「では、ここで一編お読みください」『綾辻行人と有栖川有栖のミステリ・ジョッキー』
本エッセイのように、ミステリ小説の紹介、批評を掲載した本はたくさんあります。今回は番外編として、そういったものの中で、決定版的に面白い逸品をご紹介します。
『綾辻行人と有栖川有栖のミステリ・ジョッキー』
筆者は、タイトルにあるように、本邦ミステリ界の二大巨頭、綾辻行人と有栖川有栖のご両人。本格ミステリを知り尽くした(そして、それ以外のジャンルにも造詣が深い)二人が、ミステリについてネタバレ上等で語っているのです。こんな企画が面白くないわけがありません。
本作は、「メフィスト」誌に連載されていたものをまとめた、全三巻に渡る対談アンソロジーです。その内容はいかなるものなのかというと、本に実際にミステリ小説を一本まるごと掲載して、その前後で二人が当該作について語り合うという、「ミステリ・ジョッキー」のタイトルの通り、綾辻、有栖川の二人がDJよろしくミステリ作品を紹介していく、というものです。「ここで一曲」ならぬ、「ここで一編」というわけです。
本作が他のミステリ紹介アンソロジーと一線を画しているのは、この、実際に小説を全文掲載しているということです。読者は、まず二人の前口上を読んで、実作を読み、最後にその作品についてネタバレありでの二人の対談を読む。この形式は……。そうです。本エッセイは、この『ミステリ・ジョッキー』をヒントに生み出されたものなのです。
これは面白い、と私は思いました。今までのミステリを扱ったエッセイでは、たとえ「作品のネタバレが含まれています。ご注意下さい」と注意書きがされていて、読者がその作品を未読であったとしても、そこはもう、「ちょっとだけ」とページをめくってしまいかねません。それが人間というものです。それを防ぐためには、こうして実際に作品を丸ごと一緒に掲載するというのが究極的な解決方法でしょう。
とはいえ、紙幅に限りがある紙の本。どうしても掲載されるミステリは短編に限定されてしまいます。ですがそこは綾辻、有栖川の最強コンビのこと。ドイル、乱歩といった有名作から、新本では入手不可能なマイナー作品、はたまた、本格ミステリとは少し毛色を異にするものまで、実にバラエティにとんだ作品を集めてきており、さながら短編ミステリ博覧会の様相を呈しています。普通にミステリ読者生活をしていただけでは、まず目にする機会はなかったであろう珍品も収録されており、ミステリに対する見識の幅が広がること請け合いです。
掲載作品の中には、翻訳もの(しかもかなり古い年代のもの)も含まれており、実作のテキスト自体は「読みやすい」ものばかりではありませんが、そこをカバーするのが綾辻、有栖川です。豊富な知識と優れた批評眼で、当該作品をわかりやすく解説してくれます。
各巻の中から、「これは読みどころだ」と筆者が勝手に思う作品を挙げてみます。
まず第1巻は、泡坂妻夫の「ヨギ ガンジーの予言」国籍不明の謎の名探偵(?)ヨギ ガンジーが、インチキ霊能力者の予言トリックと、その裏に隠された犯罪を暴く。という内容です。マジシャンでもある作者、泡坂妻夫が、昔からあるマジックをミステリに応用しているのですが、ただ単にマジックのネタをそのままトリックとして使っているわけでは、もちろんありません。そこには、泡坂オリジナルの要素が加えられており、それが「手品のネタ」を「ミステリ小説のトリック」として見事に昇華させることに成功しています。これは何も手品のネタに限りません。既存のミステリで使われているトリックであっても、作者のオリジナル要素を加えて、使い方に工夫さえ施せば、十分、言い方は変かもしれませんが、「再利用」に耐えうる。「ヨギ ガンジーの予言」読後に交わされる、綾辻と有栖川の、この「トリック論」は非常にためになり、面白く拝読しました。本短編が収録された『ヨギ ガンジーの妖術』は現在絶版のため(二〇一七年九月現在)、そういった意味でも嬉しい収録といえます。
続く第2巻からは、連城三紀彦の「親愛なるエス君へ」をいち押しします。この回のテーマはずばり「叙述トリック」ということで、この作品も叙述トリックもののひとつではあるのですが、テーマが分かっていながら、それでも綾辻、有栖川の二人が紹介するだけあって、凄いです。叙述トリックがテーマのため、ここで内容について語ることはやめておきます。連城三紀彦は直木賞受賞歴もあり、一般では恋愛作家としての顔のほうが有名でしょう。本作で連城ミステリに興味をお持ちになったら、『戻り川心中』などもおすすめします。
ラストを飾る第3巻からは、これしかないでしょう。鮎川哲也の「薔薇荘殺人事件」です。「本格伝導の書」(綾辻)「ミステリ創作学校のテキスト」(有栖川)と両人が大絶賛する傑作。今から六十年も前に書かれたとは思えない、現代でも十分に通用する、犯人当てミステリの至高です。問題編を読み終えて、作者からの挑戦を受けて犯人(とそれに到達する論理)当てを試みるもよし。続きが気になる方は、そのまま解決編を読み進めても一向に構わないと私は思います。解答が提示され、全ての謎が解かれたあと、もう一度問題編を読み直したくなること間違いありませんから。
二人がこの作品を本アンソロジーの最後に持って来たというのは、まさに掉尾を飾るという意味合いも込められており、二人の本格ミステリに対する考え方、その理想が表されているのではないかと思います。




