マローン
タイガーの悪事はあばかれた!
マローンの語る、タイガーの過去。
7
タイタンは土星の衛星のひとつであるが、きわだった特徴のある衛星として知られている。それはタイタンが太陽系の惑星をめぐる衛星のうち唯一、大気をもつためである。メタンとアンモニアにみちた大気はタイタンを水素燃料の供給基地として発展させた。地球を盟主とする帝国の初期、太陽系を脱出して恒星間宇宙へ乗り出す植民宇宙船の前進基地としてタイタンは発展してきた。やがて超空間航法が確立してからは水素燃料の供給基地としての役目はおわったが、いまでもタイタンは冥王星や彗星のあつまるオールト雲にうかぶ通信基地の後背地として機能している。超空間航法が確立してから数世紀、人類はずっと人類以外の知的生命体を探索してきたがいまだ見付けだせないでいた。太陽系辺境星域にうかぶ超長波通信基地は人類以外の知的生命体をもとめていまも銀河系のありとあらゆる空域を探査していた。
タイタンの地表には太陽系レースの出場宇宙船がせいぞろいしている。どんよりとした重い雲がひくくたれこめ、零下数十度の極寒のメタンのブリザードが吹き荒んでいた。タイタンの地表にわずかに突き出たドームのなかに出場者はあつまっていた。ドームのなかは暖房でむっとするくらい暑い。しかしラウンジに集まっているパイロットたちの顔はどれも暗くしずんでいた。
みなマローン少佐のシリウス号の爆発を見てショックをうけていた。
ミリィとパック、それにヘロヘロはひとつのテーブルに集まっていた。
「どうするんだよ、ミリィ」
パックが口を開いた。ミリィは「え?」という顔になった。
「どうする、って……?」
「レースだよ! このままつづけるのか、どうなのかってことさ」
「わからないわ……、あたしどうしたらいいか……」
ミリィは頭をかかえ、首をふった。赤い髪の毛がはらりとほほにかかる。
「やめるんなら、地球の本社に連絡しなきゃならないぜ」
「ええ、そうね……」
ミリィはぼんやりとこたえる。
「なあ、マローン少佐が死んでショックなのはわかるけどさ、このレースの責任者はきみなんだぜ。ここでミリィがめそめそしてたら、みなこまるじゃないか」
「めそめそなんかしてないわよ」
ミリィはきっとなった。ほほに血の気がもどってくる。パックはにやっと笑った。
「そうじゃなくちゃな! さっきまでのミリィはまるで死人だったぜ」
「馬鹿ねえ……。でもあたし、どうしてもマローン少佐が死んだなんて信じられないのよ。どっかで少佐は生きてるんじゃないかと思えてならないの」
ミリィの言葉にパックは胸をつかれた。
「うん、おれも少佐が死んだなんて思えないな」
パックの言葉にミリィは身を乗り出した。
「あんたもそう思う? あの爆発で、少佐の死体は見つからなかったし……だからというわけじゃないけどなんだか少佐は生きている、そう思えてならないのよ」
「いいや、マローンは死んだ。そうにきまってる!」
「!」
だしぬけに背後から大声がして、ミリィとパックは顔をあげた。
タイガーだった。
「マローンは死んだ! やつはアステロイドとぶつかって、死んだのさ!」
わははは……! タイガーは高笑いをした。
その声に、ラウンジのパイロットの全員が注目した。みな、顔をあかくして高笑いをつづけているタイガーにつめたい視線をなげかけている。
「なんでえ、なんでえてめえら。辛気くせえ顔しやがってよ。たかが、おいぼれパイロットが事故って死んだくれえでよ。これでレースあきらめるつもりじゃねえだろうな」
「タイガー、もう一度言ってご覧!」
ミリィは怒鳴った。目がいかりに燃えている。
「マローンはおっ死んだって言ったのよ! おい、ミリィちゃん。あんた、このレースをちゃらにする気じゃねえだろうな」
「どういう意味?」
「どうもこうもねえや。たかがサイボーグのおいぼれパイロットが死んだだけでこのレースをなしにするなんて考えているんじゃねえだろうなってことよ。おれはこのレースに勝ってやるからなあ。こんなことでおしめえにしてもらいたくねえのよ」
「タイガー、あんたレースに出場できると思ってるの? アステロイドのコースをじぶんから逸脱して、あの時点であんたの出場資格はなくなったのよ」
「おい、おい。どういうこった? なんでおれがレースの出場資格を取り消しになるんだい」
