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宇宙船野郎  作者: 万卜人
1/7

ペガサス

1950〜60年代の少年向けSFを意識した作品です。ですから科学考証はめちゃくちゃです。ちょっとバカなSFを読みたいと言う人はぜひどうぞ!


    1


「みなさん、今期のペガサス・コーポレーションの決算によると、受注数は前年比において三パーセントの減。生産高はさらにしたまわり五パーセントの減少が見込まれております。さらに株価も評価額がさがりつつありましてこのままではいずれストップ安をつけるおそれもあります……」

 銀河帝国の首都、地球の洛陽シティにある太陽系最大の個人宇宙船メーカー「ペガサス・コーポレーション」本社の会議室では重苦しい空気のなか、重役以上の役員をあつめた決算報告をうけていた。手元の資料に目を落としたままたんたんと報告書を読み上げているのは筆頭重役である遠山専務である。ひょろりとした長身の遠山は、じみなスーツに身を包み、この時代にしてはアナクロともいえるふとい黒縁の眼鏡をかけている。ときおりその眼鏡を神経質になおしているのが癖で、報告するその禿げ上がったひたいにはてらてらと汗がうかんでいた。いま報告しつつあるのは、ペガサス社が未曾有の危機的状況にあるという見通しであり来月にせまった株主総会にむけての対策会議もかねていた。

 時刻は午後十一時をまわりつつあり、ひろい会議室のまんなかにしつらえた巨大な長テーブルにはペガサス社の重役たちが全員顔をそろえていた。みなこの会社の草創期からいる古株である。

 本来ならこのような会議にすべての重役が直接顔をあわせる必要はない。ホロ・スクリーンによる通信会議でじゅうぶんまにあうのだが、今回だけは社の意向で全員が本社の会議室に集まるよう厳命をうけていた。

 この会議室は本社ビルの高層階にあり、不透明の状態にされている窓を透明にすれば、銀河帝国の首都洛陽シティの豪勢な夜景が一望のもとに見渡せる。が、いまは窓はすべて不透明に偏光されなにも見えないでいる。

 さまざまな数値をあげ現状を報告しおわった専務の遠山は、手元の水差しからコップに水をそそぎ、ごくりとひとくち水をのみほして口をしめらせた。

「というわけでありまして、現在の危機的状況はみなさんおわかりになったかと存じます。それでこんかいの会議の目的は、この状況をいかに克服するか、その手段をみなさまのお知恵を拝借しまして来月の株主総会へむけての対策としたいと思います。みなさまの活発なご意見をたまわりたいと思います」

 そう言って全員の口の開くのを待った。しかしいならぶ重訳たちはこそこそとおたがいの顔を盗み見ているだけで、だれひとり口火をきろうとする者はいない。

「みなさん、なにかご意見は?」

 たまりかねて声をはりあげた遠山にこたえ、ようやくひとりの重役が口を開いた。

「えー、つまり問題はわが社の主力商品である個人用宇宙ヨットの売り上げが落ちているということにあるんだよな。つまり宇宙ヨットの売り上げが上向けばいいんだ」

「そうだ、モデルチェンジの時期を前倒ししよう! それと宣伝だ! もっと有名なタレントを起用すれば……」

 ようやく会議は活発になりつつあった。遠山は重役たちの意見を几帳面に手元の入力装置にメモしていた。

 会議はつづき重役たちの意見が出し尽くしたころいっぽうのドアが開かれた。

 その方向を見た重役たちのあいだに緊張がはしった。

 社長が登場したのである。

 ペガサス社の社長は、芳紀十八才になる美少女だった。

 ミリィ川村。先代のペガサス社のひとり娘である。先代の創業社長が事故により死亡したことにより自動的に社長に就任した。

 燃えるような赤い髪にぬけるような白い肌をしている。おおきな瞳はあたたかな茶色で、きりっとした顎のラインにうすい唇がどことなく意志のつよさを物語っている。小柄で、一見すると十五、六才にしか見えない。しかしプロポーションは抜群で、よく発達したバストときゅっとしまったウエスト、そしてなだらかにふくらむヒップへとつづく。その肢体を髪の毛の色にあわせたまっかな宇宙パイロットの上下つながったスーツに包んでいる。足元もまた真っ赤なブーツでかため、まるで生きている炎のような印象だ。

