理不尽な召喚
朝、目が覚める。
憂鬱な朝だ。
また一日が始まってしまう。
世の中には、様々な不幸な境遇の人間がいる。
例えば、極貧な国に生まれ、今日を過ごす食事をままならないような生活を送る人とか。
例えば、内戦国家に生まれて、今日を生き残れるのかもわからない生活を送る人とか。
いろいろあるだろう。
でも、この国に生まれて、ごく普通に育って、生活するということもなかなかの難易度なんじゃないか、と思う。
やりたくない、何に必要なのかわからない勉強をさせられる。
付き合いたくもない人間関係を強制される。
まるでやりたくもない、仕事に就く。
今日も下げたくもない頭を下げる。
こんな日常にどれだけの意味があるのだろうか。
そんなことを考えながら、俺はマンションの屋上に来ていた。
いろいろ考えてもみたが、だからといって、別に自殺しようなんて思ってはいない。
こんなクソッたれな詰まらない世界でも、生き方次第でなんとでもなる。
俺はそう思っている。
だから俺は今、今日どうやって会社を休もうか考えているだけだ。
こうやって、紫の朝焼けの果てを眺めながら、地平線でゆっくりと昇る太陽と、今日はどの親戚に死んでもらおうか、考えている。
何故なら今日は、モンハンの発売日だからだ。
彼女は深い溜息をついた。
今置かれたこの極限状態で、できることは二つしかない。
1、全てを綺麗さっぱりあきらめ、自害。来世に希望を託す。
2、残されたわずかな全財産を使って、最後の無作為召喚に全ての希望を託す。その結果がダメなら、来世に希望を託す。
そう。結局のところ、もう来世に希望を託すほかない、というのが答えだ。
城を10万の敵に囲まれ、戦える兵は一人だってもういない。
城の周囲には有象無象の魔物が押し寄せていた。
どうあがいたところで、もう打つ手などなかった。
彼女はもう一度深い溜息をつくと、一枚のカードを召喚陣に置いた。市場で流れ流れて彼女の手に渡った、価値のないカードだった。
価値の有無はまだわからない。魔術士の予測召喚期待値はD。雑魚中の雑魚だったが、魔術士の予測が外れることだってある。
彼女は大した期待をこめることもなく、召喚陣に手を差し伸べると、陣を起動した。
もうこの際なので、城にある、魔導書をあるだけ触媒に使ってしまおう。
辺りを眩い閃光と稲妻が包んでいく。
俺は太陽を見つめながら、うとうとしていた。先週は父方の3番目の伯父さんに死んでもらったし、今日は母方をせめるべきだ、などと考えていたと思う。
瞼は重く、意識は虚ろだった。
だからその時、自分の身に起きている異変に気がつくことができなった。
辺りを眩い閃光と稲妻が包んでいく。
強烈な閃光と共に、周囲を蒸気が漂っていた。白煙が掃け、そこに現れたのは、屈強で、強靭な歴戦の勇士、とは遠くかけ離れた、どこか頼りなさそうな人間の男だった。
そして、俺の目に映ったのは、RPGゲームに出てきそうな、派手で露出の多いコスプレ衣装を纏った超絶美人の、困り果てた顔の美少女だった。
彼女は目を瞑り、大きな溜息をつくと言った。
「お会いできて光栄です。異世界の戦士様。どうか私の願いを聞いてください」
訳のわからない状況に俺は困惑した。
だが、次の瞬間にはこれは夢だと確信し、せっかくの夢なのならと俺はある考えに思い至った。
俺はおもむろに彼女に近づくつと、その豊満な乳に向けて手を伸ばした。いっそ夢ならば、せめて、この千載一遇のチャンスを逃すまいと、彼にある種の使命感じみた物を芽生えさせた。
ただ、その次に俺が感じたのは、若い女の柔らかな乳の感触、ではなく右頬に生じたひりひりとした痛みだった。そう。俺はおそらくビンタをされたのだと思う。
