技術と経済――昔、昔、あるところに――
遠い未来のある家で、宿題の自由研究で悩んでる弟のところにお姉ちゃんがやって来ました。
「あ、お姉ちゃん」
「進んでる? 資料を拡げてるけど何にするか決まったの?」
「エネルギー問題にしようかなーと。それで昔の資料を調べてるんだけど」
「あら、マジメなテーマなのね」
「昔は原子力発電所で電気を作ってたんだよね?」
「そうね。今の光式発電が発明されて普及するまでは原子力発電所が活躍してたのよ」
「でも、原子力発電って使用済み燃料とか処分できなかったんでしょ? それなのになんで使ってたの?」
「原子力発電所を作る時代には、使用済み燃料が増えて困る頃には未来の科学者がなんとかしてくれるって、そう考えてたのよ。あと、他の発電所よりもコストが安いってのが良かったみたいね。それで昔の日本はいっぱい作っちゃった」
「安物買いの銭失い?」
「古い言葉を知ってるわね」
「そのあと技術が衰退して、自分達で作ったものを修理できなくなったんだよね」
「老朽化した原子力発電所も壊れた発電所も、修理も処分もどうにもできなくて、その周囲から避難した時代があるわね」
「なんで自分達で直せないものを平気で使ってたの?」
「自分では作り方の解らないもの、直し方の解らないものを日常で使うのが当たり前の時代だったのよ」
「なんだか怖い時代」
「作った人は知識と技術があっても、その後、扱う人達の人件費を削ろうとすると、知識も技術も無い人達が現場で働くことになるの。昔はバケツにウラン溶液を入れて扱って事故が起きたりしたのよ」
「バケツって、それを人が手で運んだり?」
「そう、手でバケツから注いだり。そのあと棒を手に持ってグルグルかき混ぜたり。それで被爆したりしてたの」
「え……? それは事故になるよね?」
「でもその会社では、そのやり方がマニュアルになってたの。働いている人達はマニュアル通りに作業してただけ。マニュアルを作った人も、マニュアル通りに働く人も原子力の知識が無かったのよ。それでそれを違法作業だって、現場で働く人達は誰も知らなかったの」
「こわっ!」
「効率と利益を求めると、人の健康も人の命もどうでもいいっていう時代があったのよ」
「発電所って人の暮らしを便利にするためのものだったんじゃ……」
「原子力発電所が増えたのにも理由があるのよ」
「そうなの?」
「当時の日本は外国からウランを買っていたの。海外のウランを扱う企業にとっては日本はお得意様だったの」
「日本ではウランは採掘できないからね」
「ウランの売買は長期契約で決まってるから、日本ではウランを買って使うしか無かったの。それで地熱発電や光発電に切り替えるのは、他の国より遅くなったのよ」
「え? ちょっと待って。なんかおかしくない?」
「原子力から切り替えちゃうとウランを買う必要が無くなるから。そうなると日本にウランを売る企業が経営のピンチになっちゃうから」
「それって企業を倒産させないため?」
「というよりは、他所の国に金払いのいいとこ見せないと、当時の軍隊の無い日本はやっていけなかったの。ほら、あれよあれ、昔のヤクザのショバ代とおんなじ」
「その為に危ないことしてたんだ」
「まぁ、そのウランを扱う企業が1部の国会議員のスポンサーだったり、その企業の株主の中に〇〇の〇〇〇〇がいたりするから」
「なにそれー!」
「政治が経済で動かされていた時代だから、そういうのが当然だったみたい」
「……そんなことの為に光発電ができるのが、他所の国より遅れたの?」
「そうよ。だいたい温泉がよく出る火山地帯なのに地熱発電所がなかなか作れなかったのは、原子力発電の利権が絡んでいたから。ウランを購入することが決まってて、そのウランを消費するために原子力発電所を動かしてたの。だから、昔、福島の原発が爆発したあとには日本にウランを売る企業が破産しかけて、それで文句言われたりね。光発電もその有効性は日本はなかなか認めなかったし」
「お金の問題で技術が進まないの?」
「それは血液検査キットが解りやすいわね。従来の血液検査と同じ検査ができるものができたのだけど、日本の医学界はそれを認めなかったことがあるわ」
「その血液検査キットって?」
「シートに血液を1、2滴染み込ませるだけで血液検査ができるもの。それまでは血液検査の為に注射器2本分の採血が必要だったの。それで注射器の使用済みの針とか、医療廃棄物も多く出ていたの」
「新しい血液検査キットができて、採血する血の量も少なくなって医療廃棄物も少なくなったんだよね」
「だけどこれが日本に広まるまでは、かなりの時間が必要だったの」
「どうして?」
「だってそんな血液検査キットが広まったら、注射器を作ってるメーカーに、血液検査用の遠心分離機とか作ってる企業とか、大打撃ですもの。倒産しちゃうわ」