「あんたがコースから出たからじゃない。とぼけないで」
「証明できるかい。おれがコースを出たってことを?」
「なにを……馬鹿なことを! だって、あんたコースから出たじゃない。レーダーで見てたわよ」
「それがおれのフライング・タイガー号だってこと、どうしてわかる? 言っとくがなあ、おれはあんたのおかげで映話システムから締め出されたんだぜ。あの時点でおれのフライング・タイガー号は監視システムから切り離されたんだ。あれ以後からのおれの行動については、どんな証明も不可能だ」
ミリィはタイガーの言葉につまった。それは事実だからだ。ミリィがタイガーを映話システムから切り離した結果、タイガーの行動については証明はできない。
「いいかげんにしろよな、タイガー!」
パックはテーブルをどん、と叩いてたちあがった。タイガーはパックを見下ろして眉をあげた。
「なんでえ、小僧か。すっこんでな!」
「タイガー、おまえがマローン少佐を殺したんだな?」
タイガーはくびすじまで真っ赤になった。
「なに言いやがる、このガキが!」
「きっとそうだ! あんたはマローン少佐になにかうらみがあって、それで……」
パックは言葉につまった。
タイガーはにやりと笑った。
「それでどうした? 言ってみな。おれがどうして少佐を殺そうとするんだ」
タイガーはぐるりと周囲をにらんだ。出場パイロットたちはみなタイガーを注視している。その視線に、タイガーはいらいらとしはじめた。
「なんでえ、手前ら! おれがなにしたっていうんだ! おれがマローンを殺したなんてデマかせ信じるつもりじゃねえだろうな?」
「タイガー、あんたの船にちょっと疑問があるのよ」
ミリィの言葉にタイガーは目を見開いた。
「なんだとう?」
「あんたが提出したフライング・タイガー号の設計図の一部に、空白の箇所があるわね。あれはいったいなに? あたしはレースの主催者として、出場する宇宙船の設計図にはすべて目を通しているわ。どうやらあんたの船については、もっとよく知る必要があるようね」
タイガーはだまってしまった。目だけをぎょろぎょろ動かして立ち尽くしている。ミリィは笑った。
「どうしたの、タイガー。黙っちゃったじゃない。いいわ、これからうちの技術部の人間とあんたの船を調べることにするわ。文句ないわね!」
「くそっ!」
タイガーは歯噛みをした。さっと身動きをすると、手品のようにその手にレーザー銃があらわれた。はっとラウンジの全員が緊張した。タイガーは銃口をゆっくりと左右にふってじりじりと後退りをする。
「動くなよ……、こいつの引き金は軽くてな。へっ、お嬢さん。あんたの推理はただしかったさ。おれの船には重力加速砲が装備している。マローンのやつをばらすために、おれがとりつけたんだ。もともとレースに勝つことなんざ目的じゃねえ。マローンを殺すことにくらべりゃ、たいしたことじゃないしな……。おれは船がほしかっただけだ。クロノスのシルバーの野郎からあの船を頂いたいまじゃ、あとくされはねえや!」
そう毒突くと、タイガーはさっと身を翻しエア・ロックへ駆け込んだ。エア・ロックの扉が閉まると、ラウンジの全員はわっとばかりにとりついた。
「あいつ、閉めきりやがった!」
扉を開こうとしてパックはどなった。エア・ロックの扉はびくともしない。内側から鍵をかけているのだ。
「あそこ! タイガーが……」
だれかが叫び、ラウンジの窓に全員がとりついた。超高密ガラスの向こう側にタイタンの地表がのぞいている。くらい夜空に、氷結したメタンが吹雪いていた。こまかなメタンの吹雪のかなた、駈けていく人影があった。タイガーである。
「タイガーのやつは、宇宙服を着ているのか?」
「いいや、エア・ロックには宇宙服はおいていないぞ」
「それじゃ、あのままの格好で外にでたのか? まさか、死んでしまうぞ!」
「あっ、タイガーの船が……」
その声に全員が離着陸床を見た。
そのなかにタイガーの宇宙船、フライング・タイガー号が鋭角的なシルエットを見せている。そのフライング・タイガー号の斥力プレートが青白く光りはじめていた。
「逃げるつもりだ……。なんてやつだ。宇宙服もなしに外に出て、それでじぶんの宇宙船に乗り込むなんて……」