「召喚による記憶の混乱が生じているの?」
彼女は頬を赤らめつつも怒りの混じった表情を浮かべていた。
俺はまだ意識がどこか浮ついていて、美人の怒った顔はどこか魅力的だな。なんて思っていた。
そんな裕著なことを考えていると、どこか神聖な雰囲気の漂う神殿の壁を破壊して、無数の鎧姿の兵士が溢れ出るように湧きでた。
その内の一人、どこか指揮官じみたえらそうなソイツは言った。
「姫殿。抵抗は無駄です。我々とともに来てください」
そして、鎧の兵士たちは美少女を取り囲み腕を掴んだ。
美少女は抵抗しながら言った。
「それはできません。戦ってください。異世界の戦士様。どうか私をお守りください」
懇願するその表情は、先程までの呆れ混じりの表情ではなく、正真正銘の助けを求める女性の表情だった。そしてそれは紛れもなく俺に向けられた言葉だった。
俺は思った。どうせ夢なら格好良くきめさせてもらおう。
俺は、おもむろにファイティングポーズをとってみた。
そのときになってやっと気がついたが、なにせ俺はそのとき、未だに寝巻姿だったし、身につけている物といえば、煙草とライターと携帯電話くらいのものだった。
鎧の兵士は鼻で笑うと言った。
「下級のサマナー如きが、笑わせてくれる。おまえら、やっていいぞ」
鎧の兵士達は、血気盛んで、待ってましたと言わんばかりに襲いかかってきた。俺もまた負けてられない、と思い目いっぱい抵抗をした、が、そんなものは意味がなかった。数の暴力だった。俺は殴り、蹴られ、投げられ、打ちつけられ、斬られ、刺され、惨めに、そして無残に大理石の床に投げ出された。
はがいじめにされた、美少女は俺を哀れな目で唯見つめていた。
こんな理不尽な夢があっていいのだろうか。一方的な攻撃を受け続ける時間は現実にはたいした時間ではなかったと思う。でもその時間は体感的にはどこか長く、まるでスローモーションのように、いつまでも終わらない苦痛の時間に思えた。
ただ、不思議と、痛みがなかった。夢なのだから当たり前なのだろうか。ただ、痛み以外は気味の悪いほどにどこか現実じみたこの夢の中で、これだけの暴行、傷害を受けても、俺の体は痛みを感じていなかった。
俺は立ち上がると周囲の兵士を一瞥した。
兵士達は、それを見て少したじろいでいた。
当たり前だった。俺はあれだけの攻撃をうけたにも関わらず、その傷が修復されていたからだ。
俺は思った。どうせ夢ならば、やりたいようにやらせてもらおうではないか。
まず手始めに、鎧だ。何故俺だけが寝巻で戦わなければならない。
俺は近くにいた兵士の胸倉をつかみ、そいつを持ちあげた。
そしてソイツの鎧を見やった。瞳の中で見慣れない文字が浮かんでは消えてを繰り返す。俺にはそれが、鎧を分析しているのだということが、何故か理解できた。そして最後には、見慣れない文字で「分析完了」と表示されていることが理解できた。
そして次に「複製可能」と表示された。
俺は「複製」を選択すると、俺の体の周囲に 青白い稲妻と閃光が生じて、体を包んでいった。閃光が通過した後には底を鉄の鎧が覆っていった。あたりには蒸気が立ち込め、最後には俺の体を敵と同様の鎧が覆っていた。
その光景を見て、辺りの敵は、明らかに動揺し、困惑を示していた。
それを打ち消すように敵の兵士の指揮官は言った
「何を怯んでいる。すぐに仕留めんか」
敵は息を飲んで、武器を構えるとまばらに襲いかかってきた。
振りかざされた鉄の剣を俺は片腕で止める。
そして余った方の腕で拳を握り、ありったけの力でぶん殴る。
殴られた兵士は冗談のようにぶっ飛んだ。そして他の兵士を巻き込んで転がり、倒れた。
敵はおののき始めた。
俺は言ってやった。
「今度はこっちの番だな」