二章
教室に入ると、みゆちゃんが興奮して近づいてきた。
「ねぇ、りこ、さっき大島君にはなしかけられてたでしょ!?何話してたの!?」
いつみてたんだろ。さすが情報通のみゆちゃん。
半分感心、半分呆気にとられながら、教室の奥、一番後ろの自分の席に向かう。
「別に大したこと話してないよ。おはようって言われただけ」
席につくと、まだ空いている前の席に座って、みゆちゃんはさらに質問を浴びせてきた。
「おはようって、大島君が!?みゆに!?なんで!?話したことあったっけ!?」
かなり興奮してるみたい。
大島君はサッカー部レギュラー、高身長、成績優秀でモテモテなのに、彼女もいないどころか女の子には無愛想で、そこが、またクールでかっこいいと、余計人気に拍車をかけている。
そんな大島君が、見た目も成績も運動神経も、オールマイティ普通な(運動神経にいたっては普通以下な)私に話しかける理由が、自分でも思いつかない。
やだ、自分で言ってて悲しくなってきちゃった。唯一自慢できることと言えば、色素が薄くて柔らかくウェーブがかかっている、この長い髪の毛くらい。
ほんと、どうして大島君は私に話しかけてきたんだろう。
「私にもわかんないよ。大島君と話したのだって今日が初めてだし。誰かと間違えたとか?」
「ほんとに今日が初めて?」
疑うようにじとっとした目でみゆちゃんが見つめてくる。
こ、怖い…
数々の噂話はこうやってみんなに白状させてるのかな…
「ほんとだってばー!!私なんかが大島くんと接点あるわけないじゃない。」
「それもそうなのよねぇ」
う、今度はあっさり納得しすぎじゃない?
「まぁいいわ、もし大島君と何かあったら、すぐに報告しなさいよ?わかった?」
「わ、わかった」
ほぼ無理やり承諾させられると、満足したようにみゆちゃんは自分の席に戻って行った。
何かって、何かなんてあるわけないじゃない。あんな人気者の大島君と挨拶したのだって奇跡だもん。
ふー。朝からちょっと疲れちゃった。
始業の時間まであと十分ある。
今日は早起きしたからな。
机にうつぶせて、少し眠ることにした。
あれ?ここどこだろう。
気が付くと、仄暗い洞窟のようなところにいた。
あ、これ夢だ。
私は時々、夢の中で、今自分が夢の中にいることがわかる時がある。
今回もそれだった。
洞窟の横には湖があって、その水がぼんやりと輝いている。
光がさしていないのに、ほんのりと明るいのはその輝きのせいだった。
「きれい」
思わず独り言を呟いてしまうくらい、美しい光だった。
そして、なぜか懐かしい気持ちになる。
湖を見つめていると、その中心から強い光がでており、湖全体を輝かせていることがわかった。
なぜか目か離せず、光に吸い込まれるように湖に近づいて行く。
何?誰かに呼ばれているみたい。
フラフラとその光だけを見つめていたせいで、いつの間にか湖に踏み込みそうになっていることに気がつかなかった。
「キャっ!!」
思わず声が出た。
我にかえると、すでに片足が、湖の上だった。
あわててバランスを取り、地上にある方の足に重心をかけようとしたけど、悲しいことに運動音痴の本領発揮、反対に湖の方向に体の重心が傾いた。
反射的に、目をつむる。
だけど、予想していた衝撃や水の冷たさは襲ってこない。
あれ?
パッと目を開けると、私は湖の上に立っていた。
「わー!すごい!!」
以前にも空を飛んだ夢をみたことはあったけど、水の上を歩くのは初めてだった。
恐る恐る、その場で足を踏みしめてみる。
ぽよん、と感触が足に伝わり、水面が揺れた。
まるで、ゼリーの上を歩いているみたい。
私は、輝きの中心に向かって歩いて行った。
光に近づくにつれ、遠くから見ていた時よりも眩しくなって、目を細めずにはいられなかった。
ゆっくりと一歩ずつ中心に進む。
ついに、たどり着いた。
水面下から大きな光が地上向かって射している。
そっと、しゃがみ込み、その光に手を伸ばした。
その瞬間。
光が、ヒュンっという音と水しぶきとともに水中から飛び出した。
目の前には光の正体、青く輝く石が、浮かんでいた。