肉体強化《ストレングス》
どこまでも続く草原はやがて終を迎え、俺たちはどこか寂れた田舎街に辿り着いた。
「これでどうにか宿がとれそうだな」
「はい。しかし残念ながら私は500ゼニーしか持っていませんので」
「大丈夫だ。ちょっと貸してみろ」
俺はルナの差し出した銀貨一枚の入った革袋を解析する。
解析は瞬く間に終わる。
微量の閃光と小さな稲妻が奔る。一枚の銀貨を複製する。
「これでどうだ?」
「なんてことでしょう。これなら何度でも美味しい夜ご飯にありつけそうです」
「いや、それはそれでいいが、宿に泊まるにはどれぐらいいるんだ」
「そうですね。このあたりはそんなに高くないので3000ゼニーくらいだと思います」
俺は溜息をつきながら、ゆっくりと銀貨の複製をはじめた。
ぽつりと銀貨が掌から革袋にこぼれおちる。
そしてまた一枚。
どうやら、俺の複製スキルは今のところ、一つの対象を一度に、一つだけ複製できるようだ。さらに対象の大きさに応じて、コイン一枚であれば5秒ほどで複製できる能力のようだ。
これだけあれば十分だろう。
俺たちは宿に立ち入った。
宿の店主は快く俺達を迎えてくれた。
部屋に案内された。
ルナは小声ではしゃぎながら言った。
「なんだか悪いことをしるような気がしますね」
俺は黙っていろという意味の咳払いをした。
部屋は寂れてはいるが、木製の家具や壁面はどこか温かさというか、ぬくもりが感じられ、どこか悪い気はしなかった。
金をかけずに異国に旅行をしているとでも思えば、儲けものか。いや、そんなことはない。俺は待ちわびていた、モンハンをする機会を失っているんだ。一刻も早く元の世界に帰らねばならない。そうしなければ、この一瞬一瞬ですら時間は経過し、戦陣をきっているプレイヤーに後れを取ってしまう。
俺は木のチェアーに腰掛けると両手を顎の前で組んで考えごとをする体勢になってみた。しかし一向に良い考えが思いつく様子はなく、手持無沙汰だったので俺はおもむろに銀貨を複製しはじめた。
ルナはそれを退屈そうに眺めると言った。
「ちょっと私はお風呂に入ってきます」
「ああ。わかった」
俺はこれ以上に無いほどのクール返事をしたと思う。
そう。まるで、君には何の興味もないよ、と言わんばかりの、パーフェクトな返事だったはずだ。
扉を一つ隔てた向こう側で、ただでさえ露出の多い、卑猥なドレスを脱ぐ、絹の擦れる音に耳をそばだてる。
今絶好のチャンスが訪れようとしている。
俺はせっかく手に入れた、この肉体強化という素晴らしい能力を存分に使い、ゆっくりと動き出した。
全身の筋肉を巧みに使い、物音一つすら立てずに対象に近づいていく。
扉を引く。
陽気な鼻歌が聞こえてくる。
湯けむりが溢れ出る。
なんとも言えない匂いが部屋に充満する。
これは、そうか。いうなれば花の匂いとでも言うのだろうか。
俺は肉体強化の能力を目に集中する。
湯けむりに阻まれた、向こう側に確かに存在する、ユートピア(?)に向けて全視力を集中する。
視界が対象にフォーカスする。自分でも肉体強化にこんな能力が備わっていたのかと驚きつつも、任務(?)に集中する。
だが、しかしどんなに視力が強化されても、湯けむりを透視することは叶わなかった。
まだ近づかなければならない。
危険を冒してこそ得られる物ある。
俺はゆっくりと脱衣場に足を踏み入れる。