第2章プロローグ 一目惚れの代償って何だろう
お久しぶりです。
朝目覚めれば、目覚めの悪い朝ではない?
飲み潰れたおっさんが、淡く朧な夢を垣間見ただけではないのかと、現実を夢の妄想と捉えたくならんばかりの気持ちを抱かざる得ない。
「お酒は殆ど嗜んでいないんだけどなぁ‥‥ 」
気持ちの悪い懺悔をして、甘ったるいお菓子を口に含んで ――― そこまでは覚えている。結原‥‥美実さんは僕の彼女に。
例えばその後軽くお酒を佇んで、ライトの溢れる桜を観ながら彼女が僕の手に軽く触れたり。
これは記憶の一部なのか妄想の一部なのか ――― 心ではわかっていてもまだ信じていないのかもしれない。
ピカピカと緑色の点灯を靡かせるスマートフォンをよそ目に、我に返らせんとする声はその金属の物体から目覚まし時計を凌駕するほどに鳴り響いた。
「優真くん起きたーーー? もうとっくに朝だよ! 」
目の前の天井は確かに僕が見慣れた世界の天井で、下に伝わる使い古されたベッドと枕の感触も身に馴染んだ安らぐ感触だ。
ならば―――。
「ゆーーうーーまーーくーーん? 」
このお告げはきっと妄想を現実足らしめる何か?
お酒は大学時代に嗜んだことがあるというはずの彼女はジュースよりの酎ハイ2缶で頭が痛い、気持ち悪いと言い始めて、その冗談を抜きにした青ざめた顔に投げ掛けるタクシーを誘う僕。
乗り込む彼女はとっさに目を閉じて身体を無防備に僕の肩に預けて、いつしか寝息を立て始めた。
もちろんあなたの家なんて知らないから、僕は自分の部屋に ―――。
「って‥‥ゆ、美実さん、押し入れから出しただけの申し訳ない布団の寝心地はどうでした‥‥どうだった? 」
何故彼女をベッドで寝かせなかったのか。僕もお酒に酔っていたのか。
そう言えば、布団を親に引っ張り出してもらって。
「うん! 全部覚えてるけどとっても寝心地よかったよ〜、お陰で体調もこの通り! 」
体を左右にピンと張って見せる。
「それは、よかったで‥‥よかった 」
照れ恥ずかしい?
当たり前だ。今こうして朝起きたら目の前に女子がいるんだ。
僕の世界を無惨に破壊した女の子がこうして笑顔で朝を出迎えてくれてるんだ。
「えへへ、でも‥‥。成り立てホヤホヤの無防備な彼女を横にして手を出すこともなくスヤスヤと居眠りしているのはどうなのかなぁ? 」
「もしかして、わたしの身体じゃそんな気になれなかったとはいわないよね〜? 」
殻に閉じ籠ってた、現在なお閉じ籠ってる僕に何を期待しているのだろうか。
好きかもしれないのも本当だし、彼女といることは本当に嫌じゃなくて、少なくともこうなる前の僕であれば確実に ――― 欲していた。と思う。
「体調悪そうな女の子を襲うような男と、ゆいは‥‥美実さんは付き合っているんで‥‥いるの? 」
日頃あまり使わない口振りで彼女の牽制を上手くかわしたと自画自賛したいところではある。
ともかく、本当に頭を抱えることになるのは ――― これからだ。
「優真くん何か生意気だぞー。 まぁ、さておき、優真くんのお母さんにはしっかりお詫びしないと‥‥ 」
――― って、ほらきた。只でさえ質問攻めにされる未来が見えていると言うのにこの人まで再度母と会わせてしまったら‥‥想像したくもない。
「別にい‥ 」
「別によくないからね! 」
声を重ねて覆い被せてきた。
「夜遅くに押し掛けたかと思えば、不躾にも布団まで出させたんだよ。謝罪するのが当たり前でしょ 」
ごもっともだけど、そうではないんです‥‥ 。
言い始めたからには恐らく美実さんは引かないだろうし、道理に適ってるのも彼女の方だから、返す言葉がない。