 ミリィはその情熱的な瞳でじろりと会議室に顔をそろえている重役たちを見渡した。

 彼女の視線があたりそうになる重役たちはみな顔をそむけるか、視線をはずすかでまともに目を合わせようとしない。みな、恐怖の表情をうっすらうかべている。

 彼女が社長に就任した当初、創業時からかかわっている重役たちはまるで本気で彼女が社長をつとめるものと思っていなかった。なにしろ見ての通りの美少女であり未成年でもあった。

 しかしミリィが就任してすぐ、かれらは彼女のおそるべき手腕をまのあたりにする。

 彼女の最初に手懸けた仕事はその重役の大量解雇だった。いまいる重役たちの二倍の人数を彼女はあれこれと本人の能力のなさを証明し、つぎつぎと解雇していったのである。その証明はすべて事実であり、言い逃れることができないことであり、彼女の意向に逆らえるものはだれもいなかった。いま会議室に顔をそろえている重役の半数は解雇された重役にかわり彼女の手によって引き上げられた者たちばかりである。その結果、ペガサス社の売り上げはのびミリィは自分の手腕を重役たちに見せ付けることになる。彼女が十五才のことだった。わずか十五才で経験豊富な重役たちをものともしないミリィの手腕にはわけがある。もともと父親のもとで経営について薫陶をうけたこと。そして法律などの知識を記憶RNAの投与による手段でわずかな時間で身に付けられたことなどである。この時代、どんな職業につくのにも年令制限というものはなくなっている。そして義務教育というものも撤廃された。生活に必要な基本的な知識は大量の記憶RNA投与によって身に付けられるからだ。もっとも法律などの高度に専門的な知識を身につけるための記憶RNA投与は大金がかかり、ミリィのような立場の者でなくてはできなかったが。

 そして三年、重役たちは全員彼女の言いなりといってよかった。もともとの才能もあるのだろうが、ミリィは生れながらの専制君主であった。命令することになれ、ひとを動かすすべを彼女は生れながらに知っていたのである。

 その三年のあいだ、新興の宇宙船メーカーがペガサス社のシェアを意外な方法で侵蝕してきた。

 クロノス、というのがその新興の宇宙船メーカーである。

 クロノスはペガサスがやらなかった軍用宇宙船受注という分野に目をつけ、大量の宇宙戦艦の発注を帝国宇宙軍からうけた。その結果豊富な資金力を身につけ、その資金力を背景にいままでペガサスの独断場であった個人用宇宙ヨットのシェアを食い荒らしつつあった。その結果、ペガサスは創業以来の危機にたたされたというわけである。

 かつかつかつ……、とブーツの靴音をひびかせ、ミリィは自分のための社長の椅子にどっかりと腰をおろした。その間、ひとことも口を開かない。

 そのままひとりひとりの重役の顔をじっと見つめている。

 そんなミリィを専務の遠山ははらはらしながら見守ってきた。

 かれはミリィをその生誕から知っている。彼女が生まれてから、筆頭重役の責任として養育係りを自任してきたくらいである。それは封建領主のお姫さまを見守る忠実な家老といった役割であろうか。