パックはつぶやいた。タイガーの船はじょじょに上昇しはじめていた。どおーん、と空気がふるえ轟音が聞こえてくる。タイガーは船の斥力プレートだけでなく、ブースターも同時に働かせている。オレンジ色のほのおがあたりをあかるく照らした。
「あれ、なんだろう……」
パックのとなりに窓に顔をおしあてているヘロヘロがさけんだ。
上昇しているフライング・タイガー号の行く手の雲間から、もうひとつの光があらわれた。もう一隻の宇宙船が着陸しようとしているのだ。船体はちいさく、連絡艇ほどのおおきさである。
上昇するタイガーの船と、着陸してくる連絡艇はすれちがった。タイガーの船が噴射するブースターのあおりをうけ、連絡艇はふらついた。
「あっ、落ちる!」
連絡艇はおおきくあおられ、失速した。急角度で地面に船首をむけると、ぐんぐんと高度を落としてしまう。連絡艇の操縦者はそれでもなんとか機体をたてなおそうとこころみているようだった。しかしその努力もむなしく、連絡艇は地面と激突した。
もくもくと黒煙がたちのぼった。
「ひでえ……」
「だれだか知らないが、間が悪いときに着陸したもんだ。あれじゃ、生きてはいないだろうな……」
「おい、エア・ロックを開けろ! 助けにいかなきゃ……!」
「よし。だれか、工具をもってこい!」
全員が手分けしてタイガーが閉めきったエア・ロックの扉をこじあけるため工具をもちよってきた。
「まかせろ。こういうことには慣れてる」
パックはまわりの人々をおしのけると扉の開閉装置にとりついた。
工具をつかって開閉装置の回路をむきだしにする。電子回路をたちまち無効にしてしまい、扉は開いた。それを見ていたまわりのパイロットはおもわず歓声をあげた。
全員が宇宙服を着込み、いっせいにタイタンの地表へととびだす。
墜落した連絡艇は地表に激突して跡形もない。地表のひろい範囲に連絡艇の破片がばらばらにちらばっていた。衝突の際の高熱で、大気中のメタンと化学反応をおこしたのか、金属片の表面が真っ黒になっていた。
「乗組員はどこだ?」
「わからん。あの衝突だ。骨ものこっちゃいないんじゃないか?」
宇宙服の無線でパイロットたちは会話をかわした。ヘルメットのライトを点灯し、地表をさがしまわっている。
「あっ、人がいるぞ!」
「なんだと?」
いっせいにヘルメットのライトが一点に集中した。そのひかりのなかにくっきりと地面に倒れた人影があった。
わらわらとパイロットが集まり、倒れている宇宙服の人間をかかえおこした。
「生きてるのか?」
「わからん。とにかく、ドームへ連れていこう」
宇宙服の人物は全員にたすけられ、ドームのなかへ入った。ドームのなかへはいると、氷点下数十度からいっきに通常の気圧と気温にさらされ、ヘルメットがまっしろに霜がおりてしまう。ヘルメットをはずした全員は驚きの声をあげた。
「マローン少佐!」
まさしくそれは行方不明のマローン少佐そのひとだった。プラスチックの人口皮膚がその証拠である。
みなぼうぜんとなって声もなく見つめている。ミリィは驚きのあまり両手をくちにあて身動きもできないでいた。
「まさか生きていたなんて……」
と、横たわっていたマローン少佐のまぶたがぱっちりと開き、そのしたのレンズがむきだしになった。ぽっ、とレンズのおくが光をとりもどす。
むっくりと少佐はおきあがった。
「やあ……、どうやら助けてもらったようだな」
少佐はそういうとにっこりと笑いかけた。
おおーっ、とパイロットたちは歓声をあげた。
「生きていたんですか、少佐!」
パックが声をかけるとマローンはうなずいた。
「パックくんか。生きていたさ。あいにくこのサイボーグ体は頑丈でね、なかなか死ぬことはできないよ。アステロイド・ベルトで船が爆発して、わたしは宇宙空間になげだされて気絶してしまった。ひろい宇宙空間でわたしひとりを見付けだすのは不可能だったろうから行方不明になってしまったのだろう。ようやく意識を回復して救難信号を発信して救助してもらったというわけだ。みんなに心配かけるわけにはいかないから、連絡艇をかりてここまでやってきたのだが、着陸前にすれちがった船の噴射で操縦がくるって墜落してしまった。あれは見間違えじゃなければ、タイガーの船のようだったが……」
「そうです。タイガーは逃げ出しました」
ミリィはタイガーとのやりとりを説明した。マローンはうなずいた。