「またそれ?」
「それにこの検査キットは優秀でお医者さんがいらないもの。自宅で個人で使用して、血を含ませたシートを郵便で会社に送れば、後日、検査結果が出るの。血液検査の為に病院に行く必要が無くなっちゃうの。日本の医学界は病院の稼げる仕事のひとつを無くしたくなくて、この血液検査キットをずっと認めなかったわ」
「今はもう最新式が普及してるよね」
「血液検査キットを作ってた日本の会社は、日本では売れないけど海外では売れたからね。国外に輸出したの。そして、その性能の良さから海外で普及していったの」
「あれ? この検査キットは日本製だよね?」
「そこも海外でヒットした一因みたいね。そして、国外でこの検査キットが普及してからは、日本もしぶしぶ認めて医薬品のひとつになって、日本でも普通に買えるようになったの。ほら、当時の日本って外圧には弱いから」
「外圧……」
「優れた技術の成果がお金にならないからって理由で消される時代だったから。ガンや虫歯の治療方でも革新的な発明があったけれど、従来の既得権益を害するからって闇に葬られたりね」
「そういうことしてたから技術が退化して、原発の解体もできなくなったんだね」
「反面、お金になれば何をしてもいいっていうのが、当時の常識みたいね」
「仮想通貨とか? あれも世界中の武装組織とかマフィアが、マネーロンダリングに都合がいいってことで広まって、テロ組織の資金源になってたのに普及したんだよね」
「他にもあるわよ。さっきの使用済み核燃料、それを他の国にこっそり売っていたのよ。ミサイルの材料にするのに欲しがるところがいくつもあったから」
「えー? そんなことしてたの?」
「昔の日本はそうやって経済を保っていたの。使用済み核燃料をアルダイカとかSISIが買ってくれないと、どうにもならない時代だったのよ」
「へー」
「使用済み燃料をこっそりと売却することで、なんとか当時の国内のお年寄りに払う年金を稼いでいたの。アトミック=ロンダリングって言うのよ。当時は日本だけじゃなくて、世界中の使用済み核燃料がかなりの量、行方不明になってるの」
「行方不明って、それもかなりの量が?」
「何処だったか忘れたけれど、使用済み燃料を見つけちゃった村の人がいたわね」
「それはちゃんと回収されたの?」
「見つけた人はそれが最初なんだか解らなくて、『青くてキラキラして綺麗!』って持って帰っちゃったの」
「ちょっと……、」
「村の子ども達も『わー、キラキラして綺麗!』って、粘土みたいに手でこねて遊んだり、身体に塗ってふざけたりしてて」
「ちょっとー!!」
「結果、村人のほとんどが被爆しちゃってから、血を吐く人が現れて、やっとこれはなんだか怪しいな、と。暗闇で青く光る綺麗な塗料では無いな、と」
「そんなの、ホラーだよ……、知らないって怖い」
「知らないのが当たり前、という風潮だったみたいね。なにせ当時は自動車に携帯端末に個人用のコンピューターが普及してたけれど、使っている人が自分が使っている機械の構造も知らなくて、壊れても自分で直せないのが当然という時代だから」
「なにそれ? 設計が解ってるなら、ちょっとした部品なら3Dプリンターで作っちゃえば簡単に直せるのに」
「今は誰もがそうして自分が日常で扱うものなら、自分で作ったり修理したりできるけどね。当時は自分が扱う道具の原理も構造も知らないことを怖いって考える人達は、少なかったみたい」
「なんだか、信じられないんだけど。なんで中身が解らないものを信用して使えるのかが」
「これがなんだか解らないけれど、たぶん安全、と信じるのが当時に流行してた宗教『安全神話』なのよ。当時の人達はこの神話を信仰してたの。だから原子力発電所の中身が本当はどうなってるか知らなくても、当時の政治の中身がどうなってるか知らなくても、たぶん安全、たぶん安心、と信仰することで、祈ることで心の平穏を保っていたのね」
「なんか、すごいバカバカしいんだけど」
「過去の時代の人を愚かというのは簡単だけどね。その時代では今ほど教育の水準が高い訳でも無いから。それに生活に余裕が無いと学習する時間も意欲も無いものよ」
「それで理解できないものを神格化して、安全神話を信じていたの?」
「そこは昔から変わらない人の性なのかしらね」
「今はそんなことは無いよね」
「さて、どうかしら? 今の私達の生活も百年後の人から見たら、なんて言われるかしらね?」
「そういうものかなぁ」
「昔の人達も使用済み核燃料が界面干渉変成技術で金とプラチナにできるなんて知ってたら、ポイポイと棄てたり売ったりしなかったんじゃないかしら?」
「そうかもね。でもそのおかげで金の価値が暴落して経済の形が変わったお陰で、技術革新が進んだんだから、歴史って面白いよね。ありがとうお姉ちゃん、それで自由研究まとめてみる」