「あんたたちの改革案、部屋で聞かせてもらったわ」

 彼女の言葉は会議室の空気をぴしりと切り裂いた。その口調に全員がうなだれた。ミリィの怒りはまるで手が触れそうなくらいで、だれも言い返すことはできない。

「なんなのあれは? あれがあんたたち精一杯の提案ってわけ? まったくあきれたわ。これじゃクロノスに追い付かれるわけね」

 クロノス、という言葉がミリィのくちから出ると重役たちの顔がいっせいに渋面にゆがんだ。この会議で当然議題にのぼらなければならないクロノス社との競争にどう打ち勝つか、という議案はとうとう出なかったのである。みな、その社名を口にだすことさえ避けていた。

 ミリィは部屋を横切ると、窓を操作するパネルを開きスイッチに手を触れた。さっと会議室の一方の窓ガラスが透明になり、洛陽シティの夜景があらわになった。重役たちはその夜景を目にすると目を逸らした。

「みんな、目を逸らさないで! あれを見るのよ!」

 ミリィがゆびさす方向に「クロノス」のロゴが夜景に煌々と輝いていた。ペガサス社の鼻先にクロノス社の本社ビルがそびえている。クロノス社はわざわざペガサス社の目の前の土地を買収して、そこに本社ビルを建設したのである。あてつけ、といっていい。

「みんな、この窓を不透明にしてあのビルがないふりをしているけど、そんなことをしても無駄よ。あれが目障りなら、うちが頑張らなければだめなの」

 とうとうたまりかねてひとりの重役が口を開いた。このなかでもっとも年令のわかい、木村という名前の重役だった。のっぺりとした顔つきの、甲高い声の持ち主である。

「しかしどうすればいいと言うのです。社長になにかアイディアがあるとおっしゃるのですか?」

 木村の発言にミリィはにやりと凄味のある笑いをうかべた。

「アイディアがあるか、って? もちろんあるわよ。起死回生のね」

「聞かせてもらいましょうか」

 木村は憤然となってそう言い放った。

「それじゃ聞くけど、どうしてうちの主力である個人用宇宙ヨットの売り上げが落ちてきたと思ってるの?」

「そ、それは……」

「比較の対象がないからよ。いくら優秀な性能でも、それがはっきり目に見えるかたちで消費者にわからなければ意味がないわ。クロノスはおなじクラスの宇宙ヨットをうちより五パーセント値引きして売っているけど、性能に注目すればかならずうちのほうが優秀であることはわかるはずよ」

「しかし各販売店にはうちの宇宙ヨットの性能についてはじゅうぶんレクチャーしておりますし……」

「それじゃだめなのよ。数字だけの話しじゃない。もっとはっきり、だれが見てもペガサス社の宇宙船が優秀だということがわからなければね」

「どういうことです」

 木村は憮然となった。かれの娘ほどの年令のミリィのまえで、かれはまったく手も足もでない格好だ。

「あんたたち、二十世紀の地球の歴史というものを学んだことがあるかしら?」

 なにを言い出すのか、と重役たちは顔を見合わせた。二十世紀といえば、銀河帝国以前の時代であり、人類はまだ恒星間宇宙船も持たない未開の時代であった。なにしろ火星や金星などの内惑星に人類の植民地すらもないころの話しである。

「そのころさかんにおこなわれていたものに、自動車レースというのがあったのよ。自動車というのはそのころ主力の交通手段で、四つの車輪で地面を走る乗り物のことなの。その自動車のメーカーはさかんにレースに参加して、自社の技術水準を宣伝する手段にしていたわ。どう、おもしろいでしょう」

「はあ……」

 ミリィの話題がどこにむかうのかさっぱりわからず木村は生返事をかえした。

「レースをするのよ! 宇宙船のレースを! 太陽系を一周する、宇宙船同士のレースをこのペガサス社が主催するの。このレースは太陽系にすむすべての視聴者が注目するはずよ。そしてペガサス社の宇宙船が出場して、優勝を勝ち取ってごらんなさい。どれほどの宣伝となるか!」

