風の偶然 別荘にて
―――事件はいつも突然起こるものだ。
両親の別荘に真那と一緒に訪れた次の日の朝。
「・・・ええぇぇぇっ!?」
盛大な悲鳴が別荘中に響いた。
聞き間違いでなければ、悲鳴の主は真那だ。嫌な予感を振り払いながら真那の部屋へと急ぐ。
「真那っ!どうし、た・・・」
「せ、せんぱいっ!これどうしたらいいですかぁ!」
泣きそうな声を上げる真那がベッドの上で座り込んでいる。というか、実際に涙目だ。
いや、それよりも問題は真那の姿の方だ。
彼女と同じ黒色の猫耳が頭についている。あ、ちょっとヘタレてる。
いきなりの変身に固まっていたが、いつまでもこの状態ではいけない。
この時の俺は、真那のありえない姿に気が変になっていたんだろう。
ゆっくりと扉を閉めて、ご丁寧に鍵までかけた。
「あの・・・先輩?」
俺の突然の行動に真那が小首をかしげる。猫耳と相まって可愛らしい。
「その姿で外に出ると大変だから、今日は一日部屋にいようか」
おそらく今の俺は今までで一番輝いて見えるくらい清々しいほどの笑顔でいるだろう。
「これ、本物?」
「ちょ、くすぐったいです!」
近づいてベッドの端に座ってから頭に生えた耳を触ってみる。その感覚にぞわぞわしているのか、一緒に尻尾もピンとなった。くすぐったそうに身を捩ってはいるけど、逃げ出そうとはしない。
ここまで来て警戒心の欠片もない真那の様子に呆れてくる。
それが俺の悪戯心に火を付けた。
「尻尾が立ってるよ、真那」
「せ、先輩!それ、やめてくだ・・・ひゃぁっ!?」
尻尾を軽く握って先端の方までするりと撫でると、真那が声を上げる。
顔を真っ赤に染め上げてこちらを恨めしそうに見上げてくる。
「せ、先輩!もうやだ、やめて!」
「っ!?」
涙目で上目使いをしてくる真那に思わず息を呑んだ。
たぶん、真那は自分が今どういう状況か理解してないんだろうな。そうでなければここまで無防備じゃないはずだ。
「・・・ダメだ」
それだけ言って真那の身体を引き寄せる。
俺の行動についてこれていない真那はふぇ、と変な声を出してされるがままだ。
「ふぅんっ・・・んぅ・・・!?」
真那の口を塞げば、突然のことに驚いて軽く口を開けている。
無防備なのはこの際良しとしよう。
薄く開いたところに舌を滑らせて真那の口内へ侵入すると、くぐもった声が漏れている。
「・・・真那、俺がいないところでこんな無防備にしちゃダメだよ」
息継ぎが上手くできていないのか、浅い呼吸を繰り返している真那に注意するがたぶん本人は分かっていないだろう。
今でさえ、熱っぽい視線と吐息にこっちは襲わないよう必死に我慢してるっていうのに。
「ぁ、たくませんぱい・・・」
虚ろになった目が俺を捉えると、呂律の回っていない声で呼ぶ。
その姿にまた悶えそうになっていると、真那の腕が俺の首に巻きついてきた。
「真那・・・っ!?」
どうしたのか、と問いかけようとしたとき、真那の方からキスをしてきた。
ほんの触れるだけの拙いキスだが、俺の理性を切れさせるには十分すぎた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「・・・ごめん、やりすぎた」
恨めしそうにベッドから起き上がれなくなった真那に睨まれ、さすがに反省する。
ここまでするつもりはなかったが、予想外に真那の姿が可愛すぎた。色々としている途中から猫耳と尻尾はいつの間にか消えていた。
「真那、ごめん。何でもするから機嫌直してくれ」
「・・・・・・べたいです」
小さな声でもごもごと言われ、もう一回聞くと今度は顔を真っ赤にさせる。
「お腹すいたので・・・先輩のご飯が食べたいです」
最後の方は尻すぼみに小さくなっていったが、真那の小さな我儘に思わず口がほころぶ。
「じゃ、真那の好きなオムライス作ってくるよ」
「・・・お願いします」
善は急げと俺は台所に行ってオムライスを作る。もちろんバイト先で真那限定でやっている飾り付けもやった。
出来立てを持って部屋へ戻れば、傍に脱ぎ捨てられた寝間着を来た真那が待っていた。
よっぽどお腹が空いていたらしく、視線はオムライスに釘づけだ。
「はい、召し上がれ」
「いただきます!」
備え付けのベッドサイドテーブルに置くと、満面の笑みで頬張る。
「おいしい?」
「はい!すっごくおいしいです!」
これ以上ないくらい満面の笑みで感想を言われる。
それだけで十分な労働報酬になるんだから、俺も安上がりな人間だとつくづく思う。
その翌日。
俺がつけた跡に悲鳴を上げる真那に睨みつけられ、俺はそのご機嫌取りに奔走する羽目になる。
END.