「そうか、やはりわたしの船を攻撃したのはタイガーだったか……。小惑星にかくれて接近してなにかを発射したのはわかったのだが、そんな武器を装備していたとは」
「少佐、どうしてタイガーはあんなにマローンさんを憎むんですか?」
パックが尋ねてマローンはちょっと黙った。
「うん、それは……まあわけがあるんだよ」
あきらかに言いたくないという雰囲気だった。パックのうしろからミリィが口をさしはさんだ。
「マローンさん。このさい、そのわけというのを教えてくれませんか」
「そうか……わけを知りたいというのか……みんな、そうかい?」
まわりに集まったパイロットたちはいっせいにこくんとうなずく。
「しかたないな……だれにも話したことはないんだが。みんな、この話は秘密にしていてくれ。ほんらいなら軍法会議の内容はもらしてはいけないんだからね」
そう前置きしてマローンは話しはじめた。
8
それは十数年前のことだった。
辺境星域にある惑星、「蒼海」にマローン以下数百名で構成される特殊部隊が大気圏降下を開始していた。全員、帝国宇宙軍の第四特殊装備をしていた。これは少数の精鋭による潜行計画を意味した。
惑星「蒼海」は海陸比率が9:1となって、海の部分がほとんどをしめる。地球からの距離は二百光年と、銀河帝国の範囲外ぎりぎりに位置した辺境星系だった。植民されて一世紀以上と、植民惑星のなかでは歴史がふるい。人口は数百万をかぞえ、農産物が主要な産出物である。
マローン少佐以下、特殊部隊を乗せた着陸艇は惑星の明暗境界線あたりから大気圏突入を開始した。この角度からならば太陽の背光にかくれ、大気圏突入の形跡を隠すことができるからである。
大気圏に突入して着陸艇が減速を開始すると、マローン少佐たちは防護カプセルにはいって空中に放出された。地上一万メートルの高度でカプセルが開き、特殊装備で身を固められた隊員は斥力プレートでゆっくりと地上へ向けて降下しはじめた。
目的の地点は惑星総督府である。
総督府には宇宙軍の総督軍が駐屯していたが、情報によりこの惑星をおさめる辺境伯爵によって拘束されていた。
伯爵は宇宙軍を拘束して惑星に軍政を施き、みずから皇帝を僭称して戴冠式を強行したのである。伯爵はこの惑星を手中におさめ、独立を宣言するつもりである。
そのために伯爵は超空間航法をおこなうための空間配列を破壊する工作をおこなっていたのである。恒星と恒星をつなぐ超空間航法にはそのための空間配列が安定していることが前提である。その空間配列を破壊すれば、もはや地球から宇宙船が超空間を通って到達することは不可能になる。そうなれば惑星「蒼海」は地球を盟主とする銀河帝国から孤立してしまう。伯爵はそれをねらったのだった。
超空間航法の出入口の破壊には、シュバルツシルツ半径わずか数メートルほどのマイクロ・ブラックホールがつかわれる。重力制御装置を暴走させ、超空間航法出口にブラックホールを形成すれば空間に歪曲が生じ通路は閉じられる。ブラックホールはやがてホーキング放射によって蒸発してしまうが、閉じられた超空間の出口は二度と復活することはかなわないのである。
地上に降りた特殊部隊の一行はその場でこの惑星の住民の服装に着替えた。マローンは目立つため人里はなれた場所で部下たちの報告をうけることになる。
総督府のあたりは昔ながらの水田地帯で、農家がぽつぽつと点在する牧歌的な風景がひろがっていた。季節は初秋をむかえ、畑にはとりいれをまつばかりに穂をたれたコシヒカリの稲穂が実っている。総督府そのものは巨大な石組みの宮殿で、小高い丘のうえにそびえたっている。部下たちは旅の商人といったいでたちで農村にむけ情報収集にでかけていった。
やがて部下たちの無線により拘束された宇宙軍兵士たちの居所が知れ、マローンは総督府への突入を決意した。
夜明けをまってマローンは部下をひきつれ、総督府へ強行突入作戦を開始した。
タイガーは別働隊として背後をつくという配置だった。
マローンは首尾よく総督府へ突入を成功させ、伯爵一家をおいつめた。
しかしそこで思わぬことがおきた。
タイガーが裏切ったのである。
別働隊として伯爵の背後をつかせる計画であったが、なんとひそかに密約を伯爵とむすび、伯爵の計画に手をかす見返りに支配者の一角として迎え入れることを約束させたのだった。タイガーはこの惑星を私物化するという夢にとりつかれてしまったのだ。
