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宇宙船野郎  作者: 万卜人
5/7

アステロイド

レースはアステロイド・ベルトへ!

マローンを敵視するタイガーの計略。

そしてペガサス社乗っ取りを計画するシルバーの陰謀。波乱の展開!


    6


 火星と木星のあいだに存在する微小天体を小惑星帯、またはアステロイド・ベルトとよぶ。ほとんどが小石ほどの岩くずで、小惑星とよぶにふさわしい直径一キロにたっする天体はすくない。それらの軌道はふるくから観測されすっかりわかっている。このアステロイド・ベルトに関してはつい宇宙空間にぎっしりとすきまもなく岩がうかぶ光景を想像してしまうが、実際には小惑星同士の距離は平均三キロあまりとすかすかで宇宙船がそこを通過しても衝突する可能性はほとんどないのが現実だ。

 しかしラグランジュ・ポイントとよばれる重力の平衡点にはその小惑星が集中的にあつまっている地帯がある。その一帯には巨大な小惑星が数多く点在し、そのなかに含まれている鉱物資源を採掘するため採掘業者がおおくはいりこんでいた。採掘業者はそれらの小惑星を破砕して採掘業をしていた。さらに重力の平衡点であることから軌道が安定しているということでさまざまな場所から天体を移動させているため小惑星がびっしりと集中している。その一帯にはむかしから想像されていたすきまもなく小天体がならんでいる光景が現出している。この重力の平衡点は三つあり、レースのコースはこのなかでもっとも小天体があつまっている一帯を通過するよう設定されていた。

 コースの設定には宇宙空間にブイをうかべている。そのブイから発信されたビーコンが三次元のコースを宇宙船に教えるのである。コースの距離は全長一万キロあまりで、直径十キロあまりの空間がトンネルのように設定されている。亜光速で飛行すれば一万キロは数秒で通過できる距離だが、途中に点在する小惑星のためとてもそういった速度は出せない。ここを通過するにはむかしながらの噴射剤をつかった航法しかないのだ。

「うっひゃあー、すげえコースだなあ。こんななかを、どうやってぬけるっていうんだい?」

 三次元レーダーをのぞきこんだヘロヘロは声をあげた。レーダーには設定されたコースと、そこに浮かんでいる障害物がいくつもの輝点となって映っている。赤い輝点は空間にうかんでいる微小天体で、グリーンの輝点はレースの出場宇宙船である。宇宙船をあらわす輝点ひとつひとつには、その宇宙船の所属をあらわす記号がついている。障害物をあらわす輝点はコースいっぱいにばらまかれていた。その平均距離は百メートルをきり、うっかり飛行すれば衝突は必至である。

 コンソールの映話スクリーンに通話要請があらわれ、パックは受信了解のサインをだした。映話スクリーンにうかんだのはミリィだった。

「パック、このコースは難しいわよ。わかってる?」

「わかってるさ、ミリィ。そっちこそ、その綺麗な船を傷つけるんじゃないぜ」

 スクリーンのミリィはにっこりと笑った。

「あたしの腕を知らないのね。まあ、見てるがいいわ」

「よおよお、ふたりとも仲いいじゃねえか。やけるねえ!」

 ふいにふたりの会話にタイガーがわりこんできた。ミリィが映し出されているスクリーンが分割され、タイガーの顔が挿入された。

「タイガー、あんたなんか話すことはないわ。すぐ接続を切ってちょうだい!」

「そんなに冷たくするなよ、ミリィちゃん」

 タイガーは下品な笑い声をあげた。ミリィはすばやく映話装置に命令した。

「映話ネットよりタイガーの個人指標を削除! 以後、タイガーの映話ネットの利用を禁止する」

「おい! なにをしやが……」

 タイガーの顔はスクリーンから消えてしまった。

「これでもう、タイガーはわりこめないわ。映話システムからしめだしたから」

 ミリィはせいせいした、という表情になった。

「あれ、タイガーの船がレーダーから消えてしまったぜ」

 パックは三次元レーダーを覗き込んで口をひらいた。その通りで、タイガーの船をしめす輝点が消え、かわりに障害物をしめす赤の輝点にかわっている。

「宇宙船の現在位置をしめす表示は、映話システムに依存しているからよ。でも、コンピューターが継続して現在位置を把握しているから、赤色の輝点になっただけでなにもかわらないわ。これで、あいつの顔を見なくてすむと思えばすっきりするわ。もっとはやくこうしておけばよかった」

