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宇宙船野郎  作者: 万卜人
3/7

タイガー

パックはペガサス社主催のレース出場をめざす。

いっぽう、クロノス社のシルバーはタイガーと言う評判の良くないパイロットを雇うことに。

このタイガー、一癖ありそうであるが……。


    3


 ペガサスの本社ビルと向かい合わせにあるクロノス社のビルは、全体が黒で統一されている。デザインとしてインカ帝国の階段ピラミッドをモチーフとしている。黒々としたガラスにはまわりの景色が映し出されていた。

 そのクロノス社のビルを見上げる男がひとりいた。

 二メートルちかい身長に、体重は百キロをかるくこえる。しかし肥満体という体付きではなく、全身筋肉のかたまりといった体格である。ふとい首筋には束のように盛り上がる筋肉がうかび、そのうえに載る顔はまるで岩石を鏨一本で彫りあげたようなごつごつとした印象だった。たくましい顎には不精髭がうかび、頭にぴったりとはりついたようなヘルメットを被っている。

 男の手には酒壜が握られていた。壜のそこにはわずかに酒がのこり、ちゃぷちゃぷと音をたてている。男はその酒壜をぐい、とあおり残った酒を一気にのみほした。唇に残った酒滴をぐっと片手の甲でぬぐうと、手の壜をひょいと投げ捨てた。がしゃん、と壜のわれる音を背後に、男はゆらゆらと歩きだした。

 酔っている。

 男の息は熟した柿のようにくさく、目はとろんと濁っていた。

 ぐらり、ぐらりと上体をゆらしながら男はクロノス社の受け付けに入っていった。

 受け付けにはアンドロイドの女性が応対をしている。男は受け付けカウンターに肘をつくとにたりと歯をむきだして笑った。

 一週間は歯をみがいていないのではないかと思われる黄色い前歯を見せて男はにたにたと笑いかけた。

「はい、なんでしょうか?」

 アンドロイドはそんな薄汚い男にたじろぐことなく、ほがらかな笑みをうかべた。

「姉ちゃん、ここで宇宙船のパイロットを募集しているって聞いたんだけど、ほんとうけえ?」

「ええ、その通りですわ。募集に応募なさりにきたのですか?」

「そおさ、おれさまはタイガーってんだ。優秀なパイロットをさがしているんだろう。だったらおれはぴったりだ」

 タイガーと名乗った男はふたたび笑った。


 クロノス社の最上階にあるシルバーの私室では、クロノス社最高責任者シルバーが窓から見えるペガサス社の本社ビルをながめていた。その両目はらんらんと野心に輝いている。

「レースか……。ミリィのやつ、なにを考えておる……」

 最初ミリィから取引の話を聞いたとき、これでペガサス社をのっとるチャンスが転げ込んできたと思った。しかしだんだん考えているうちに、むしろ彼女にうまうまと乗せられてしまったのではないかという疑念が黒雲のようにわいてきたのである。疑念は確信に変わりいまや焦りになった。