マローンの突入部隊は窮地に陥った。
武装解除されたマローンとその部下は伯爵の私兵によって処刑されることになった。
そこでマローンは奥の手をつかった。
あわや処刑という一瞬、マローンは加速状態にはいった。
反射機能を予備の電子頭脳にまかせ、人間の数百倍という速度で動く加速状態にはいったのである。サイボーグ体であるからできる離れ業だった。
見物している伯爵たちの桟敷席へむけマローンは一瞬にして音速をこえた速度で殺到した。伯爵の鼻先でマローンは空中へ急角度に飛び上がった。その瞬間、マローンがつくりだした高密度の空気の壁が伯爵のすわる桟敷席を破壊した。すなわち衝撃波である。
特殊部隊はこのマローンの加速状態を計算にいれて編成されている。マローンがみずから加速状態にはいると、特殊部隊は敷域下催眠学習により自動的に動いた。
あっという間の出来事だった。伯爵はなにがおきたか理解しないうちに頚椎をおって死亡した。タイガーは命拾いをしたが、マローンの部下にとらえられた。
「ちくしょう、おれの計画をよくも……」
部下にとらえられたタイガーはマローンの前にひきすえられ毒突いた。マローンは脱力感と戦いながらタイガーの裏切り行為の記録をしていた。マローンの手には食用油のボトルがにぎられている。加速状態は一瞬にして数万キロカロリーのエネルギーを消費する。そのうしなわれたカロリーをとりもどすには、食用油をがぶのみするのがもっとも効果的だった。
マローンは部下の裏切りに慣れていなかった。さらにはタイガーを軍法会議にかけることをおもい憂欝でもあった。しかしあきらかな軍令違反は見逃すことはできない。この惑星に駐在していた宇宙軍のなかにマローンより上席の階級の者はいなかったせいでマローンみずから軍法会議を開催するはめとなってしまった。
「軍令違反、および帝国への謀反はあきらかである。したがって当法廷はタイガー少尉にたいし、階級剥脱と宇宙軍からの永久追放を決定する。被告タイガーはこれ以後、どのような特例でも宇宙軍にかかわる仕事は禁じられる。なお禁錮十年を通達する」
マローンはタイガーにたいし精一杯の量刑の軽減をしたつもりだった。しかしタイガーはマローンを憎悪した。惑星の支配者になるという夢をつみとられた恨みは、かれにしこりをのこしたのである。
9
「反逆罪ってわけか!」
パックは怒りに顔をあかくさせた。
まわりのパイロット、そしてミリィもタイガーの帝国への反逆という重罪にショックをうけていた。
「そうだ。その判決を命じたのがわたしで、だからタイガーは恨んでいるのだろう」
「とんでもないこった!」
パイロットのひとりがはきすてるように口を開いた。
マローンは知っている。かれらが生まれてすぐうける記憶RNAの処方に、銀河帝国皇帝への盲目的な服従心がふくまれていることを。この記憶RNA処置により、銀河帝国のどの星でも共通の言語、知識が敷延することを可能にしたのだが、同時に帝国への服従心もうえつけられることになる。かれらの世代では帝国への反逆とは心理的に考えられないことでもあるのだ。マローンや、タイガーのようなふるい世代だけが植民惑星の独立などという夢にとりつかれることができるのである。
こういった強制的な服従心のすりこみは帝国に恒久的な平和をもたらすことになったのだが、反面人類から気概を失わせることになったのではないかとマローンはふと思ったりするのである。しかしこういった考え方はかれらにとってありえないものであるから、なにも言わないことにしている。
「マローンさん。どうしてタイガーに死刑を命じなかったの? 反逆罪なら、当然でしょう」
ミリィの言葉に、マローンは苦笑したのみだった。
「まあいいだろう。タイガーは逃げた。もう、レースを邪魔することもないし、きみたちはこれから残りのレースをがんばってくれ。わたしの船はなくなってしまったから、これからきみらの応援をすることにするよ」
「そうだよ! ミリィ。レースはどうするんだい」
パックの言葉にミリィはうなずいた。
「もちろん、続けるわ。みんなも、そうしたいわね?」
ラウンジのパイロットたちはおう、とミリィの言葉に首肯いた。みな、これからのレースを続けることに熱意をもっているのがありありとわかる。