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この「本格ミステリ」が読みやすい!  作者: 庵字
いきなりこれです『幽霊刑事』有栖川有栖 著
4/84

『幽霊刑事』ネタバレありレビュー

幽霊刑事(ゆうれいデカ)』いかがだったでしょうか。

 本を手にした方は、「文庫本で500ページ越え。結構な量だな」と思われたのではないでしょうか。ですが、お読みになって、どうでしたか。ページ数が全く気にならず、すいすいと読めて頭に入っていったのではないでしょうか。この伝わりやすく読みやすい文体が有栖川有栖(ありすがわありす)の特徴です。


 さて、本作を読み終えて、一番気になるのは何と言っても、「ラストに連続する空白ページ」だったのではないでしょうか。あれは何を意味しているのか。主人公神崎(かんざき)の最後の台詞「たとえ無になろうと」をそのまま表現した、「無となった神崎」なのでしょうか。


 本作は「幽霊が出てくる異色ミステリ」であることに間違いはないのですが、同時に私は、「幽霊なんて存在しない極めて現実的なミステリ」でもあると考えています。それはすなわち、「本作の、神崎が幽霊となって以降は全て、撃たれた神崎が今際の際に見た幻」であると解釈することも可能だからです。作中で幽霊となった神崎は数日間以上も過ごしていますが、「ほんの僅かな時間の死に際に、主観で数日にも渡る長さの幻を見ること」は可能でしょう。ひと晩の、たった数時間の睡眠中に、何日も、あるいは何年にも渡るストーリーの夢を見た、という経験をお持ちの方は多いのではないでしょうか。それと同じです。つまり最後の空白ページは、「幻を見る意識も失い、本当に神崎が死に至って消滅する」ということを表現したのかもしれないのです。

 この説は、ひとつの可能性として作中にも記されています。神崎自身が、「これは臨死状態に陥った自分が見ている夢なのではないか」と自問するシーンがあったことを憶えておいででしょうか。そして、この説を裏付けるもうひとつの要素、それは、「この物語が終始一貫、完全に神崎の一人称でのみ描かれている」ということです。場面によって他の人物の視点に立ったり、三人称を用いたところはひとつもありません。『幽霊刑事』に書かれていることは、全て神崎が見聞きしたことで一貫されています。


 物語のラストを思い出してみて下さい。最後、自分の死の真相と黒幕を暴いた神崎は、現世での使命をやり遂げたことで消滅する。普通だったら、このあと残された恋人の須磨子(すまこ)や、苦楽をともにした相棒早川(はやかわ)の、神崎に対する述懐や、彼らのその後を書いてもいいのではないでしょうか。いえ、普通なら書きます。こんなおいしい場面はないからです。有栖川の筆力を持ってすれば、最後の駄賃とばかりに、いくらでも読者の涙を搾り取って物語を締め括るくらい容易なはずです。でも、やらない。なぜか。それは、この作品が「オカルトなしの本格ミステリ」としても読めるように、という配慮だからです。「幽霊なんていないんだ。人は死んだらそれで終わり」

 かといっても、決して読者に冷や水を浴びせているわけではありません。だからこそ、「人は精一杯生きなければならない」という逆説的なメッセージとなっているのです。

 本作の最後には「あとがき」も「解説」もない。ということに、「無に帰す」というラストの徹底さが感じ取られます。


 もし、この物語が全て神崎が臨死に見た幻だったとしたならば、結局この作品世界では神崎殺し、及びその背後にある犯罪は見逃されてしまっていたのでしょうか。私はそうは思いません。本部から内偵に来ていた漆原(うるしばら)が、佐山(さやま)鞠村(まりむら)、そして神崎を射殺した経堂(きょうどう)らの不穏な動きに気付くのは時間の問題で、どれかひとつの犯罪が発覚したら、芋づる式に全ての悪事が露見していたことでしょう。有栖川に手抜かりはありません。この物語が「幽霊が自分を殺した犯人を捜査するファンタジー」でも、「射殺された刑事が今際の際に見た幻」であっても、犯罪は必ず暴かれ、犯人は逮捕されるはずです。


 本格ミステリとファンタジーが融合した傑作『幽霊刑事』みなさんは、いかが感想をお持ちになられたでしょうか。本作の玉に瑕を探すとなれば、それは、「タイトルがダサい」というくらいしかないのではないでしょうか。もっと他になかったのでしょうか。確かに内容を的確に言い表したタイトルなのですが、本作はタイトルで七割は損をしていると思うのは私だけでしょうか。


 それでは、次回の本格ミステリ作品で、またお会いしましょう。

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