 ミリィのほほは紅潮し、目はきらきらと輝いた。彼女の口調には熱がこもっている。ミリィはいつしか立ち上がり両手を動かして情熱的な身振りをおこなった。

 重役たちはあっけにとられていた。こうなったらミリィはだれにも止められなかった。しばしばミリィはこういう状態になって重役にじぶんの意見を通すことがある。こうなるとミリィはどんな困難があっても自分の意志をつらぬいてしまう。

「みんな、これを見て」

 そう言うとミリィは会議室のスクリーンをゆびさした。みなが注目すると、そこには太陽系の概念図が描かれた映像があらわれていた。

「このレースは地球を出発して火星へむかい、アステロイド・ベルトを横断して土星のタインタン基地へ一気にむかうの。そしてタイタンから太陽を一周するコースをとってふたたび地球へと帰還するという手筈よ。この時期、各惑星は合の位置にあって、ほぼ直列するからこれがいちばん効率的なコースになるわね」

「ずいぶん、手回しがいいですなあ。この会議をはじめるかなり前からずっと計画をすすめていたのですな」

 木村のことばにミリィはうん、とうなずいた。重役たちはざわざわと私語をかわしあっている。

「レースだって?」

「馬鹿なことを……」

「わが社の名前が汚されるのでは?」

「もし負けたらどうなさる」

 くちぐちに騒ぐ重役たちをミリィはひややかにながめている。しだいにそんなミリィの様子を見て、重役たちはだんだん口数がすくなくなっていった。

 しん、となった会議室で木村がふたたび口火をきった。

「わたしは反対です! みなさん、わたしはこの場で社長の解任動議を提出します。遠山専務この発言を記録してください」

 ミリィの目はほそくなった。

「解任動議ですって? 理由はなに」

「社をあやうくさせる無謀な計画をしたということでじゅうぶんでしょう。レースなど馬鹿馬鹿しい」

「なぜ、宇宙船のレースが馬鹿馬鹿しいといえるの?」

「あたりまえじゃないですか。レースとなるとわが社以外の宇宙船も出場することになるのでしょうな? たとえば……」

「たとえばクロノス? そうよ、これは公のレースにするつもりよ。クロノスが出場するならもっけのさいわいよ。クロノスをたたきつぶすいい機会じゃない。なにが問題なのよ?」

「もしペガサスの宇宙船がクロノスの宇宙船の後塵を拝すことになったらどうなるのです。その危険はないとはいえませんぞ」

「そうね、でもリスクは負わないと。そうでなくてはこの危機は回避できないでしょう。でも、あんたがそんなことを言い出すとは意外だわ」

「どういうことです?」

 木村はきっとなった。

「この会議室からずっと亜空間通信装置の反応がでていたのよ。あんたがこの部屋へ足を踏み入れてからずっとね」

 木村ののっぺりとした顔は蒼白となった。

「あんたが重役になってからうちの新型宇宙船のデザインや、設計図が外部に漏れていた証拠があるのよ。あんたが重役になってね! そう、あんたはたしか設計部門の責任者だったわね」

 ミリィは顎をしゃくった。

 と、木村の両側にすわっていたふたりの男がたちあがり、その腕をがっちりと掴んだ。あっという間に木村の上着のポケットからちいさな通信装置が探り出された。木村はそのときになってじぶんの両側にすわっていた男の顔を見たことのない者であることを気付いた。

「そのふたりはペガサスの防犯部の人間よ。こんどのために特別に配置させていたの。木村、あきらめなさい。あんたのことはすっかり調べてあるわ。あんたの口座には、クロノスから大金が支払われているわね」

 木村は歯を食いしばっていた。顔色は蒼白からまっかになっていた。

 遠山はおろおろと声をかけた。

「お嬢様、それではいままでの会議の内容はクロノスにつつぬけになっていたということになりませんか」

「遠山、お嬢様はやめて、と言ったじゃない! ともかく会議の内容がつつぬけになろうとたいしたことはないわ。それよりなぜ木村がスパイのようなまねをしたということが問題よ。ねえ、あんたどうしてこんなことしたの。なにが不満なのよ」