「ふうん……」


 全機が所定の位置につき、レースは再開された。宇宙空間にはホログラフィによってコースが表示されていた。このホログラフィによる表示から宇宙船がはみだすと、ポイントが減らされるのである。

 全機のブースターから水素核融合のほのおがひろがって、宇宙船は加速されていく。

「おい、ヘロヘロ。力場スクリーンをはれ!」

 パックの命令で、ヘロヘロは宇宙船をつつむ力場スクリーンのスイッチをいれた。たちまちこまかな、数ミクロンというおおきさの宇宙塵がスクリーンと衝突してチェレンコフ放射のひかりをはなつ。

「だいじょうぶかなあ、こんなスクリーンで隕石がふせげるのかなあ」

 不安そうな声をあげるヘロヘロにパックは肩をすくめた。

「まあな、スクリーンの説明書には直径十センチまでの隕石の直撃まで耐えれますとあるけど、なるべくならそんな隕石にはぶつからないですませたいもんだ。おまえ、その目をひんむいて、レーダーを見ててくれよ」

「うん、わかった……」

 なさけない声をあげ、ヘロヘロは三次元レーダーの監視にもどった。レーダーにはコースの進路に点在する隕石や、小惑星が宇宙船の進行につれつぎつぎと迫ってくる。ヘロヘロは大声をあげた。

「パック! まんなかからおおきいのがきたよ!」

「よっしゃ!」

 パックは操縦席でハンドルをにぎり、おおきく船体をかたむけた。

 ずしん、と船体がふるえ、スクリーン全体がおおきく波立った。

「いまのはどのくらいのおおきさだった?」

 パックにたずねられ、ヘロヘロは両手でおおきさをしめした。

「こーんなだったぜ!」

「またそんなおおげさだぜ。せいぜい、このくらいだったぞ」

 パックは片手でまるをつくってみせた。

「ヘロヘロ、音響効果解析装置をいれてくれ」

 パックの命令でヘロヘロはコンソールのスイッチをいれた。

 とたんに風きり音のような、ひゅうひゅうごうごうという音が聞こえてくる。ごおっ、という轟音がひびき、おおきめの小惑星が宇宙船のそばを通過した。スクリーンの近くを通過したためか、がりがりというこするような音が聞こえてくる。

 もちろん、真空中の宇宙空間でこのような音がひびくことはありえない。宇宙船の外部センサーがとらえたありとあらゆる情報を、このような効果音をつけることによって直観的にわからせることがこの装置の目的なのである。

 レーダーが接近してくる障害物をとらえると、接近警報のかわりにこのような風きり音や、ドップラー効果などの音によってそれが近いか、遠いかをわからせるのである。ひゅうひゅうという風きり音は、宇宙船が真空中をすすむと宇宙空間にみちている宇宙塵や、太陽風の影響をうけることをあらわしている。もちろん、近くを航行するほかの宇宙船もそのエンジン音を効果音としてパイロットに教えるので、パイロットはほかの船がどのくらい自分の船に近付いているかわかるというわけである。

 パックの宇宙船はコースの、もっとも小惑星がこみあった地区を通過しつつある。

 前方にある障害物をパックがよけるたびに、ひゅうっ、とか、ごおっ、とかいう音が立体音響をもって遠ざかっていく。そのたびにヘロヘロは首をすくめていた。装置のつけた人工的な効果音とはわかっていても、その効果は絶大で、ほんとうにすぐちかくをうなりをあげて小惑星が通過していくような気になる。

「パック?」

 ふとパックを見上げると、その顔にはびっしりと汗がういていた。

「くそ、やばいぜ!」

「ど、どうしたんだい?」

「ちくしょう、反応がにぶすぎる! よけきれなくなるぞ」

 パックは悪戦苦闘していた。ハンドルをひっしに捌いているのだが、なかなかおもった通りに宇宙船はむきをかえてくれない。どうしてもワンテンポずれるのだ。

 ごつん!がりがりがり!

