第4話
休憩後もカゲハ達は調査を再開した。
西部の街をぐるりと一周して色々な視点から観察し、カゲハはそれを次々ノートに書き込んでいく。
フウカはその後ろから子犬のようにテクテクついてきた。
西部到着直後に比べれば、普段通りの元気を取り戻したようだ。
そして今は後方から周囲の様子を観察しているようだ。
(普段の言動はあほっぽいがこういう時に真剣な顔になるのはこいつの美点だな)
カゲハは尻目に幼馴染の様子を確認し、頬を緩めると手元のノートにゆっくり視線を落とした。
ノートはいつの間にか文字にびっしり覆われていた。
調査に夢中になると余白も考えずに見たもの聞いたことを書き込むのはカゲハのよくない癖だ。
これで何度フウカからお叱りを頂戴したことか……。
フウカからは、やれ見難いだの、汚いだのと散々言われたが、一向に治る気配がない。
そもそも、直す気がない。
カゲハにしてみれば気にならず不自由はないので、彼本人は自身の癖を治そうとは思わないのだ。
そんな見難さに定評があるノートをカゲハはすらすらと読み返す。
(やっぱり特徴的なのは壊れ方だな。これまで見た場所のなかじゃ断トツに酷い有り様だ)
建物の倒壊の仕方も道の破壊の跡も尋常ではなく、見ているだけで恐怖を感じる。
現に、フウカはこの光景を目の当たりにして、気分が悪くなり、歯切れが悪くなっていた。
カゲハも表には出していないが、うっすら鳥肌が立った。
ならば、あの日この地で居合わせた人々が感じた恐怖は想像を絶するものであったはずだ、とカゲハは思った。
(西部の破壊が酷いことには理由があるのか? それともたまたま?)
カゲハはノートの文字に目を走らせながら考える。
(15年前の大崩壊についての資料でも西部には触れていた。そして、そのすべてが偶然と結論を出していた)
西部の街の惨状は資料の文字列でしか知らなかったが、今日自分の目で見て、学者の出した結論に対してカゲハは懐疑的になった。
時計塔のみが大崩壊の影響を逃れ、その原型を崩すことなく留まった。
そのような奇妙極まりない状況が発生しているにも関わらず、ある一点のみが別格の被害を被ったことには必ず何か理由があるはずだ。
崩壊の跡が異なり、その大きさも違う。これらから、ある1つの破壊方法だけではなかったことが分かる。
(偶然だとは言えないな。何らかに意図されたもの。もしくは《ロンドン》自体に秘密があるのか……)
とにかく今感じたことを逃すまいとノートに殴り書く。
(そもそも大崩壊って何なんだ? 自然現象なはずがない。しかし人間ができることでもないだろう。くそ、何なんだ⁉︎)
考えれば考えるほどにカゲハは疑念の渦に飲み込まれていく。
ギリッ、と無意識に奥歯を強く噛み締める。
(落ち着かないと……)
あまりにもたくさんのことを考え込んでいたため、額にうっすらと汗を浮かべていた。
すると、温かく優しい手のひらがカゲハの背に当てられた。
「ねぇ、カゲハ、大丈夫? 考えすぎるのは悪い癖だよ。落ち着いて。ほら、深呼吸して。スー、ハー……」
フウカに促され深呼吸すると不思議と冷静さを取り戻し、心に落ち着きを与えられた。
「ありがとうフウカ。もう大丈夫だ」
「それはよかった。ところで何をそんなに考えてたの?」
「この街の異様な光景の理由を考えてた」
「理由?」
こくり、と可愛らしく首をかしげるフウカ。
「そう理由。この街の被害は他の街と比べ物にならないのはわかるよな?」
「うん、今まで見たどの街よりも酷い光景だよ」
「俺はこの街の大崩壊の被害が偶然とは思えないんだ」
「それって、誰かがそうなるように仕組んだってこと?」
怪訝な面持ちでフウカが呟いた。
「突拍子のないあまりに馬鹿げた発想だとは俺も思ってる。だけど、実際に史実として大崩壊は起こった。時計塔のみを残して、そのほかを破壊し尽くしたこと自体奇怪極まりない出来事だろ」
フウカは真剣にカゲハの話を聞いていた。その表情には軽蔑の念など微塵もない。
フウカはカゲハの推論を聞きながら、同時に『その』可能性を考える。
確かに大崩壊は奇怪極まりない災害だった。
ないもかもが大きく揺れ動いたかと思うと、次の瞬間には辺りの建造物は壊れ始めたのだ。
揺れの発生直後、人々はその現象は巨大地震と考えた。
しかし、その予測は次の瞬間に、あっけなく裏切られることとなる。
地震ではありえない事態。
揺れていた。地面じゃない。
空間が揺れていたのだ。
空間が揺れる。そんな人知を軽々と越えた未曽有の事態は当然人の力で為せることではない。
自然災害というには自然的な要素が全く絡んでいない。
神の天罰と言われた方がまだ納得できる。