表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この「本格ミステリ」が読みやすい!  作者: 庵字
少年、自分だけの美少女に出会う『僕の光輝く世界』山本弘 著
66/84

『僕の光輝く世界』ネタバレありレビュー

(ぼく)光輝(ひかりかがや)世界(せかい)』いかがだったでしょうか。

 私は常日頃から、「文章(小説)は画像(漫画)や映像(映画・アニメ)の下位に位置する媒体ではない」と考えており、特に本格ミステリにおいては、「叙述トリック」という飛び道具の存在があるゆえ、一層その思いは強いのですが、本作など、まさに優れた叙述トリックに比肩する、文章ならでは、小説だけが表現しうる世界、物語を見事に構築していたのではないでしょうか。


 本作は主人公の一人称記述であり、一人称というものは全て「記述者の視点」から世界を見聞きすることを絶対の条件としています。逆に言えば、記述者が「見えない」部分は決して書けないし書いてはならないのです。

 そこへ来てこの『僕の光輝く世界』です。本作は全編、主人公である光輝の「視点」を通して、光輝が「見ている」情報だけで記述されています。これがどれほどの効果を上げたかは、読み終えた皆様がよくご存じであると思います。同時に、ほとんどの叙述トリックがそうであるように、本作も画像、映像メディア化することは不可能でしょう。これこそ、文章だけが作り上げることが可能なエンタテインメント。小説だけが持つ力です。


 さて、本作は全四話からなる連作短編集で、そのどれもが光輝の特別な視点を用いたものならではの、優れたミステリとして機能していましたが、その中から私はやはり、第四話「幽霊はわらべ歌をささやく」を大きくフィーチャーしたいと思います。この第四話は作中唯一殺人事件が起き、もっとも本格ミステリしている話であることに加え、内容自体も強烈なアンチミステリとして仕上がっています。当エッセイの趣向として、ここを掘り下げないわけにはいかないところです。



「根っからのミステリ作家である彼は、(中略)自分の手の内あるカードをすべて使わなくてはいけないと思い込んだのだ。(中略)まさにミステリ作家ならではの思考法――それが仇となった」


 犯人である鰍沢将(かじかざわしょう)が容疑を免れるために構築したトリックに対して、謎を暴いた高根沢光輝(たかねざわこうき)が評した言葉です。作中では、実際に行われた心理学実験も例に挙げられることで、非常に強い説得力で読む人(特にミステリを書く作家)に訴えかけてくるものがあります。

 作中で指摘されているのが、いわゆる本格ミステリにおける「トリックのためのトリック」や「あまりに仕掛けに懲りすぎたトリック」であることは明白です。

「トリックを仕掛ける意味はあるのか?」「もっと単純に殺したほうが早いし足も付かないのでは?」昔から(半ば揶揄的に)ミステリに対して言われていることです。昨今世に出されるミステリは、こういった疑問を解消しているものがほとんどですが、それでもやはり完全ではありません。あの論理の鬼、法月綸太郎(のりづきりんたろう)でさえも、さる自作を読んだ同じミステリ作家から「あの仕掛けには意味があったのか?」ということを指摘されたことがあるほどです(ただ、法月の場合は犯人のトリックではなく、犯人をおびき寄せようとした警察側の仕掛けに対してのものなので、若干ニュアンスは違ってくるとは思いますが)。やはり、どんなに気をつけていても、ミステリ作家というのは無自覚に「トリック」を使いたがってしまうものなのでしょう。


 私はこれを読んで、「チェーホフの銃」という作劇技法を思い起こしました。ご存じの方もいらっしゃるかもしれませんが、説明すると、「第一幕で壁に銃が掛けてあることを描写したのであれば、第二幕移行にその銃は必ず撃たれなければならない。銃が撃たれないのであれば、そもそも壁に銃を掛けるべきではない」ということです。要は「無意味な描写は避けよ」ということを戒めた、技法というか忠告のようなものなのですが、まさに鰍沢は光輝が指摘したとおり、作家らしく「壁に掛かっていた銃」を全て使うことこそが正義、という考えに取り憑かれてしまったのでしょう。


 作中で光輝が唱えた、「手持ちのカード」を使わない犯行隠蔽(死体を窓から投げ捨てる)はまことに読者(特にミステリマニア)の盲点を突いた冴えたやり方です。鰍沢がそれを選択(思いつきも)しなかった理由は光輝の説明で納得できますが、では、読者である我々はその方法に気づく可能性はあったでしょうか? 読み終えてみて、どうでしたか。恐らく、ほとんどの読者はそんな(あまりに単純かつ確実な)方法があるにも関わらず、やはり鰍沢同様、それには思い至らなかったはずです。その理由はとりもなおさず、我々が「作品世界の外から事件を読んでいる読者」だからです。