 またひとつ隕石が宇宙船の力場スクリーンをこすっていった。スクリーンがその質量をうけとめ、船体に直撃しないようにエネルギーに変換するのだが、そのさいスクリーンの表面に火花がちっていく。

「パック……!」

 ヘロヘロは恐怖のあまり、くちに指をくわえていた。


 ミリィもまた悪戦苦闘をつづけていた。

 といってもパックと違い、彼女のユニコーン号は最新の設備をほこり、彼女ひとりでどんな条件でも航行できるのでコースをずれたり、とか障害物にぶつかるとかそういうレベルのはなしではなかった。彼女にはこのレースに自機で優勝をさらわなければならないというプレッシャーがかかっていたのである。つぎつぎとコース前方にあらわれる障害物を彼女はあざやかなハンドルさばきでよけていく。彼女の運転に、ユニコーン号は敏感に反応し、スクリーンにかすりもせずにかわしていった。

「やるな、ミリィくん。きみがこれほどの腕前とは、知らなかったぞ」

 ミリィの映話装置にマローン少佐の声が聞こえてきた。ミリィはちらりと船窓をのぞいて、マローンの乗ったシリウス号の位置を確認しようとした。もちろん、各機は平均数キロという距離がはなれているため肉眼ではわからない。ミリィはさけんだ。

「全周展望モード! 各宇宙船イメージ強調!」

 ミリィの命令で彼女のすわっているコックピットが一瞬で宇宙空間にかわった。彼女の椅子は宇宙空間に浮かんでいるようなイメージになり、レーダーにとらえられているレース参加の宇宙船が3D映像となって空中にうかんだ。それらの宇宙船の位置は実際のそれとは違っているが、彼女の宇宙船からどのくらい距離があるか直観的に判断できるように調整されている。それによるとマローンのシリウス号はミリィのユニコーン号の右隣に位置し、わずかにミリィがせりかっているようだった。しかしその差はわずかで、ミリィが気を許せばすぐに逆転されるような距離だった。

 しかしミリィはマローンにぴったりとよりそうようにタイガーの宇宙船を認めていた。意外とちかい。

「マローンさんもね! 気をつけて。タイガーがあんなにちかく!」

「ああ、わかっている。あいつには気をつけているよ。それより前方を注意したまえ。小惑星の集団が近付いてきている」

 マローンの言葉にミリィはあわてて前方を見つめた。

 かれの言葉どおり、またひとつ小惑星の集団が近付いてくる。

「障害物、光量増感! 陰影強調!」

 ミリィの命令で、せまってくる小惑星のかたちがくっきりと光と影のコントラストが強調された。ミリィはハンドルを握り締め、右に左に、上に下にとユニコーン号をあやつった。すでにその脳裏にはタイガーのことも、ペガサス社のこともなくなっていた。いま、ミリィは純粋に運転をたのしんでいた。

 ふとマローンを見ると、かれのシリウス号もあざやかな動きをみせてせまってくる小惑星をぎりぎりのところでかわしている。

 タイガーの宇宙船というと、これは二機がスクリーンになるべくダメージをあたえないよう障害物をさけているのにたいし、まるでさけようという気配はない。がつん、がつんとスクリーン前方に障害物が衝突してもまるでおかまいなしである。よほど力場スクリーンの強度に自身があるらしい。

 そのときミリィは妙なものを見た。

 タイガーの船にちかづいた小惑星が、その前方かなりの距離で破壊されたのである。まさか、レーザーをつかっているのだろうか?このレースで、障害物をさけるためとはいえ武器を使用するのは禁止されている。

「コンピューター! タイガーはレーザーをつかっているの?」

 ミリィの質問に船のコンピューターは即座にこたえた。

「そのような反応はありません。タイガーの船からはいかなる電磁波の放射も観測されておりません」

「そう、それならいいけど……」

 ミリィは自分の見まちがいであろうと判断した。しかし彼女はここでもうすこしコンピューターに違った質問をすべきであった。それならコンピューターはタイガーが禁止されていた武器を使用していることを答えただろうから。彼女のあたまのなかには、武器といえばレーザーなどの放射装置しか思い浮かばなかったのである。


