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この「本格ミステリ」が読みやすい!  作者: 庵字
しくじり犯人 俺みたいになるな!『金田一少年の事件簿外伝 犯人たちの事件簿Ⅰ』船津紳平 著
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『金田一少年の事件簿外伝 犯人たちの事件簿Ⅰ』ネタバレありレビュー

金田一少年(きんだいちしょうねん)事件簿外伝(じけんぼがいでん) 犯人(はんにん)たちの事件簿(じけんぼ)Ⅰ』いかがだったでしょうか。収録作品を振り返って行きましょう。


「オペラ座館殺人事件」


「トリックって金がかかる……!!」

〈ローマは一日にして成らず〉これほど計画殺人に相応しいことわざはないでしょう。

 犯人の有森裕二(ありもりゆうじ)は、この「オペラ座館殺人事件」を成し遂げるために様々な布石を張りました。怪しさが凄い格好でホテルにチェックインし、部屋をズタズタにしたうえで、十万円したモーター付きゴムボートで密かに脱出。架空の宿泊客「歌月(かげつ)」を作り出すことに成功しました。全ては愛しい恋人の復讐のため。これまでに注いできた金銭的、時間的、肉体的犠牲を考えれば、「たまたまその場に居合わせた」探偵風情などに復讐を阻止されることなど、あってはならないことなのです。


「やることが……やることが多い……!」

 当然、事前の仕込みが万全だったからといって、計画がうまくいく保証はどこにもありません。むしろ「仕込み」などは、本来「表舞台(本編)」になど出て来ない前座。殺害ターゲットたちが舞台にやってきてからが本番です。考えに考え抜いたトリックを成功させるため、有森は分刻み、秒刻みのスケジュールをこなします。事件の舞台となった「オペラ座館」は通常はホテルとして営業しており、そこにはオーナーの黒沢和馬(くろさわかずま)をはじめ従業員たちが常駐しているため予行演習などは出来ません。全てはぶっつけ本番の一発勝負。「ああもう! ステージ上で日高織絵(ひだかおりえ)がちょこまか動いて、全然照明装置の真下に来ないよ!」といったアクシデントに見舞われることもなく、有森は見事(?)トリックを成就させ第一のターゲットを葬ることに成功しました。


「『SASUKE』出れるわ……ッ!」

 綿密に計画されていたはずの有森のトリックにも穴がありました。「内側から見えないように窓にワイヤーを巡らせる」言葉にするだけなら至極単純なこの行為も、いざ実際に行おうとしたら非常な困難が立ちはだかっていました。なにせ、密室殺人に見せかけるため、窓の外の地面に自分の足跡を付けることはご法度だからです。折しも外は雨。地面がぬかるんで足跡がはっきりと残るため、トリック成就後の「被害者の足跡だけが残った異様な密室殺人」という見立ての効果は十二分に得られましたが、トリックを仕込む作業的には最悪な環境でした。こればかりは完全に有森の手落ちでしょう。第一の殺人と違い、このトリックの練習はオペラ座館でなくとも可能だからです。練習の結果、「これは無理だな」と分かれば、もっと他の楽なトリックを考案できたはずです。次に控える「早着替え」の練習にばかり気持ちが行ってしまっていたのでしょうか。


「オー・マイ・ファントム……ッ!」

 さらに有森は、第一の殺人トリックで使った悲鳴入りのテープを回収する前に、それを緒方(おがた)教諭に発見され、彼女の口を封じるために予定外の殺人を犯すはめになってしまいました。しかも、それまで続けてきた「『オペラ座の怪人』の見立て」には全く当てはまらない撲殺という殺し方で。三人目の被害者は「水死」させる予定だったため、有森は緒方の撲殺体を浴槽に投げ込みますが、そんな苦し紛れの見立てが金田一一(きんだいちはじめ)に通用するはずがありません。いとも簡単に「これは予定外の殺人だった」と看破されてしまいました。

 有森は本来、どんな方法で第三のターゲットである早乙女涼子(さおとめりょうこ)を水死させるつもりだったのでしょうか。彼のことですから、また綿密に計画したトリックを用意していたはずです。有森が死んだ今となっては、それがどんなものであったのかを知ることは叶わない、幻のトリックとなってしまいました。


