表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この「本格ミステリ」が読みやすい!  作者: 庵字
ミステリ賞総ナメ!『容疑者Xの献身』東野圭吾 著
16/84

『容疑者Xの献身』ネタバレありレビュー

容疑者(ようぎしゃ)(エックス)献身(けんしん)』いかがだったでしょうか。

 初読の方はもちろん、映画を鑑賞済みの方も楽しんで読んでいただけたのではないかと思います。

 本作は、犯人が最初から判明している「倒叙(とうじょ)もの」です。通常の倒叙ものは、犯人の犯行が余すところなく読者に知らされて、「一見完璧と思われる犯行のどこに『隙』があったのか?」を探偵が指摘する展開が醍醐味ですが、東野は、犯人のある行動を読者に隠すことにより「アリバイ工作と見せかけて実は死体すり替え」をメイントリックとして存在させる、二重構造のミステリとして仕上げました。

 他にも、靖子(やすこ)の旧知である工藤(くどう)の登場と、それ以降の展開から、石神(いしがみ)が「殉教者」から、「憎むべきストーカー」化するのでは? というミスリードを盛り込んだりと、犯人による親子への献身一本だけでなく、東野は様々な手段を用いて読者を飽きさせることなくストーリーを最後まで引っ張りました。


 ミステリ的に私が好きなのは、「警察が捜査対象としている、『顔を潰されて指紋を焼かれた死体』に対しては、その死体を実際に殺したのが石神である以上、決して花岡(はなおか)親子に嫌疑が掛かりようがない」という「犯行のアリバイ」とでも言うべき仕掛けです。作中で石神が語っていたように、「見つかった死体が本当は富樫(とがし)ではなくホームレスのひとりだった」ということが判明する頃には、裁判も終わり「富樫慎次(しんじ)殺害事件は終了。警察には手が出せない」

「倒叙もの」的に言えば石神の計画に隙はなく、「自分が捕まること前提」の捨て身の犯罪は石神の完全勝利となるはずでした。

 しかし、石神は敗れます。湯川(ゆかわ)が自分の推理を花岡靖子に話したことにより、良心の呵責に耐えかねた靖子が犯行を自供してしまうところで物語は終了します。

 靖子が湯川の推理を聞いたうえで、何も行動を起こさずに黙ったままでいたら、石神の計画は成就したはずでした。が、靖子が石神の計画を知ってもなお自分たち親子が助かるために、黙って石神が逮捕されるのを見送るような冷酷な人間であったら、そもそも石神は花岡親子を助けようとはしなかったでしょう。

 湯川に計画を見破られた時点で石神は負けていた。その湯川が石神に疑惑を抱いたきっかけが、「湯川はいつまでも若々しいな」に始まった外見コンプレックス発言です。数学一辺倒だった石神が、柄にもなく自分の外見を気にしだしたことで、湯川は「おかしい」と思い疑惑を抱くに至ったのです。石神が犯罪に走ったきっかけが愛ならば、それが瓦解した瞬間もまた、愛ゆえに生じた男心の吐露でした。


 結局、「花岡親子を無実にする」という一番の目的は潰え、自身も実際に殺人を犯したことで逮捕され、石神の計画は最悪の結末を迎えます。石神のしたことは親子に対する「献身」などではなく、靖子が罪に嘖まれる時間をいたずらに引き延ばしただけでした。何の罪もない無辜のホームレスを身勝手な計画のために殺害した石神には、これは妥当な結末でしょう。石神が本当に花岡親子のことを想っていたのであれば、彼は犯行を発見した瞬間、自首を促すべきだったのです。

 

 本作は連載時には「容疑者X」というタイトルでした。単行本化の際に加えられた「献身」が何を意味するのか。作者の意図とは全然見当外れかもしれませんが、「勝手な深読み」をしてあれこれ語ることが出来るのも、ミステリ、いえ、小説を始め様々なメディアに触れる楽しみだと思います。


 それでは、次回の本格ミステリ作品で、またお会いしましょう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