「こいつら、こいつら! このこのこの!」

 フライング・タイガー号のコックピットでタイガーはぶつぶつとつぶやきながら、スクリーンにあらわれた敵宇宙船をつぎつぎと撃破していった。もちろん、敵宇宙船は小惑星などの障害物をコンピューターが変換して映し出した映像である。タイガーはコースの障害物に敵宇宙船のイメージをあたえ、それらを撃破することに酔っていた。かれの指が操縦桿の引き金にかかると、タイガーの宇宙船からは敵宇宙船に弾丸がとび当たると破壊される。つぎつぎに空中で破壊される敵宇宙船の映像に、タイガーはくちのはしによだれをためて狂ったように射ちつづけた。ミリィがタイガーの力場スクリーンと見たのは、かれがその手前で小惑星を破壊していたせいであった。もちろん、タイガーの機体にも力場スクリーンはそなえられていたが、タイガーが接近してくるほとんどの小惑星を射ちまくっていたため、いまは使われていないのとおなじである。

 タイガーの船に備え付けられたのはあきらかに武器であった。それも宇宙軍が極秘に開発した最新鋭のものである。

 それは通常物質を、光速ちかくまで一瞬に加速する加速器であった。それも電磁的な加速ではなく、重力勾配をつかった加速装置である。局所的な重力勾配をつくりだすトライダルタイプのトンネルに通常物質がおくりこまれると、それは重力制御をつかった加速装置で一瞬で光速ちかくまで加速される。重力レール・ガンといえるこの兵器は射出のさい電磁放射などの外部から観測される痕跡を残さないため、急襲作戦に最適な兵器だった。しかしこの兵器にも致命的な欠点があったのである。それは真空中でしか使用できないということである。なにしろ通常物質を光速ちかくに加速するのである。射出した瞬間、それは大気中の空気などの分子と衝突し、たちまちおそろしいほどの放射線をだして崩壊する。敵はおろか、射出した装置そのものすら破壊してしまうのである。したがってこの兵器を使用できるのは宇宙空間などの真空中にかぎられていた。タイガーはこの装置の存在を知り、じぶんのフライング・タイガー号にとりつけた。さらにこの装置をタイガーは調整し、加速限度をわざと半分ほどにしていた。わずかな真空中にそんざいする星間物質との衝突による反応も電磁放射を発するので、それらが発生しないぎりぎりの速度に加速させていたのである。

 接近する小惑星をつぎからつぎへと破壊しながらタイガーはマローンのシリウス号を見つめていた。かれはこのレースでシリウス号を破壊し、マローンを殺すつもりだった。


 がんがんがん、とつづけざまに力場スクリーンに隕石が衝突し、パックの宇宙船のスクリーンはおおきくゆがんだ。コンソールの計器をよんだヘロヘロは大声をあげた。

「だめだ、これ以上ぶつかるとスクリーンがもたないよ!」

「くそ!」

「あきらめようよ、パック。もういいじゃないか、ここまでこれたんだ」

「なにをいいやがる! あきらめるだなんて、できねえよ」

「だって、これ以上どうすんのさ。リタイアしようよ!」

「ちくしょう……そうだ、ヘロヘロ。そのスイッチをオフにしてくれ」

「え、どれのことだい?」

「そいつだよ。目の前にあるだろう」

 いわれてヘロヘロは目の前のスイッチを見つめる。

「姿勢安定制御のスイッチしか見当らないけど……」

「それだ、そいつをオフにしてくれ」

「ええっ、なに考えてんだ。これを切ったら、この宇宙船どこへ飛んでいくか、わかりゃしないぜ」

「それでいいんだよ! はやく切れ!」

 パックがヘロヘロのほうを向いてわめいた。ヘロヘロはびくっとなって、あわててスイッチを切った。

 とたんに、ぐうんとパックの船は船首をふりでたらめな方向へすすみはじめた。パックは両手、両足をつかってハンドルをまわし、ペダルをふんで船を安定させようと奮闘しはじめた。

