『魔法使いは完全犯罪の夢を見るか?』プレビュー
特殊設定を盛り込んだ本格ミステリは、今やひとつのジャンルを築くまでになりました。というわけで、今回はこちら。
『魔法使いは完全犯罪の夢を見るか?』 東川篤哉 著
「魔法」と「本格ミステリ」一見水と油、ウナギと梅干し。相容れない仇敵同士に思える両者ですが、そんなことはありません。「魔法」があることを読者に前もって知らせ、使い方を限定してしまえば、携帯電話やパソコンなど、我々が日常使っている便利な道具と同じです。(数十年前のミステリファンに携帯電話を使ったトリックを読ませれば、「何じゃこりゃ!」と思うでしょうが、「こういう機械があるのですよ」と説明すれば納得してもらえるはずです)
本作は四編の短編を収録しています。「魔法使いとさかさまの部屋」「魔法使いと失くしたボタン」「魔法使いと二つの署名「」魔法使いと代打男のアリバイ」
中から、冒頭作である「魔法使いとさかさまの部屋」のあらすじをご紹介しましょう。
~あらすじ~
映画監督南源次郎は自宅庭にある離れで妻佐和子を花瓶で殴り撲殺する。凶器として使った花瓶を源次郎は、口側を下にした、さかさまの状態にして棚に戻して現場を去る。死体が発見され、通報を受けて現場に乗り込んだ警察は、異様な室内の光景を目にする。壁に掛けてある絵画、テーブル、電話機、大型ブラウン管テレビに至るまで、ほとんどの調度品が「さかさま」にされていたのだ。捜査に当たる若き刑事小山田聡介は、「マリィ」と名乗る南家の家政婦をしている少女と知り合い、彼女の「魔法」によって被害者の妻、源次郎が犯人であると知る。だが、源次郎を犯人とするには、決定的な問題があった。現場のテレビは犯行前までは通常の状態であったという証言が得られており、犯行時刻に源次郎が現場を行き来できた時間はせいぜい数十分。その僅かな時間で源次郎が大型ブラウン管テレビを「さかさま」にすることは不可能だ。彼は左腕に怪我をして、片手しか使えない状態だったのだ。
本作は特殊設定ものであると同時に、犯人が最初から判明している、『刑事コロンボ』や『古畑任三郎』なのでおなじみのいわゆる「倒叙もの」でもあります。どうして作者がこの形式を取ったのか。分かる方にはすぐに分かるでしょうが、詳しくはネタバレありレビューで書きましょう。
また、本作における「魔法」は、主に犯人の自白を引き出すためだけに使われます。犯行を見破るための証拠や証言は、全て現実的な手段によって導き出され、荒唐無稽な展開にはなりません。本格としての線引きは決して踏み越えない、ミステリ作家東川の矜持をご覧下さい。
『謎解きはディナーのあとで』や、名探偵鵜飼が活躍する「千葉の東、神奈川の西」にある『烏賊川市シリーズ』などでおなじみの東川は、本作を始め数々のシリーズを持っています。シリーズ数だけでいえば、ミステリ作家の中でも屈指なのではないでしょうか。いずれシリーズキャラクターを総登場させた『スーパー東川大戦』でも書くつもりなのでしょうか。
軽快な文体とコミカルな展開で人気の東川。「読みやすさ」に絞ってみれば、今までの中でも最高の部類かと思います。
それでは、お読みになられたら、また、「ネタバレありレビュー」でお会いしましょう。