ため息を吐きそうになれば全く要らぬ心配だった ――― いつぶりかわからない部屋をノックする音と、昨日聞いたはずなのに久々に聞いた気がする母親の声。
「‥‥優真、入るわね 」
家族らしからぬ躊躇いがトーンから漏れだしていて、理由は僕がこんなだから考えるまでもないけど、きっと美実さんからすれば違和感の塊だろう。
仲を象徴してるのか待てども、待てども入って来ない。つまるところ僕の答えを待っているに違いない。
「わかった 」
たった一言、素っ気ない返事をするとドアが静かに開いた。
「は? 」
――― 思わず感想が口に出てしまう。なんなんだその格好は。普段はしていないと思う見栄えよい洒落た婦人服を着て、化粧もバッチリ決めて、何より声のトーンと相反して顔からは朝の陽光にも負けん清々しさが漂っている。
いや、まぁ有り得ないことではない‥‥か。
遠い昔に初めて三咲を家に呼んだ時の張り切りっぷりがフラッシュバックしてくる。
僕よりもはしゃいでいた母親だった、今も根本は変わってないってこと。
「初めまして、えーっと結原‥さんだっけ? 優真の母です。体調はもう大丈夫そう? 」
心底隠しきれない興味本位丸出しの優しさを振り撒き、トコトコと彼女へ歩み寄る。
美実さんも、美実さんで、母親を目視確認すると同時に立ち上がりモジモジ手を擦っていた。
「あ、はい大丈夫です。昨夜は突然伺ってご迷惑をかけてすいませんでした 」
頭を下げる彼女は申し訳なさそうでもあるが‥‥ 恥ずかしそう?
言わずもがな、母親ははなっから昨日の無礼を攻めにきたわけではないのは見え見えだ ――― 僕にとってはよい意味でも悪い意味でも。
「そんな謝らなくてもいいわよ、頭を上げて。 私としてはむしろ、この引きこもりバカ息子とあなたみたいな可愛い子が一緒にいたことが意外すぎて‥‥ 」
ストレートな悪口兼説教を含めた母の言動に、嫌気の差すどころか懐かしさを抱いてしまうのが僕のこれまでしてきたことなのだろう。
なんて感傷に浸るなんて柄ではないし、この感情は僕自身抱えることになった味方の爆弾を誤魔化すための材料でしかないのかも知れないけど。
その爆弾は、母親が火薬となって火花を散らす花びらのようなもの‥‥だ‥‥よね ―――
「お言葉に甘えて、でも本当に有難うございました。私がお米屋さんで寝言を呟く優真君と出逢って私からアプローチさせて貰って‥ 」
ほら来た。もう動揺しないぞ。僕の世界を破壊して征服しようとしてる今現在ではの、愛しい人め。
「あ、あの彼女は 」
口を挟んで言いそびれてしまう程に彼女は僕に隙を与えてくれなかった。
「私が一目惚れして、昨日のお花見からお付き合いさせて貰ってます! 」
こちらにウインクして如何にも上手くやったでしょと、ドヤ顔で笑顔を振り撒く結原さん。
確かに嘘を言っていないかもしれないし、僕が告白したことも上手く隠れているかもしれないけど ――― それじゃあたぶん、僕の覚悟を誤魔化してしまってるよ。
「正確に謂うなら違います。ぼ、僕、僕から告白しました 」
勝手に口が動いて止めることができなかった。
「一目惚れされたのは僕で、そんな彼女に恐らく惚れてしまったのは僕で、昨日は僕から美実さんに思いの丈をぶつけました‥って、え 」
言葉半ばから顔を拝む余裕なんてなかったけれど、いつからだろう、母は泣いていた。
読んで頂きありがとうございます!
更新ペースは正直仕事の忙しさ次第になりそうです。。。
質疑応答がありましたらしていただけるとありがたいです。