「わあ! ぶつかる!」

 ヘロヘロは前方にせまってくる小惑星をみあげて思わず両目をつぶった。

 ごごごご……、と小惑星が船のぎりぎりを通過していく音が聞こえる。効果音解析装置は、通過する小惑星にたいしひくい振動音をあたえていた。びりびりと可聴域ぎりぎりの低周波が船ぜんたいをふるわせる。

「へへ、うまくいったぜ」

 ヘロヘロがおそるおそる目をあけると、パックはにんまりとしている。

「どういうことなんだい? うまくいった……って」

「姿勢安定制御はたしかにこいつをまっすぐ飛ばせるんだけど、そのかわり反応がにぶくなってしまうんだ。こんなに小惑星が密集しているところじゃ、まっすぐ飛ぶことはなんの意味もない。それよりすばやく動けるほうが大事ってわけだ」

 そう言いながらパックはハンドルを切った。また船体ぎりぎりの距離で小惑星をかわしていく。ヘロヘロは首をすくめた。

「それはわかったけど……わあっ! いまのはあぶなかったなあ……、こうめちゃくちゃな動きじゃ……ひいっ! 舌かんだ……!」

 宇宙船は上下左右にでたらめなコースをとっている。

 この船をつくるさい、パックはとにかく推力をたかめるためありとあらゆるつてを利用してブースターを船体にとりつけている。とはいえ、ブースターの製造元はばらばらで、その推力はもとより出力特性も同一ではない。したがってそのまま推進すれば、出力特性のばらばらなまま噴射し、どこへ進むかわからないということになる。そのためすべてのブースターを制御するフィードバック回路が必要になるのだが、その制御がかえってすべてのブースターの反応をにぶくしていたのだった。

 パックの船は小惑星のあいだをあっちへふらふら、こっちへよろよろという具合に飛行していく。あわや衝突というぎりぎりのところでパックは逆噴射をかけ、あるいは横方向への制動ジェットをつかってかわしていく。そのさまはどう見てもどこか故障しているとしか思えない。


「なんだ、あのやろう。どこかこわれたんか?」

 タイガーはスクリーンのなかのパックの宇宙船をにらんでつぶやいた。こころみにタイガーはパックの船の航路を表示してみた。それは酔っ払いの千鳥足ににて、まったく予測不可能なコースをとっていた。しかしふしぎとコースにばらまかれている障害物にはあたらないでぎりぎりのところでかわしていた。

「どっちにしろ、おれには関係ねえ……そろそろふけるとするかい」

 タイガーはコースをはなれはじめた。

 コックピットに警報音がひびく。

「コースから離れています。コース修正してください」

 コンピューターの合成音声にタイガーはかっとなって怒鳴った。

「うるせえ、てめえなんか黙ってろい!」

「コース修正……」

 タイガーは腰からレーザーガンをだすとスピーカーにむけて引き金をしぼった。スピーカーは白煙をあげて沈黙する。

 コースを表示するホログラフィーのラインからタイガーのフライング・タイガー号はコースを逸脱してしまった。その結果、コースを監視するレーダー・システムからタイガーの機体は消失してしまい、存在しなくなってしまった。タイガーはこのレースから消えてしまったのだ。ミリィがタイガーを映話システムから排除した結果だった。タイガーはこれをみこしてわざと、ミリィに嫌がらせをしていたのだった。

 タイガーは機体をおおきくバンクさせた。コースをショート・カットして、上位グループのさきまわりをするつもりである。


 レースの上位グループにはマローン少佐のシリウス号がいた。

 コースも終点にちかづき、障害物である小惑星もまばらになってくる。マローンはスピードをあげ、ほかをひきはなしにかかった。このために改造をくわえたブースターは全推力をだし、みるみる速度をあげていく。たくみなマローンの操船で、シリウス号は小惑星のすきまをぬけていきトップにたった。ほかの船はこのシリウス号のいきおいにおいてきぼりになっていった。

「すげえ、あっというまにマローン少佐のシリウス号がトップだぜ!」

 レーダーでレースの推移を見ていたパックは感嘆の声を上げた。それほどマローン少佐のいきおいはすばらしいものだった。パックもまたじょじょに順位をあげていたが、上位にはほど遠いものだった。ミリィのユニコーン号も上位にいたが、それでもマローンの敵ではなかった。マローンのシリウス号は単独トップとなっていた。