 そのとき部下から宇宙船パイロットのオーディションがあるという報告があった。

 そうだ、パイロットを募集していたんだった……。シルバーは大股であるくと、会場に予定されている階へ急ぐためエレベーターに乗った。

 会場のある階でエレベーターの扉が開くと、いきなり大声の怒鳴り声がした。

「うるせえ! てめえなんか、用はねえんだ。さっさとうせやがれ!」

 いったいなにがあった……。シルバーは硬直していた。どすん、ばたん、という人があらそう音がして数人の悲鳴があがった。

 エレベーターの扉からおそるおそる顔を半分だけだして外をのぞきこむ。

 だだだだだ! と数人の男たちがもつれあって転げ込んできた。

「わ!」

 シルバーはその数人ともつれあい、床にころんだ。あわてて立ち上がると、床には数人の男がうめきながら横たわっている。みな顔や手足に打ち身をつくっていた。

「な、なんだ……こりゃ?」

 ぱんぱんぱん、と両手を打合せる音にその方向を見やると、そこには床によこたわった男たちを見下ろして、上機嫌の大男がいた。

「やあ、あんたがシルバーか。おれはタイガー。よろしくな!」

「だれだ、おまえは? いったいここでなにをしている!」

「おいおい。あんた、優秀なパイロットを募集していたんだろう。だからおれさまが来てやったんじゃないか」

「パイロット……、募集?」

 あまりに強烈な無礼さに、シルバーはうろがきていた。馬鹿のようにタイガーの言葉を鸚鵡返しにする。

「そうさ、ここにいるガラクタどもが何人いたって、レースには……いやペガサスには勝てねえぜ」

 そう言うとタイガーはにたりと笑いかけ、その顔をシルバーに近付けた。息の臭さにシルバーが思わず顔をそむけるとタイガーはシルバーの胸ぐらをつかみささやいた。

「知っているんだぜ。ミリィちゃんとの賭け……」

 シルバーはぎょっとなった。タイガーはまたにたりと笑いかけた。

「おれはそこらにいるパイロットとちがって、どんな手を使っても勝ってやる。いいか、どんな手をつかってもだ。この意味がわかるよな」

 シルバーの視線がするどくなった。

「タイガーとかいったな。ふむ、だんだん思い出してきたぞ。たしか数年前、帝国宇宙軍のなかで不名誉な罪で軍法会議にかけられた将校がいたな。なんでも戦友を……」

 シルバーが言い掛けるとタイガーはそれをさえぎった。

「おっと、それまでだ。どうだい、おれと手をくまねえか。あんたはこのレースで勝利がほしい。おれは金がほしい。それとレースで使用する宇宙船を、おれに無料供与ってことでどうだい」

「なぜだ。無料供与ということは、つまり宇宙船をただでくれ、ということだぞ」

「じぶんの宇宙船を持たないパイロットがどんなにみじめなものか、あんたは知らねえんだ。おれは宇宙船がほしい。なんとしてもな……」

 シルバーの脳裏で複雑な計算がはじまっていた。損得をはかりおわり、シルバーは口を開いた。

「よし、おまえにいいものを見せてやる。いっしょにきてくれ」

 シルバーはタイガーをひきつれエレベーターへもどった。タイガーはにたにたと笑いながらそれにつづいた。エレベータの操作盤にむかい、そこにのぞいているちいさなレンズにじぶんの瞳をちかづけた。

「網膜照合か」

 タイガーの質問にシルバーはかるくうなずいた。

「ここから行くところは、クロノスの社員すら知らない。いわばうちのトップ・シークレットというわけだ。もちろん、網膜照合だけではないよ。この瞬間にも、このエレベーターのなかでは、おれたちの体組織のあらゆる特徴を透視している走査措置が動いているんだ。おまえにも、守秘義務をおってもらうぞ」

「怖いなあ……」

 ちっとも恐怖の色を見せず、タイガーはにたにたと笑っていた。

 エレベーターは下降しはじめた。最新の重力制御技術をつかっているので動いている感覚はない。しばらくエレベーターは下降していったが、やがてとまった。

「ここは地下十キロにあたる」

 シルバーの言葉にタイガーは驚いた。エレベーターにはほんのすこししかいなかったからだ。

「ずいぶんふかいな。地上からの探査をふせぐためにか」

「まあ、そうだ。ここは絶対秘密にしておかなければならんのだ」

 エレベーターをでると、そこは通路になっている。幅十メートル、たかさ五メートルほどの蒲鉾型にほりぬいた通路で、ちいさなランプが点々と天井にともり奥へと消えている。そうとう距離が長そうだ。エレベータのそばにはゴルフのカートに似た車があった。シルバーはタイガーをうながしてそれに乗り込んだ。みずからハンドルをとり、動きだす。

 電動のカートはかるいモーター音をたて、まっすぐにほりぬいた通路を走っていく。

「クロノスのようなおおきな企業になると、いろいろ世間に知られたくない秘密が生まれてくる。なかには永久に封印せざるをえないものもでてくる」

 シルバーはつぶやくように語りはじめた。タイガーはうなずいた。

「まあな、人間だってだれしも触れられたくない、脛に傷ってやつがあるさ」

 カートは一時間ほど走ったろうか。ようやく通路の行き止まりに達した。巨大な扉が行く手をふさいでいる。

 シルバーはその扉に手をおしあてた。

 ただそれだけで扉は動きだした。ゆっくりと観音開きに開いていくと、地下室があわられた。

 照明がともり、タイガーはぼうぜんとつぶやいた。

「こいつはすげえ……」

 そこにはまがまがしいスタイルの宇宙船があった。

 ぜんたいに角張り、直線がおおい。おおきさは個人用の宇宙ヨットほどだが、その船体のいたるところにレーザー銃座やミサイルのランチャー。機銃などがつきだしている。どう見ても戦闘宇宙船だった。船体は迷彩色に塗装され、軍の記号があちこちに印されている。