 作家が「壁に掛けられた銃を必ず撃つ」ことを使命づけられているのであれば、読者も当然、「銃が撃たれたからには、必ず理由があったはずだ」と、そればかりを考えます。銃が撃たれなくとも成立(しかもより高度に)しえた世界にまでは考えが廻らなくなってしまうのです。これらはすべて「ミステリの犯人は天才的な頭脳、あるいは閃きで、我々には想像もしえないトリックを仕掛けた(それ以上に優れた解はない)」という思い込みがなせる業です。

 さらに効いているのは、収録されている四話すべてに共通した構成である「時間軸を無視して冒頭にその事件の一番の謎を持ってくる」という手法です。ここで読者は「これが確実に起きた」とまず知らされ、「それを行うためにはどうすればいいか?」「このトリックを成立させるためのカードは何か?」に始めから意識を誘導させられてしまうのです。

 ミステリは当然のことながら、作品として筋を通すことが求められますが、ミステリ小説の中にいる住人(犯人)たちにとっては、そんなルールなど無視してよいはずです。トリックを使わずに尚、効果の高い方法があるのであれば、当然そっちを選択するはずです。犯行に筋が通っているかどうかなど拘る部分ではないでしょう。作中の文章を借りれば、

「ミステリってのは結局のところ、ファンタジーなんだよ」

「ミステリは筋が通るけど、現実は筋が通らない」

 ということに尽きます。

 この項の終わりとして、鰍沢が犯した事件が「実際のもの(小説内の世界として、です。当たり前ですが)」ではなく、「ミステリ作家が考えたもの」であった場合、どうなるかを考えてみます。

 この事件が「作家の想像の産物」であったなら、それを書く作家は「鰍沢のマンションの前は大通りで、夜でも多くの人が行き来しており、死体を放り投げる瞬間を目撃される可能性が極めて高かった(だから鰍沢は件の犯行に及んだ)」という「新しい銃」を壁に掛けることでしょう。



 似たようなアプローチを行ったミステリ(「トリックを弄するよりも、単純にさくっと殺してしまうのが一番」というアンチミステリがテーマの作品)は他にもありますが、私の知る限り、本作はそのどれよりもやり方がスマートです。それは恐らく、作者の山本弘がミステリ畑の人間ではないためでしょう。ミステリ作家がアンチミステリを書くというのは、言ってみれば自己否定に近いことをしているわけで、意識してか、あるいは無意識のうちに、自虐的な語り口や、アンチミステリに徹しきれない「ミステリ擁護」が出てきてしまいます。そういった「照れ」や「煩悶」のない山本だからこそ、ここまで潔いアンチミステリを書けたのではないかと思います。


 最後に、本作『僕の光輝く世界』全体のミステリとしての巧みな構造について触れておきます。

 作中で鰍沢が触れていた「ミステリは結局ファンタジー」であることの要素のひとつに、「主人公の周囲で不自然なほど多く事件が発生する」というものがあります。一見、本作の主人公である高根沢光輝も、自身の周囲で矢継ぎ早に不可解な事件が起きていて、この条件に当てはまるように思えてしまいますが、それは違います。光輝の周囲で起きている様々な事件は、ほとんどすべてが、光輝自身のアントン症候群によってもたらされたものだからです。普通の人にとってみれば自然に起こりえる出来事でも、アントン症候群という特殊な立場から「見て」みれば、一気に異様な事件へと様変わりしてしまうのです。しかも光輝は、この症状になりたてのため、通常の人間としての価値観、常識をまだ読者と同じ程度には備えているため、「目の前」で起きた現象について、読者と十分に同じレベルで驚くことに違和感もないわけです。唯一起きた殺人事件も、光輝がアントン症候群という特殊な立場だったからこそ犯人に「カードの一枚」として利用されて巻き込まれたわけです。光輝が何の特性も持たない普通の人間であったならば、この事件に関わることはなかったでしょう。


「世界を変えられないのであれば、自分が変わるしかない」とは、よく使われる啓蒙的な文句ですが、まさに本作は、それを地で体現しているミステリと言えるでしょう。「周囲に事件が起こらないのであれば、自分(主人公)が当たり前のことを事件として認識できるようにしてしまえばいい」

 つくづく、よく考えられた小説(ミステリ)だということが分かります。もっと多くの人に広く読まれてよい傑作でしょう。


 それでは、次回の本格ミステリ作品で、またお会いしましょう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