 木村は肩をすくめた。冷笑が口の端にうかぶ。

「あんたのような小娘が、ペガサスの社長におさまるのが気にくわねえっていうんだよ! けっ、お嬢様だかなんだか知らねえが、世間知らずのお姫さまが、社長でございとおさまりかえる。あんたのしたでこれからずっと働くことを思うとぞっとすらあ!」

 ミリィの顔色がすうっ、としろくなった。唇がこまかくふるえた。

「出ていきなさい。すぐ、ここから出ていって!」

 木村はぺっと床に唾を吐くと、ゆっくりと背中を見せて会議室から出ていった。

 ドアの前にたつと、くるりと回れ右をして会議室の重役たちをにらむ。

「おい、おまえら! いつまでこんな小娘のもとにいるつもりだ。男なら、さっさとこんな会社やめちまえ! おれがクロノスに紹介状を書いてやる。いいか、ペガサスにいるかぎりおまえたちの未来はないぞ! いずれここはクロノスに吸収合併されるんだ。そうなったら、おまえたちの居場所はなくなると思うんだな」

 重役たちは木村の言葉にいっせいに動揺した。ミリィは保安部のふたりに叫んだ。

「あいつをここから叩き出しなさい!」

 つかつかと靴音をたて近付く保安部の人間をまたずに木村はにやりと不適な笑みをうかべるとドアをあけて出ていった。

 ふうっ、とため息をつくとミリィはどすんと音をたてて椅子に腰掛けた。おろおろとしている遠山に命じる。

「遠山。クロノスのシルバーに映話をかけなさい」

「なんですと?」

「おなじこと二度言わせないで。シルバーと話をしたいのよ。はやく!」

 ミリィの命令に遠山はぴょん、とちいさく飛び上がるようにして室内の映話装置のもとにかけよった。震える手でスイッチを操作すると、天井の一部がひらき、なかから映話装置の受像機があらわれた。受像機があかるくなって、そこにひとりの男がすがたをあらわした。

 ひろい両肩にがっしりとしたいかつい顔がのっている。頭はつるつるに禿げ上がり、ぎょろりとした目をした五十代はじめころの男がミリィをみつめている。眉はほそく、ほとんど見えない。鼻もくちも巨大で、全体に蛙のような顔つきの男である。かれはくちもとにふとい葉巻をくわえていた。その葉巻をひとくち吸い付け、紫煙をはきだすと男はにやりと笑いかけて口をひらいた。

「やあ、ミリィさん。今晩は」

「シルバー、ひさしぶりね」

 クロノス社の社長、シルバーである。もともとペガサス社の社員だったが、いつの間にか独立してクロノス社を立ち上げ、いまは古巣のペガサス社を追い越さん勢いだ。

「こんなよふけに、いったいなにごとですかな。あなたのような美人は、あまりよふかししないほうがよろしい。美容によくありませんぞ」

「くだらないこと言わないで。あたしが映話をした理由はわかっているんじゃないの? さっきまで、ここで話していた内容は聞いていたはずよ」

 シルバーは肩をすくめてみせた。

「ふむ、それについてはノーコメントとしましょう」

 ふたりは映話装置の受像機をはさんでしばらくにらみあった。やがてミリィは首をふると口を開いた。

「まあいいわ。あたしは今度、わが社主催で宇宙船同士のレースをやろうと思っているのよ。もちろん、参加する宇宙船のメーカーはペガサスだけでなく、あなたのクロノスにもよびかけるつもりなの。どう思うかしら」