「聞いたことがあるぜ。なんでも帝国宇宙軍のだれかが奇襲用の長距離宇宙艇を提案したってことだ。しかし予算がつかなくて、数隻試験機がつくられただけでおわったということだったが、こいつがそうか……」

「おまえはべらべら喋りすぎる。いろいろ鼻をつっこんでいるらしいが、そう口がかるくては長生きできんぞ」

「なあに、こうして話せるのもあんただけだよ。その気になれば、貝のようにとじているさ。こいつをおれにくれるっていうのか?」

 タイガーはよだれをたらさんばかりだった。

「ああ、だがこいつを乗りこなすのは難しいぞ。速度、航続距離ともそこらの個人用ヨットとは桁違いだが、エンジンが敏感でいわば暴れ馬といっていい」

「楽しみだ。そうでなくちゃ、勝てねえよ。しかし気にくわねえところがひとつだけあるな」

「なんだ、そりゃ」

「塗装だよ。こいつはおれの好きなように塗り替えてくれ」


「ほら、行くぜ」

 ヘロヘロが声をかけ、パックは一歩足をふみだした。しかしその歩みはぎくしゃくとしていて、右足がでると右手がでて、左足がでると左手が前へでる。

 不安になったヘロヘロがパックの顔を見上げると蒼白である。

「だいじょうぶかい」

「あ、あたりまえだろ。へ、平気だよ。なんでえ、受け付けくらい」

 そう言いながらパックの膝はかくかくと震えていた。

 パックはペガサス社の前にきていた。

 それまで洛陽シティのこんな中心部に足を踏み入れたことはなく、天にまで届きそうな巨大なビル群に圧倒されていたのである。地上数キロにもたっする摩天楼の頂上ちかくは空にとけこみ、見上げるだけで押しつぶされそうな気分になる。

 ペガサス社のビルはそのなかでも図抜けてひろい敷地をもっていた。一階部分の前には自然がたくみにとりこまれ、公園のようになっている。あおあおとした芝生にはベンチや四阿が点在し、池には噴水がせいだいに水を吹き上げている。

 そのなかを歩き回る人々はみな最新のファッションに身をつつみ、忙しそうな早足で行き交っている。それを見るだけでパックはおじ気付いていた。

「さあ、行こうよ」

 ヘロヘロはうながした。

 パックはぼうぜんと立ち尽くしていたが、ヘロヘロに言われてわれにかえったようだった。

 うん、とひとつうなずくと歩きだす。

 ペガサスの本社ビル一階にある太陽系レース出場審査受け付けにはおおぜいの人々でごったがえしていた。レース出場を申請するパイロットとその関係者ももちろんだが、それ以上に報道陣があつまっている。なにしろレースに出場しようとする人間はたいてい有名なパイロットばかりで、大金持ちがおおい。自前の宇宙船を持ち込んで出場するには、財力が必要なのだ。そのなかでおおくの報道陣をあつめているのはマローン少佐だった。

 かれは宇宙軍の退役将校で、いくたの冒険で知られている。

 数度の大戦に参加し、また帝国アカデミーの深宇宙探査に出掛けている。そのため何度も生命の危機におちいり、その身体のほとんどの部分は人工の臓器におきかえられたサイボーグになっていた。灰色のプラスチックの皮膚におおわれたマローン少佐は一見すると旧式のアンドロイドのように見える。いまなら完全に違和感のない人工皮膚が開発されているから、その気になればふつうの人間そっくりの外観にとりかえることもできるが、かれはいつまでもこの見かけにこだわっていた。

 そのほかにもペガサス社以外の宇宙船メーカーの参加パイロットや、著名な資産家で趣味で宇宙船パイロットをしている有名人などが集まってきていた。それらの人々に報道陣が同心円をえがいて取材をしていた。

 それらがかもしだす喧騒にパックはたじろいだが、それでも目的を思い出してまっしぐらに申請受け付けカウンターへ急ぐ。

「あの、すいません。出場の申請をしたいんです」

 パックはのびあがるようにして、受け付けのカウンターごしに話しかけた。受け付けの美人アンドロイドは顔をあげる。

 カウンターが高く、奥行がありすぎるのと、パックがひといちばい背が低いため声だけが聞こえてパックの顔は見えない。

 と、カウンターのむこうからパックの顔がひょい、とのぞいた。よじのぼるようにしてパックはカウンターに伸び上がった。足下にはヘロヘロが踏み台になっていて、パックが顔を出せるようがんばっていた。

