数学:しりとり
実質的第1話。
今回は午後の授業でしりとりを強要されるシーンです。
では、どうぞ。
午後の授業、5時間目。
昼食を摂ったことにより得られた満腹感が睡魔と化し、生徒である俺たちを教師の説明という名の子守唄と共に襲ってくる時間。
それぞれが欠伸を噛み殺していく中、志半ばにして眠りに就いていった仲間は多数。居眠りに気付いた教師にチョークを投げつけられた仲間も多数。戦況は悲惨といえるものだった。
そんな中、唯一睡魔に負けることなく授業を受ける者がいた。隣の席の女子、野坂である。
彼女は一見優等生のように見えるが、蓋を開けてみるとかなりの不良娘だ。彼女だけ寝ていないのは、午前の授業をすべて睡眠学習でこなしたからである。他にも無断遅刻、無断欠席、無断早退、早弁などいかにも優等生らしくない行動が散見している。人は野坂を優等生っぽい不良と呼んだ。
そんな彼女には嫌いなものがあるらしい。なんでも、『退屈なのが死ぬほどイヤ』なんだそうだ。
その証拠に、うつらうつらと睡魔との死闘を繰り広げている俺を退屈そうな目で見ているのが分かる。
見てる暇があるなら授業に集中しろっての。こっちは授業を受けるのにいっぱいいっぱいなんだ。
「茂木君。しりとり、り」
「は?」
欠伸と共に出た涙を拭い取り、隣へ振り向く。
「だから、しりとり。りっ」
反応したことを喜んだのか、優等生もどきが目を輝かせながら声を張らせる。
「りってお前、なんなんだよ」
「何って、暇だからしりとり」
「別に今暇じゃないだろ、授業中だ」
それに今の授業の科目は、一度怒らせると厄介な熊田の数学だ。のんきにアイツの前でしりとりなんかやってみろ。眉間にチョークを撃ち抜かれるっての。
「えー」
「えーじゃない。ほら前見ろ前。先生にどやされんぞ」
「べっつにいいもん怒られたって」
「よくねぇよ。俺まで巻き込まれんだろうが」
お前が眉間チョークされても俺にとっちゃどうでも良いが、俺までされちゃ堪らないんだよ。
あと頬膨らますな。お前、前にそういうのをお前の隣の席の桜木にしたら、ソイツお前に惚れてポンコツになってたからな。唯一の成績優秀仲間を落としてどうしてくれんだ。
「赤信号、皆で渡れば怖くない!」
「怖ぇよ普通に。つかそれとこれを一緒にすんじゃねぇ」
ゆとり世代の恐ろしいとこだよな、『皆でやる』ってのがさ。
「一緒だよ?」
「一緒じゃねぇ」
「一緒だって」
「一緒じゃねぇって」
そんな調子で言い合っていると、とうとう野坂が怒り出し、
「もう! 私が一緒って言ったら一緒なの! 私がルールなの!」
と、どっかの王の中の王が言っていたような台詞を吐きやがった。それ何でも一番にならないと言えないぞお前。
「ちょ、声でけぇよ馬鹿っ。もう少し声抑えろっ」
急に騒ぎ出した彼女を抑えようと口を手で塞ぐが、舌でべろべろ舐められたので思わず引いてしまった。
「いーだっ、茂木君が一緒だって認めてくれるまで声抑えないもんね!」
「おい、正気かおま……うぇ」
瞬間。
野坂のこめかみに白いチョークが横一線に直撃し、そのまま彼女は気を失って地に伏せてしまった。
突然の出来事に呆然としていると、それに続き俺にまで。
熱せられた金属みたいにぐんにゃりと曲がっていく視界で数学教師を見ると、当の本人は、正に熊のように見えた。
それが今日最後の授業で見た光景。6時間目は出席はしているものの、気を失っているままだったから授業の内容がさっぱり分からなかった。
てかなんで俺まで。
お疲れ様でした。
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