 コースの終点にちかづき、シリウス号はまっすぐゴールへつきすすんだ。


「きたきた……」

 タイガーはレーダーを見つめ、にたりと邪悪な笑みをうかべていた。指先は引き金にかかっている。

 タイガーのフライング・タイガー号は小惑星にぴったりとはりついていた。タイガーはこのためにコース上に存在する小惑星の軌道を調べ、レースの終盤ちかくにちょうどいい位置にくる小惑星の目星をつけていたのである。小惑星にひそんでいたため、タイガーはレーダーの監視の目からのがれていた。

 マローンの乗るシリウス号はコースのまんなかを突き進んでくる。核融合のほのおが大きくひろがっている。すでに後続の宇宙船はおおきくひきはなし、独走だった。

 タイガーは照準にシリウス号をとらえていた。重力レールガンの局所重力発生装置の効果で、強大な重力勾配が発生する。

 シリウス号の進路にはもうなにもない。

 タイガーはゆっくり引き金をひきしぼった。


「まあ飲みたまえ。遠山くん、いけるんだろう?」

「いえ、あまり飲めませんので……そうですか、ではいっぱいだけ……」

 グラスのふちいっぱいまで注がれたビールを遠山はくちをむかえるようにして飲み干した。ぱちぱちぱちと遠山のまわりに座った接待アンドロイドの女性たちが、嬌声をあげて拍手をする。テーブルのむこうにはシルバーがすわっている。あいかわらず葉巻をくわえにやにやわらいを唇のはしにうかべながら遠山を見つめていた。

 ここは洛陽シティの歓楽街で、シルバーの個人的な要談のさい使われることのおおい秘密クラブである。種を割れば、この店はシルバーがスポンサーとなっている。したがってこの店にくるのもシルバーがこれはと目を付けた相手だけで、この店で篭絡するためにつれてくるのだった。店でだされる酒にはごく微量ながら麻薬が混入してあり、これを飲まされた相手はシルバーの暗示にかかりやすい心理状態になる。そういう心理状態になったころあいを見計らってシルバーは要談をするので、相手はほとんどシルバーの言いなりとなってしまうのである。

 ただこのシルバーの手にどうしてものらない相手がいた。それがペガサス社のミリィであった。なにしろ未成年で、しかも女の子だ。そういう相手をこういう店につれてくることもできず、シルバーは迂遠ながら木村にスパイのまねごとをさせたり、古株の重役に手を回して代表質問権をかちとるための株のとりまとめなどという方法をとってきたのだった。その手駒のひとつとして、今夜シルバーは遠山という筆頭重役をつれてきた。この男がシルバーの味方となればペガサス社の乗取はほぼ半分成功したも同然だった。

 シルバーの見るところ、遠山はペガサス社の事実上の宰領者といっていい。この男がいなかったら、ペガサス社は即時ばらばらになってしまうだろう。しかしどういうものかミリィはこの男にそれほど篤い待遇をもってむくいてはいないようだった。とうぜん、遠山はミリィにたいし不満をもっているはずである。

 グラスがからになり、シルバーは接客のアンドロイドに命じてつぎつぎとビールを注がせた。遠山の両隣には金髪と、赤毛の美人アンドロイドがべったりとへばりついてその胸を遠山の両肘におしつけるようにしている。注がれた酒をつぎからつぎへと飲み干した遠山の眼鏡のおくの視線はふらふらとさまよいはじめた。顔は真っ赤というより、いまは蒼白にちかい。かなり飲んでいるはずだ。シルバーはがくり、がくりと首をふっている遠山にささやきかけた。

「どうだ遠山くん、うちにこないか。きみはペガサス社ではそれほどの待遇を得ていないはずだ。きみがうちにくれば、ペガサス社の二倍、いや三倍の年俸を約束しよう。それともちろん、役員待遇もな」