「申請ですね。ありがとうございます。あなたの宇宙船の設計図を提出してくださいますか」

 アンドロイドは感じのいいほほ笑みをうかべた。

 パックは肩からななめにさげていたバッグの口をひらくと、なかから一枚の透明なプラスチック・カードをとりだした。かれの宇宙船の構造がファイルに書き込まれているデータ・クリスタルである。

 アンドロイドはカードをうけとると、手元の入力装置にさしこんだ。カードのデータがアンドロイドの内蔵している人工頭脳のなかへ装置を通じて転送される。ファイルの中身を開いて、アンドロイドはくびをかしげた。

 これはほんとうに宇宙船の内部構造なのだろうか?

 いままでかなりの量の宇宙船の申請ファイルを受け取ってきたが、これほど全体がこんがらかった宇宙船の構造は見たことがなかった。ファイルで見られる構造のなかにはあまりに古すぎて、その機能を推測することすらできないものもある。レースへの安全基準をまもる、というのが彼女に課せられた使命である。だが、これではこの宇宙船が安全か、そうでないかを審査することはできない。

「申し訳ありません。これではレースに出場するのは無理かと存じますが」

「なんでだよう!」

 パックは大声をあげた。

「あの、この設計図ではこの宇宙船が安全にレースをすることができるかどうか判断できません。わたしどもは安全にレースをするよう義務付けられております。このような構造の宇宙船が安全に宇宙で航行できるかどうか……」

「なんだと、おれの宇宙船が飛ぶことができねえと言うのか!」

 パックはかっとなってカウンターをどん、と叩いた。その音にまわりの人々がえっ、というような顔になって注目した。

 パックはどんどん、とカウンターをこぶしで叩き続けて喚いた。

「この宇宙船はおれがじぶんで組み上げたんだ! 安全かどうかはおれがいちばんよく知っている。それともなにか、けちつけるってのか!」

「お、お客さま……」

 アンドロイドはパックの怒りにおろおろとなってしまった。なにしろ人間がこのように怒りをあらわにするのを見るのははじめての経験である。どうしていいかわからない。

「どうしたんだ」

 やわらかなふとい男の声に、パックはアンドロイドをにらんだまま答えた。

「このアンドロイドがおれの宇宙船にけちつけやがったんだ。おれの宇宙船だぞ! 安全に宇宙を航行できるかどうかわからねえ、なんて言いやがる。けっ、なに言ってやがる。危険な宇宙船を、このおれさまが作るわけないだろう」

「ほう、その宇宙船はきみがじぶんで組み立てたのかね」

 男の声は興味深げになった。

「そうさ、部品をひとつひとつサルベージして探して、使えないのは修理して……どんなに苦労したか」

「それは面白いな」

「なにが……」

 面白いんだよ、と言いかけうしろをふりかえったパックは絶句した。灰色の艶のない皮膚。ロボットのような外観。ふたつの視覚レンズが赤いひかりをはなっている。

「マ、マローン少佐!」

「わたしの名前を知っているのかね」

「は、はいっ!」

 ほほを真っ赤にしてパックは直立不動になった。

「少佐の伝記を読みました。稲葉第四惑星での冒険とか、第三次銀河大戦での活躍とかみんな読みました!」

「そうか。それは嬉しいな。それで、どうしたのかね?」

 おだやかな少佐の声にパックは説明した。

「ふむ、そうか。それではそのデータをわたしに見せてくれないか」

「は、はい……」

 パックはデータのはいったクリスタル・カードをマローン少佐にわたした。少佐はうけとったカードをじぶんの腰にある挿入口に差し込んだ。瞬時にデータが少佐の補助人工頭脳に転送される。少佐はそのデータを通信装置によって洛陽シティの中央情報管理センターへおくった。少佐はじぶんの管理優先権を利用して、そのデータの評価を要請する。中央情報管理センターでは、パックの作った宇宙船の設計図をもとにシミュレーションを開始する。

 センターからの結論をうけとり、マローンはにっこりと笑った。

「ああ、いいようだ。この宇宙船ならじゅうぶんレースで戦える」

「ほんとうですか」

「うん、だいじょうぶだよ。きみ、だいじょうぶ。この少年の宇宙船は、レースに出場していいよ」

 アンドロイドはぼうぜんとなっていた。マローンと中央情報管理センターの電子のやりとりを傍受していたのだが、マローンのつかった優先権はかなり高度なレベルのもので、それをこのサイボーグがなぜ使えるのかわからなかったのである。彼女にとって世界のすべてはこの受け付けカウンターのみで、それ以外のことは想像の外だった。