「死にました 自分で作った時計ボーガンでポックリと……ね」

 起死回生を賭けた有森は、急遽「時計ボーガン」というトリックを急造し、早乙女の殺害を目論みます。ですが残念なことに金田一に先んじられていました。策略によって当のターゲットである早乙女の席に座らされた有森は、腕時計を進められるというもうひとつの罠との合わせ技で、自分が殺人犯「ファントム」であると行動で証明してしまいました。このスピンオフでは割愛されていましたが、このあと有森は尚も抗弁して自らの疑いを晴らそうとしますが、金田一の推理を覆すことは出来ず、最後は観念し、自分の仕掛けたボーガンの矢を浴びて命を絶ちました。

 と、実に本格ミステリ(しかも「最後に犯人が自決する」というラストも「ジッチャン」である「金田一耕助(こうすけ)もの」のテイストを汲んでいます)らしいエンディングなのですが、実はこの有森の死は金田一一の行動によって防げていたはずなのです。それが語られているのは、1995年に発刊された『金田一少年の推理ミス』(世田谷トリック研究会 著)という単行本です。この本はそのタイトルのとおり、『金田一少年の事件簿』に対する様々な突っ込みで構成されている、ひところ流行った「謎本」の一種なのですが(ですので当然、講談社や少年マガジン編集部の公認本ではありません)、そこの記述にこういった意味のことが書かれています。「金田一一は、ボーガンの矢を取り除くだけでよかった」と。

 作中では金田一は有森の腕時計の針をこっそりと進めて、タイマーセットされたボーガン発射時刻を誤認させ、「このままでは早乙女の席に座った自分がボーガンに射貫かれてしまう」という心理状態に追い込み、自分で椅子から転げ落ちるという醜態を晒させることで犯人だと看破しました。ですが、そこまで有森の計略が事前に分かっていたのであれば、食堂のどこにボーガンが仕込まれているかを発見するのは容易なはずで、ボーガンの構造上、つがえた矢は簡単に取り除けるようになっているのです。そうしたら、どんなことが起きるでしょう。早乙女の席に座ることになった有森は、ボーガンの発射時間になる直前、やはり椅子から転げ落ちるでしょう。ですがその直後、矢は飛んできません。ボーガンが「空撃ち」された音が鳴り響くだけ。これだけで十分な自白効果があると『金田一少年の推理ミス』には書かれており、まさにそのとおりでしょう。有森の腕時計を進める手間もいりませんし、この手法を使えば何より最後、有森を死なせずに済んだのです。これはまさに、金田一一痛恨のミス、と言わざるをえません。



「学園七不思議殺人事件」


「あの鏡のトリック見ました? アレ 私あの短時間で考えたんですよ!? すごいでしょう!?」

 ファントムこと有森裕二は、入念な計画殺人を引っ提げて「オペラ座館殺人事件」に挑みましたが、今回の犯人、放課後の魔術師である的場勇一郎(まとばゆういちろう)は、全く正反対のタイプの犯人といえるでしょう。的場は、壁に塗り込めた白骨を見られてしまったことから桜樹(さくらぎ)るい()を殺害してしまいますが、それを糊塗するためのトリックを思いつきます。それが、鏡を使った密室からの犯人と死体の消失トリックでした。衝動的に犯してしまった殺人の容疑から逃れるため、咄嗟にトリックを思いついて実行する。トリック後付け型ともいえるこのタイプも、本格ミステリではおなじみのパターンです。

 ミステリ作家のエラリー・クイーンは、ダイイング・メッセージについて「死に際の朦朧とした意識であるはずの被害者が、かくも高度なメッセージを残すことが出来る」というミステリ特有の現象を解き明かすため、「人間の生涯の終わりには、精神能力が限りなく昂揚(こうよう)するためだ」という説を自作『Xの悲劇』の中で探偵のドルリー・レーンに言わせ、それを「比類なく神々しい瞬間」と名付けました。もしかしたら、突発的な殺人を犯してしまった犯人にも、「生涯の終わり」のような精神状態に追い詰められることによって精神能力が昂揚され、とてつもない(ミステリ作家が何箇月も苦しんで捻り出すような)トリックを一瞬で思いつく「比類なく神々しい瞬間」が訪れるのかもしれません。

 ところで、この鏡を使った密室消失トリックは、私が個人的に「金田一少年」の中でも特に好きなトリックです。プレビューでも書いたとおり、これもビジュアルがあってこそ最大限の効果を上げるタイプのトリックで、実に漫画作品らしい名トリックと言えるのではないでしょうか。