「役員待遇?」

「そうだ、クロノス社の役員だ! 株式の譲渡も約束する」

「しゅ、しゅごい待遇でしゅね……しゅごい……」

 ろれつの回らない口で、遠山はにたにたと痴呆のような笑みをうかべる。

「それでだ、きみにやってもらいたいのはペガサス社の内情をしらせてほしいということなんだ。なに、たいしたことではない。きみほどの地位があれば、簡単なことだ」

「内情って、なんでしゅか……?」

「そうだなあ、たとえばペガサス社の代理店契約の中身とか、販売ルートの詳細な中身とかだ……、きみなら探り出せるんじゃないのか」

「ふむ……できますよ……シルバーさん。しかし、わたしはそんなことはしない」

 ふいに遠山の口調がかわりシルバーはぎょっとなった。

 見ると遠山の酔眼はいつのまにか冷静なそれにかわり、顔色も平常にかわっている。

「な、なに……きさま?」

 まさに変貌といってよかった。さきほどまでのだらしない初老の男はそこにはなく、精悍といっていい表情の何ものかがそこにはいた。いまや酔いはかれの表情のどこにも存在はしていなかった。

「酒に精神を変化させる麻薬をしこんでいるという噂がありましたが、それは事実でしたな、シルバーさん。うちの重役があなたのために株式のとりまとめをしているのではないかという疑いがあったので調査していたのですが、この店で接待をうけてからどんな忠実な役員でもあなたの言いなりになるということはどういうことかと思っていたのです。そこでわたしみずから調査にまいったということです。シルバーさん、わたしに自社株の譲渡を申し出るなどという贈賄ばかりでなく、こういった違法の店を経営したことでもあなたはじゅうぶん告発をうけることでしょう」

「だれだ、きさまは? あの遠山か」

「そう、わたしは遠山だ。ペガサス社の筆頭重役でもある」

 ぼうぜんとしているシルバーはどやどやとふみこんでくる足音に顔をあげた。見ると数人の男女が手にレーザーガンをかまえふみこんでくるところだった。かれらの背後には巨大な警察ロボットが完全武装ですばやく店内に展開し店の客や従業員たちにたいし武器をかまえている。

「洛陽警察だ。シルバー、違法な取引とともに、麻薬をつかった強制的な意志操作のうたがいで逮捕する。おまえの発言はすべて記録されていたぞ」

 刑事のひとりがじぶんの腕をまくりあげた。そこには特殊な光線でしかうかびあがらない帝国警察本部のホログラフィー刺青があった。この刺青は帝国警察でしか採用していないもので、偽造不可能とされている。帝国の記章と警察官の身分をあかす個人指標がそこには刺青されていた。

 刑事がかれのために権利をよみあげているなかでシルバーはさけんでいた。

「なぜだ! なぜ、そんなにあの小娘に忠実なんだ、おまえは?」

「それはわたしがそう設計されているからだ。わたしは製作された瞬間からペガサス社とミリィさまに忠実であるよう期待されている」

 遠山のことばにシルバーは愕然となった。

「きさま……ロボットか……?」

「そうだ。わたしは特A級のアンドロイドだ。このような目立たない外見なのも、ミリィさまをお守りするのに都合がいいからでもある。もしわたしが筋骨たくましい強烈な印象の外見をもっていれば、おまえのようなペガサス社をねらう人間の警戒心を刺激して、このような囮捜査をしかけることはできないだろう」

「そうか、それでミリィは後事をおまえにたくしてレースなどという馬鹿げたことに専念できたんだな。ロボットが忠実なのもあたりまえだしな……」

「いいや、ミリィさまはわたしがアンドロイドだということはなにも知ってはいない。わたしはあくまで人間としてミリィさまに付き従ってきたからね」

「くそ、なんてことだ……ロボット相手に、おれは踊っていたというわけか」

 シルバーはがっくりと肩をおとした。

 捜査員のひとりが顔をあげた。耳にイアフォンをはめている。

「遠山さん、レースのことですが……」

「え?」

 遠山は不安げな表情になった。もしやミリィになにかあったのか?

「マローン少佐のシリウス号が爆発したそうです」

「マローン少佐が?」

 それを聞いたシルバーの顔色がかわった。タイガーだ! シルバーは直感していた。タイガーがこれにはかならず関わっているはずだ。


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