「マローンさん!」

 女の子の声で、マローンはふりかえった。

「うへっ!」

 パックは驚いた。あのミリィがいたのである。ミリィもまたパックに気が付いた。

「あんた、なぜここにいるのよ?」

 詰問調の言葉にパックはかっとなった。

「レースの出場の申請にきたのさ」

 ぶっきらぼうに答える。ミリィは目を丸くした。

「あんたが?」

「ミリィくん。この少年と知り合いなのか」

 マローンに尋ねられ、ミリィはなぜかほほを赤くした。

「ええ、ちょっと……」

「あの、ぼくパックといいます」

「ぼくヘロヘロです!」

「おまえは黙ってろよ」

「なんでだよう」

 パックとヘロヘロはマローンの前でにらみあった。

 そのマローンにミリィが話しかける。

「マローンさん。レースに出場するんですか」

「うん、宇宙船のレースなんて面白そうじゃないか。ぜひ、参加したいものだ」

「マローンさんが参加してくれればうれしいです」

 ミリィの様子にパックはくびをかしげた。

「あの……ミリィさん?」

 ミリィはパックのそんな態度に眉をあげた。

「あら、今日はずいぶん素直じゃない?」

「どうしてマローン少佐とそんなに親しいんだい?」

 パックのひそひそ声にミリィはにっこりとなった。

「あら、だってマローンさんの乗る宇宙船はうちの設計による特別製品なのよ」

「うちの宇宙船……だって?」

 マローンは笑いながら説明した。

「彼女はペガサス社の社長なんだよ。この太陽系一周レースのね」

「ええっ!」

 パックは驚いた。まじまじとミリィを見つめる。

「きみが、社長?」

「そうよ。びっくりした?」

 ミリィはくすくすと楽しそうに笑った。そんなミリィをマローンはにやにやしながら見つめている。マローンの視線に気付いたミリィはもの問いたげに見上げる。

「いや、きみがこんなに楽しそうな顔を見るのはひさしぶりだからね。このパックくんと、いい友達になりそうだな」

「そんな……」

 ミリィは真っ赤になった。

「よおよお、なにくっちゃべってんだあ?」

 いきなりの胴間声にミリィはふりかえった。

 大男がひとごみをかきわけ、パックたちのほうへやってくる。あしどりはもつれ、顔は真っ赤にほてっていた。

 タイガーだった。

 タイガーはふらふらとやってくると、ふーっと息を吐いた。むっとくる酒臭い息がかかり、ミリィは顔をしかめた。

「いよーぅ、こりゃ可愛い子ちゃんじゃねえか。どうやらペガサス社の社長さんのミリィちゃん、とお見掛けしますな」

 そう言ってタイガーはにたにたと笑いながらミリィにしなだれかかった。

「いやあ!」

 ミリィは悲鳴をあげた。マローンは片手をのばし、タイガーの肩をつかんだ。

「いてぇ!」

 マローンのサイボーグのちからで肩をつかまれ、タイガーは悲鳴をあげた。

「なにしやがる……あっ、てめえは!」

 タイガーはものすごい目付きになってマローンをにらんだ。

「きさま、マローンか」

「そうだ。タイガーひさしぶりだな。まだこんなことをやっているのか」

「うるせえ!」

 タイガーはマローンの腕をふりはらった。

「お前もこのレースに出場するのか。え、どうなんだ」

「その口振りでは、きみも出場するらしいな」

「けっ、なにをえらそうに……ああ、そうだよ。おれさまもこのレースに出るんだ。へへへ、お前とはライバルってわけだな」

 タイガーはふいににたにた笑いをしてマローンを見つめる。しかしそのまなざしは敵意にみちていた。

「タイガー。レースでは正々堂々と戦いたいものだな」

 マローンは冷たい口調でタイガーの顔を見つめている。しばしタイガーとマローンのあいだに視線の火花がちった。さきにタイガーは目を逸らした。

「へっ、レースが楽しみになってきやがった」

 肩をゆするとわざとゆっくりと歩きだす。立ち去る間際、ふいにふりかえるとマローンに捨て台詞をはいた。

「マローン。レースでは気をつけなよ。なにがおきるかわからないのがレースだからな」

「それはどういう意味だね。タイガー」

「さあな。とにかくレースが楽しみだぜ」

 そう言うとタイガーは歩み去った。

 ミリィは不安そうにマローンを見上げた。

「マローンさん。いまのタイガーとはどういうご関係なんですか?なんだか、マローンさんになんだかすごい敵意をもっていたようですけど」