 この「学園七不思議殺人事件」は、原作的には4番目のエピソードなのですが、実写ドラマ、テレビアニメともに、この事件が第一話として選ばれました。学校を舞台にしていることから、メイン視聴者である中高生の共感を得られやすいために、堂々の第一話に抜擢されたのかもしれません。そのためもあってか、「金田一少年」というと、この「学園七不思議殺人事件」を真っ先に思い浮かべるという方も多いのではないかと思います。特に犯人である「放課後の魔術師」のインパクトは強烈で、呪術師が使う仮面にマントを羽織った見た目の恐ろしさも相まって、トラウマになったという方もいらしたのではないでしょうか(笑)。



「蠟人形城殺人事件」


「蠟人形を……作らないと……!!」

 この事件の犯人、レッドラムこと多岐川(たきがわ)かほるも、ファントム有森と同じく事前準備型でした。しかも、その準備の規模はファントムを遥かに凌駕します。作中の~多岐川アーリーデイズ~でも回想されているように、整形手術を受け、小説家になり、裏切り者たちが安心しきるのを待つ。ここまでで二十年です。さらに最後の仕上げとして十体もの蠟人形作り。まさに人生を捧げた計画殺人。絶対に失敗は許されないはずでしたが、やはり多岐川の計画は最後に瓦解してしまいます。

 多岐川のトリック最大の肝は、「ニセの犯人を仕立て上げて表面上事件を終わらせる」という、()りっぱなしではない、復讐を遂げたあと自分も無事逃げ切るという逃走手段を用意していたことです。そのため多岐川は殺害計画を「ミステリーナイト」というイベントにカモフラージュして、ある程度の推理能力のあるメンバーを揃えました。せっかくの「ニセの犯人を仕立て上げる」という計画も、それに乗ってきてくれる「探偵役」がいないとうまくいくはずがないからです。ところが今回の計画では、金田一一の推理力がずば抜けていたため、多岐川の目論見はあっさりと崩壊してしまいました。犯人役を振ったはずの明智警視にまで「ニセ犯人」の計画を見破られてしまう始末です。このような「探偵の推理力も自分の計画に利用する」というタイプの犯罪を成功させるのは、頭が良すぎず悪すぎず、適度な能力の探偵の参加が見込めなければ難しいでしょう。



「秘宝島殺人事件」


「どれだけ女になりきれるか……それにかかっている……!!」

 この事件だけは一話きりであっさりと終わらされていました。思うに、前三作品に比べて大掛かりな物理トリックがなく、比較的地味な作風だったからでしょう。本作最大のトリックは、この漫画でも唯一触れられていた「性別入れ替えトリック」ですが、プレビューにも書きましたが、これなどまさに、漫画媒体で最大限の効果を発揮できるトリックの代表例でしょう。この事件の犯人、招かれざる客こと佐伯航一郎(さえきこういちろう)ほど出ずっぱりな登場人物のことを、女性であるという虚偽の表記をせずに乗り切ることは、小説媒体であればかなりの困難を極めるでしょう(三人称の場合。やはり一人称最強です)。金田一が佐伯の正体を見破るきっかけとなった「トイレの中蓋が上がっていた」という手掛かりも、小説で表現するのは非常に難しいと思いますが、漫画であれば、絵の中にさらりと紛れ込ませておくことが可能です。こういった「絵ならではの手掛かり」は『おしりたんてい』のときにも書きましたが、ミステリ作家は、表現する媒体を最大限活かしたトリックをやはり考えるものなのかもしれません。



 さて、こうして四人の犯人たちの戦いを見てきました。彼ら、彼女らの最大の敗因は何だったのでしょうか。犯行現場にたまたま名探偵が居合わせた不運でしょうか。有森が言っていたように、金田一さえいなければ計画は完遂していたでしょうか。私はそうは思いません。もし金田一がいなくても、やはりオペラ座館には、また別の名探偵が「偶然居合わせていた」と思うのです。「不可能犯罪起きるところ名探偵あり」彼らにとっての最良の選択、それは「計画殺人など行わない」これに尽きたのです。

 計画的な殺人ではなかった的場にしても、十年前に過失から青山(あおやま)ちひろを死なせてしまったとき、正直に警察に通報してさえいれば、ここまで人殺しを重ね、秘密に怯える人生を送ることもなく、結果死なずに済んだはずです。

 もし、これを読んでいる読者の方の中に、積年の恨みを晴らすために壮大な計画殺人を企てているという方がいらしたならば、即刻計画を放棄することをお勧めします。私が好きな『夜叉鴉(やしゃがらす)』という漫画に、「恨みとは晴らすものではない。忘れるものだ」という名セリフがあります。

 あなたが計画犯罪を遂行しようとするとき、あなたの隣、もしくは後ろには、金田一が、名探偵が必ずいます。


 それでは、次回の本格ミステリ作品で、またお会いしましょう。

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