ 」
そう。重なる言葉は奇遇どころか意味合いも重なっていて、両者はすぐにテーブルに置いてあるウェットティッシュを使って口周りを拭こうとした。そのためお互いの行動は鏡越しに映った像のようにピタリと合致する。
頬を赤らめる彼女と恥ずかしさで下を向く僕、そしてその光景を偶然目にしたのであろう店員さんの笑いを堪えて鼻から息が漏れる音。
それは余りにも間抜けな光景で、思わず彼女がプフッと吹いてしまうと、僕もフフッと笑ってしまった。
この笑みが生まれた瞬間から、何か違和感を覚える心のつっかえを身に感じ、その答は彼女の口から明かされて―――― 。
「やっと笑ってくれたね 」
変哲もないただその一言を彼女に言われた時から僕の心境が急変した。自分が人間関係という社会から完全閉鎖的になっていることは理解していても、笑わない人間になっているという認識は無かったということに偶発的に気付かされたのだ。
(もしかして僕はあの日から、笑うことすらできなくなっていたのか? )
新しい認識を昨日あったばかりの、素性もろくに知らないような彼女が指摘してくる現状に出す言葉が浮かばない。
「その様子だと優真くん、起きている時は昨日から1回も笑ってないことに気付いてなかったみたいだね。ならもう1つの良いこと教えてあげるね。昨日の寝言の時にはニヤニヤと笑ってたんだよ。私が起こしてからは、嘘みたいに顔が真顔になったけどね 」
結原美実は最後の方は口を尖らせながら喋っていたが昨日と変わらない瞳をして、でもどこか勝ち誇った満足げな瞳をしながら、僕に驚愕を畳み掛けてくる。
瞳から察するに彼女は魔術師ではないので自分の全てを悟ったわけではないのだろう、ただ単純に昨日から笑わなかった僕を笑わせることが出来て嬉しいだけなはずだ。
けれども、彼女が想定し得た優越感故の僕へのダメージと実際に僕が受けた久しい感情故の小さな幸せは似る影もないほどに異なっていた。
(僕は今、幸せを感じてしまったのか?‥‥だとしたら怖い )
(不幸なんてもう懲り懲りだから今があるのに、もしかしたらこのままこの人と一緒にいると昔の自分に戻ってしまうかもしれない )
昔に戻れるではなくて昔に戻ってしまう。
昨日に引き続き彼女に圧倒されっぱなしで負の感情に襲われる僕に対して彼女が不思議そうな顔をしながらも優しい笑みの表情を崩さずに尋ねてくる。
「優真くん、よかったら昔何があったのか私に教えて欲しいな。 私は普通に笑ってくれて嬉しかっただけだけど、何かそれ以上に深刻そうな顔してるから気になっちゃった 」
読んでいただきありがとうございます!!
優真の弱い心から溢れてくる唐突な負の感情が、「笑み」をきっかけにフレンチ喫茶内でも暴走してしまいましたね。
次回は引き続きフレンチ喫茶回です(^q^)
ポイントは、結原美実の心境です!
感想・質問ありましたら、書いていただけると嬉しいです。