「あのタイガーとはわたしと昔にちょっとしたことがあってね……いや、これまでにしてくれたまえ」

 きっぱりとした口調にミリィは口をつぐんだ。それほどマローンの口調は有無を言わせぬものだった。


「シルバーさん。ご存じのようにわたしはペガサスを辞めてきましたよ。これでわたしは自由の身となりました。これからばりばりクロノスのために働きますよ」

 クロノス社の社長室で、シルバーとむきあっているのは木村だった。あぶらのういた顔に卑屈な笑みをうかべ、シルバーを見上げている。シルバーは露骨にいやな顔をした。

「それは知っている。しかしなぜわたしに会いにきたのかね」

 シルバーの言葉に木村は愕然となった。

「シルバーさん、それはないでしょう。わたしはあなたのためにスパイのまねごとまでしたんですぜ。これからのわたしの身の振り方になんらかの責任を感じてもいいはずだ」

「思わんな、そんなことは。わたしは有能なスパイにはいくらでも金をだす。しかし無能な素人にはびた一文もだそうとは思わん」

「なんだと!」

 木村はたちあがった。唇がわなわなと震えている。

「あんた、そんなこと言っていいのか? おれがあんたのためにどんなことをやってきたか、すべて明るみにだしたらクロノス社はどうなると思っている」

「どうなるというのかね? たしかにきみはわがクロノスのためにいろいろ動いてきたが、そのことを証明する証拠はなにひとつない。いいとも、やりたまえ。暴露でもなんでもやるがいい。しかし覚えておいてほしいが、この洛陽シティのほとんどの報道機関にはクロノスの息がかかっている。どこの報道機関にもっていっても、門前払いされるのがおちだ。それと、なんらかの方法できみがやったことをあかるみにだせたとしても、それでどうなる。きみのキャリアはもうおしまいだ。これからどこの企業もきみの再就職を受け入れるところはなくなるよ」

 木村は絶句した。こぶしをかため立ち尽くしている。

「き、きさま……!」

「まあ落ち着け。いままできみに支払った金額はそうすくないものではないはずだ。その気になればあと数年はしずかに暮らしていけるだろう。いいかね、あまりうろちょろするんじゃない。わたしは温厚な人柄で通っているが、その気になればいろいろ考えるからね」

 最後のシルバーの口調はあきらかにどすをきかせたものだった。木村は蒼白になった。しばらくふたりは睨み合っていたが、木村はがくりと肩をおとした。敗北を認めたのだ。

「わたしの言い付けをまもりたまえ。すべてのことにかたがつけば、わたしもきみの身の振り方を考えんでもない」

「わ、わかった……」

 小声でつぶやくと木村はドアへむかった。ちからなくドアをあけ、外へ出る。扉がしまって、ようやくシルバーはほっとため息をついた。デスクのしたにかくしていた右手をだすと、そこには銃がにぎられていた。

「ずいぶん用心深いじゃねえか。あいつがおまえに襲いかかるとでも思ったのかい?」

 社長室のとなりの部屋からタイガーがあらわれた。にやにや笑いをしている。

 シルバーは皮肉な笑みをうかべた。

「そうなったら、おれはあいつを見なおしたろうがね。どっちにしろ口だけの男だ」

 シルバーは手ににぎった銃をデスクにもどした。

「話しとはなんだ? なにか問題でもあるのか」

「うむ、すこし改造をくわえたい」

「改造?」

「いや、改造というよりは装備の変更かな。これを見てくれ」

 そう言ってタイガーはシルバーの前に宇宙船の設計図をひろげた。あの地下にねむっていた戦闘機の設計図である。それをひとめ見たシルバーは顔色をかえた。

「おい、これはどういうことだ。なぜ、こんな装備が必要なんだ」

「レースの出場者のなかに気になるやつがいるんだ。この装備はそいつのための対抗策ってやつだ」

「しかしなぜこんな装備を……、まさかタイガーきさま」

 タイガーはにやりと物凄い笑いをうかべた。

「そうさきまわりするな。おれはなんとしてもこのレースに勝ちたい。それだけさ」

 押し黙ったままのシルバーの肩をどん、と叩いてタイガーはからからと笑った。

「どうしたシルバー。これくらいのことでブルっちまうお前でもあるまい?」


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