「結構ですな。そういうことはどんどんやったらよろしい。宇宙船の技術発展にもよい結果になるでしょう」

「それでクロノス社にもぜひ、このレースに一枚噛んでもらいたいのよ。なにしろ、業界二位のクロノスが出場してくれれば、このレースも盛り上がりますからね」

「ははあ、業界二位……ですか」

 シルバーはミリィの言い方にひっかかったようだった。

「よろしい。ぜひそのレースにはうちからも宇宙船と、パイロットを用意いたしましょう」

「それでね、もうひとつあるの。このレースにはペガサスの参加ももちろんだけど、そのパイロットにはあたしがなるつもりよ」

「お嬢様!」

 遠山は悲鳴をあげた。黙ってろ、というようにミリィは遠山をにらんだ。

「ほほお、ミリィさんがみずから操縦桿をにぎるのですか」

 シルバーの両目がほそくなった。

「どう、面白いでしょう?」

 シルバーは笑い声をあげた。

 顔に似合わず、けたたましい甲高い笑い声である。かれは笑いすぎたのか、くわえていた葉巻にむせ、しばらくけほけほと咳き込んでいた。ようやく咳き込みをおさえ、涙ににじんだ顔をあげ受像機のスクリーンからミリィをのぞきこむ。

「面白い。ペガサス社がレースを主催し、しかもその社長がみずから操縦桿をにぎるとはマスコミがとびつくでしょう」

「ひとつ賭けをしない?」

「賭け?」

「そうよ、賭けよ。このレースの勝敗を賭けにするのよ」

「どういう賭けです」

「あんたの手元にある、ペガサス社の株よ」

「ミリィさん……」

 シルバーの顔がふいに真剣なものになった。さきほどまでのやや滑稽味をおびた表情はぬぐったように消し去っていた。かれの本性が闇の中からぬっと現れたようだった。

「シルバー。あんたがうちの株をひそかに買い漁っているのは知っているのよ。あたしの計算では、あんたはうちの株を二十パーセント取得しているわね。代表質問権を獲得するにはじゅうぶんな数よ。来月の株主総会にあんたが顔をだすつもりでしょう」

 シルバーの顔色はあおくなったり、あかくなったりみるまに変わった。ざわざわと会議室の重役たちは私語をかわしあった。

「ねえ、このレースでうちが勝てばあんたの手元にある株をこっちで引き取るわ。そちらが勝てば、あたしが持っている株をあんたに売ってあげる」

「何パーセント売ってくれるのです」

「三十一パーセント。過半数をこえるにはそれだけ必要でしょう」

 重役たちはいっせいに立ち上がり抗議をした。

「なんということを!」

「自殺行為ですぞ!」

「遠山! いまの発言を記録から削除したまえ!」

「削除の必要はないわ! シルバーどうなの? この賭けにのってみない」

 シルバーはぐっと唇をひきしめた。びくびくとこめかみに浮いた血管が脈動している。うっすらと汗をかいていた。

「よろしいのですかな。その条件で」

 ミリィは昂然と顎をあげ胸をはった。

「あたしはいいわ。あんたが尻込みするのならそれでもいいけど」

「そんなことはしない。よろしい、その賭けにのりましょう。ミリィさんがこのレースでうちのクロノスに勝てばわたしの持っているペガサスの株をすべて差し出します。しかしうちが勝てば、過半数をこえる株式をうちがもてるようにする。それでいいのですな」

