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この「本格ミステリ」が読みやすい!  作者: 庵字
「館もの」ではありません『絶叫城殺人事件』有栖川有栖 著
7/84

『絶叫城殺人事件』ネタバレありレビュー

絶叫城(ぜっきょうじょう)殺人事件』いかがだったでしょうか。

 表題作のみを先に読んだと言う方もいらっしゃるでしょうから、『絶叫城殺人事件』についてまず書きましょう。

 火村は、名探偵にとっての天敵ともいえる快楽連続殺人犯(シリアルキラー)ナイト・プローラーとの戦いに勝利しました。ですが、そこに待ち受けていたのは、「心の闇」とも名状しがたい「何か」でした。犯人が最後、アリスに対して答えた「犯行動機」これは作中でもアリスが語った通り、最高のジョーク。本格ミステリ史上最高のジョークのひとつでしょう。

 この犯人のような、サスペンスものでしか扱い得ないような犯罪者に、プロファイリングなどではなく、小さな手掛かりと論理的な推理という、クラシカルで王道な手段で迫っていく。名探偵火村の、そしてミステリ作家有栖川の真骨頂でした。

 ところで、2016年にドラマ化された作品をご覧になってから、今回小説も読んだという方は、ドラマでは有栖川作品の魅力の全ては伝えきれない、と思われたのではないでしょうか。有栖川作品、特に火村ものの魅力のひとつ、それは「一人称の語り手アリスが時々吐く毒」です。一人称の思考であるが故、誰にも聞かれないのをいいことにアリスがぼそりと漏らす、機知に富み、思わずにやりとさせられる毒。こればっかりは「完全三人称」のカメラ視点から物語を見るしかないドラマでは決して再現しえないものです。コメディ調の毒だけではなく、本作のラスト、上記の犯人に対するアリスの感情。アリスの視線を通してみる火村の目。これは小説ならでは、小説だけが可能な表現です。映像作品でこれらを無理矢理表現しようとしたら、モノローグという様式を取らなければならないでしょう。映像表現でモノローグに頼るというのは、あまりスマートなやりかたではなく。一気に作品が陳腐に映ってしまうでしょう。

 文章だけが伝えられることがある。これが、小説というメディアに触れる最大の喜びなのではないでしょうか。(ミステリ的に言えば、叙述トリックとかも)


 さて、表題作以外にも軽くではありますが触れていきましょう。


「黒鳥亭殺人事件」

 館と雪、大人の欲望と少女の純真。黒と白、モノトーンの対比が美しい作品です。天農(あまの)が火村に語る血なまぐさい事件の様相と、アリスが少女真樹(まき)に本を読んでやったり、ゲームに興じたりする場面が交互に描かれ、どこまでも「黒と白」の対比で物語は進みます。そして最後に訪れる残酷とも言える結末。有栖川のやさしく柔らかい筆致との、最後まで「対比」が際立つ傑作でした。(この事件、このあと、どう処理したんでしょうね……?)


「壺中庵殺人事件」

 一発トリックの密室ものです。出入り口が天井にある地下室の密室と、頭に壺を被せられて発見された自殺死体。ハウダニットとワイダニットが融合した、直球本格でした。


「月宮殿殺人事件」

 被害者が叫んだ言葉に違和感を持った火村が、その言葉の本当の意味を看破して謎を解きます。普通であれば当たり前に聞き流してしまうような言葉を捉えた、火村のファインプレーが光りました。


「雪華楼殺人事件」

 一面に降り積もった白い雪と、建築途中で放棄されたビルのコンクリート。ここでは白と灰色が淡いコントラストを醸しだします。「黒鳥亭」のモノトーン。「月宮殿」では夜の暗闇と燃えさかる炎。本作では白と灰色の肌寒さ。と、本作には「色」を強烈にイメージさせる作品が多く収録されています。(もちろん「絶叫城」は「どす黒い闇」もしくは、「空っぽの無色」です)


「紅雨荘殺人事件」

 これも私は好きです。犯人のアリバイものかと思えば一転、「どうして家具と絨毯を移動させたのか?」のワイダニットが浮かび上がってきて、最初にちらっとだけ登場した「俳優のサイン」が伏線として決定的な証拠となる。気持ちがいいですね。悔しいくらい気持ちがいい。家具と絨毯の移動理由が、極めて現代的、俗物的なことも好みです。オカルティックで劇場型な「いかにも」じゃない、現代に生きる、我々と同じ人間が犯した犯罪、という面が浮かび上がり、おかしな言い方ですが非常に共感が沸きます。


「~殺人事件」とタイトルを統一して、なおかつ全てに建築物の名前を冠し、さらに言えば、その呼び名が、亭、庵、殿、楼、荘、城、と全て違っている。とどめに、こういった建築物で最も使われるはずの「館」をあえて使用していない。ここまで拘って構成された短編集を他に知りません。それぞれが独立した作品ではありますが、これら六つの「館」は、切り離すことの出来ない、有栖川の手腕と目論見がばっちりと嵌った連作でもあると言えるでしょう。


 それでは、次回の本格ミステリ作品で、またお会いしましょう。

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