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征服感

「待たせちゃってごめんね。気を悪くさせてごめんね」


美鈴のもとにとんぼ返りした実菜は平謝りだった。


「実菜がずっと悩んでた男ってあいつだよね」

「うん、そうなんだけど」

「サークルなら安心できるって泣きながら話してくれた男があいつだよね」

「そう」


美鈴は眉間に皺を寄せて実菜を抱き寄せた。


「呼んでくれて良かった。実菜は洗脳されてるよ。おかしくなってる」

「私っておかしいの」


実菜は美鈴に話していた。何をしていても誰と過ごしていても、自分を抑えられなくなり、気がつけば全力で優のもとに走ってしまう。気がつけば同じ学校の同じクラス。大学に入ってからは優が持つプライベートタイムが長くなったため、宿題のレポートすらまともに書く時間もない。プライベートも優が求めている気配に脅迫され、優のもとで優の思うがままに体も心も支配されていた。


この時期にしては厚着のカーディガンの袖をまくると、細い腕にに赤黒い横線がびっしりとついている。顔もぼんやりとしていて、目の下には隠せないクマがある。


「優は友達って実菜以外にいるの」

「いないと思う。まともに話している人もいないし、話しかけても皆距離を取るから」

「触らぬ神に祟りなしか。まああの風貌じゃ性格以前に敬遠されるよね」


よれよれの服。清潔感のない髪。誰もが一度は振りかえる。ホームレスのような風貌。


「普通が一番いいから、俺は普通だからって」

「それって普通に憧れて、普通以上になれない男のいい訳じゃん」


二人は同時に溜め息をついた。

程良くして学食を出ると、雨が降り始めたところだった。


「あちゃー。天気予報見とくんだったな。傘持ってないのに」


美鈴の隣で実菜が傘を開いたところだった。


「傘持ってるんだ。ぬれないように一緒に帰ろうよ」


その傘の左に実菜が入り、右に美鈴が収まった。実菜の細い腕がが傘を支えて、ぷるぷると震えていた。


「雨の日は傘を持ってこないといけないんだよ」

「助かるよ、実菜はしっかりしてるもんね」

「傘くらいならいつでも入ってくればいいんだよ」


そう言って二人は歩き始めた。


「今考えたら、馬鹿らしいことしたな。急にね、ふっきれた気がするの。優のことなんてどうでもいい。できれば顔も見たくない」


そう言って実菜は美鈴の肩に甘えるように顔を委ねた。


「寒いから温かい紅茶でも飲まない。ケーキも好きだったよね」

「偶然、今私もそう思ってたんだ。実菜行こうよ、お茶しに」

「あと、焼き肉行かない?すごくお腹もすいちゃった」

「いいね最高。今バイト給料日前でちょっと言いだせなかったけど、すぐに返すからね」


雨は降り続いたが、実菜は傘を忘れることはないだろう。

今度からは傘を差しだす人が変わるだけだ。

うっすらと雲の隙間から光が見えた気がした。

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