刺客
古城の外は遠く広い、金色の草原が広がっていた。
もう日が暮れかけていた。
ルナは言った。
「もう日が暮れます。旅に出るのは明日にしたほうがよいのでは」
「ダメだ。俺は一日でも早く帰らなければならない。すぐに発つぞ」
日が落ちると辺りは闇に包まれた。
ここは住み慣れた都会ではない。ビル明かりはおろか、街灯一つない、真の闇だった。
あるのは二つの月と、満点の星空だけだった。
ルナは聞いた。
「アキラ様は、あちらの世界では何をされていたのですか」
「俺は(モンハンでは)剣士をやっていた」
「剣士をされていたのですか。さすが異世界の戦士様です」
「俺はどうもガンナーは苦手でな。戦っているってよりは、あれは作業に近いからな」
「私のような学に疎い者は戦いの哲学はあまりわかりませんが、何処かで剣を調達しなければなりませんね」
「いや、本物は使ったことないけどな」
「?」
「?」
どうも会話が噛み合ってない気がするが今は細かいことはいい。
「ルナ。俺のこの力について教えてくれ」
「アキラ様の力については無数の魔導書による能力の発動が確認されています。本来、使用可能な能力は、使用者の領域の数に左右されます。召喚されたばかりのアキラ様の領域は一つです。これはアキラ様の力が解放される度に増えていくはずです。
しかしアキラ様は召喚の際に無数の魔導書を触媒に召喚をされていますので、その力は未知数です。現在確認されているだけでも三つのスキルがスロットに関係なく使用可能です。
一つ目は「複製」。対象の複製を作る能力です。しかしこの力はスロットの制限に左右されます。スロットの上限を越えての対象は複製できません。
二つ目は「肉体強化」です。使用者の肉体を物理的に強化します。攻撃力の上昇と防御力の上昇が同時に生じます。ただしこれも、スロットによって発揮される力が制限されます。
三つ目は「自動回復」です。使用者の受けたダメージを修復します。ただし回復力を越えたダメージの修復はできません。
現在はこんなところです」
「どうすれば俺の領域は増える」
「戦うのです。戦ってアキラ様の魔導核を強化するのです」
戦うしかない、か。簡単に言ってくれるな。
「それともう一つ重要なことがあります。マスターである私の身に何かあればアキラ様もまた運命を共にすることとなります」
「それはつまり、ルナが死んだら俺も死ぬということか」
「その通りです」
「わかった。安心しろ。俺はまだ死ねないんでな」
「心強い御言葉、感謝いたします」
どれほど歩いただろうか。ルナは言葉にはしないが、疲労が表情に表れていた。俺は肉体強化の能力のおかげでまるで疲労を感じていなかった。
この辺りで休息をとろう。
俺達は草原に腰を降ろした。
「ルナ、何か食べ物はあるか」
「はい。ジャガイモが一つと、パンが一つ、今あるのはこれだけです」
「そうか。ちょっと貸してくれ」
俺はジャガイモとパンを受け取ると、おもむろにそれを眺めた。すると視界で魔導文字が表示される。解析が始まった。視界に「複製可能」の文字が表示される。
術式の起動に伴い微細な稲妻が生じる。
俺はパンとジャガイモを二つ複製し、その一つずつをルナに手渡した。
「どうだ。食べれそうか」
「はい。パンは……本物です。食べれます。ジャガイモは茹でてみないとわかりませんが」
ルナはそう言って笑った。
俺はポケットからライターを取り出すと枯れ木と木の葉を集めて火をつけイモを焼いた。
「これか?これはライターだ。向こうの世界の産物だよ」
「便利ですね。まるで魔法のようです」
俺はおもむろに携帯電話を取り出してみる。想像通り、というか当たり前なのだが、アンテナは立っていなかった。圏外と表示されている。俺は携帯電話の電源を切ると再びポケットに携帯電話をしまった。
俺とルナは腹いっぱいにパンとイモを食べた。ルナはこんな満足に食事をしたのは初めてですと言った。一体いままでどんな食事をしてきたんだ。
そのうちにルナは疲れて眠ってしまった。
月明かりに照らされた彼女の整った顔は、綺麗とか可愛いという言葉では表現できなかった。美しいといえばいいのだろうか。いつまでも見ていられる、そんな魅力があった。
俺の体は強化のせいなのか、まるで眠気を感じなかった。
俺は誰もいない草原に向けて言った。
「そろそろ出てこいよ」
「ほう。俺の気配がわかるのか」
「生憎、どうも体だけではなく、感覚も強化されているようでね」
草むらの中から、ぬっと人影が立ち上がる。ひどく猫背な男だった。その手には鉤爪のような武器が装備されていた。
男は言った。
「姫様を渡してもらおうか。大人しく引き渡せば、命まではとらないさ」
「どうかな」
猫背の男が動きだす瞬間を俺は見逃さなかった。
一瞬で互いに間合いを詰める。すれ違いざまに俺は男の鉤爪で斬りつけられた。
男はこの戦い方によほど自信があったようだった。勝ち誇ったように振り返った。そして俺と目を合わすと、膝から崩れ落ちた。
男もまた俺の複製した鉤爪による一撃を受けていた。男は痙攣し助けを求めた。複製で複製した武器は特性も複製されることがわかった。だいたいこの手の手合いは武器に毒を塗っているものだ。強化された俺の体は毒の周りが遅いようだった。
俺は男の懐から解毒薬をいただくと、それを飲んだ。残りを男に向けて投げてやると、男は慌ててそれを飲みほした。一命を取り留めた男は何かを悟ったように夜の闇の中へ消えていった。
俺はルナの隣に腰を下ろすと、朝が来るのを気長に待つことにした。