「決まりね!」

 ミリィはにっこりと笑った。

 シルバーはにやりと笑い返し、接続をきった。してやったりという表情が浮かんでいる。念願の、ペガサス乗っ取りが目の前にぶらさがっていると確信している表情である。

 ふうっ、とミリィは息を吐き出し、重役たちを見回した。

「今日の会議はこれでおわります。みんな、このレースの実現に動いてもらうわ。いいわね」

 あっけにとられている重役をしりめに、ミリィはさっさと立ち上がり会議室を出ていった。あとにのこされた重役たちはひそひそと言葉をかわしている。

 遠山はおろおろとしていたが、やがて決意の表情をうかべミリィのあとを追った。


「お嬢様! おまちを!」

「なによ、遠山」

 廊下で遠山はミリィに追い付き、声をかけた。はあはあとあらい息をついている。

「おやめください。あのような賭けなど」

「なぜ?」

「危険すぎます。ペガサス社を賭けものにするのもそうですが、レースにお嬢様がみずから参加なさるなどと……。シルバーがどのような男か、知らぬわけではないでしょう」

「そうよ、どういうやつかあたしが知っているからあんな賭けを申し出たの。いまごろシルバーはしてやったりとほくそ笑んでいるでしょう。そこがつけめなの」

「しかし……」

「あのね、これはペガサスとクロノスの生き残りを賭けた勝負なのよ。それに重役たちのこともあるわ」

「かれらがなにを?」

「シルバーがどうやってうちの株式を取得したと思っているの?」

 遠山はあっという顔になった。

「そうよ、うちの役員がシルバーにうちの株を横流ししているにきまってるわ。いまごろあいつら、うちを見限ってクロノスに頭をさげにいこうか考えているわよ」

 遠山はぼうぜんとなっていた。


 ミリィとの会話がおわり、クロノスの本社ビルにあるシルバーの私室では、シルバーが高笑いをたてていた。

「わはははは……あの小娘、とうとう血迷ってあんな賭けを申し出てきたわい! これでうちの勝ちだ!」

 笑いがこみあげる。

 机の引き出しを開け、あたらしい葉巻を取り出すと専用の鋏で吸い口を切る。口に咥え、火をつけおおきく吸い込んだ。

 その姿勢のままぱんぱんと自分の膝をうち、シルバーは天井にむけて葉巻のけむりをふきあげた。

 その目はきらめきをたたえ、これからのあれこれについて物思いをしているようだ。

 ふいに真顔になるとシルバーはデスクのスイッチをいれた。

「はい、御用ですか?」

 即座にスクリーンに秘書ロボットの顔が浮かんだ。

「おい、宇宙船のパイロットに募集をかけろ。優秀なやつをさがすんだ」

「パイロット、ですか? それならうちの組合に何人でもおりますが」

「そんなやつはいらん。おれは優秀なやつがほしいんだ。そう、たとえば宇宙軍のトップクラスとかな」

「はあ、わかりました。でも、どういうことですか」

「レースがあるんだよ。宇宙船のレースがな!」

「レースですか?」

 ロボットは無表情な顔をうなずかせた。レースというシルバーの言葉に、驚いた様子はない。

「そうさ、ペガサスを打ち負かすために、どうしても優秀なパイロットが必要なのだ。たのむぞ、すぐ募集をかけろ」

「わかりました」

 スイッチをきり、シルバーはにやにや笑いをうかべていた。ぴしゃりと音をたててじぶんの禿頭を手のひらでうつ。


 ミリィの自室はペガサス社の本社ビルの最上階にあった。彼女は裸になって浴室にはいり、湯槽に湯をためるとゆっくりと肩までつかった。

 ふと思いついたことがあるのか、浴室の通話装置をいれる。もちろん音声のみで、映像は切ってある。

「遠山、おきている」

「はい。なにかございますか?」

「あたしのユニコーン号の整備をたのむわ。優秀な整備工場をさがしておいて」

「はい、もちろんでございます」

「それじゃ頼むわね」

 通話装置をきるとミリィはふたたび湯槽にふかぶかと身をしずめた。放心したように天井を見つめる。

 と、その目尻にひかるものがあった。

 声をしのんでミリィは嗚咽をもらしはじめる。

 泣いている。

 ミリィは泣いているのだ。

 彼女は木村の罵言に傷ついていた。いままで十八年の人生で、あれほどの悪意に直面したことはなかったのだ。いみじくも木村がいいはなったようにお姫さまとしてきままにペガサス社に君臨してきた。それが手痛いしっぺ返しをうけたのだ。

 ミリィは泣き続けた。


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