4 話
この作品には〔残酷描写〕〔15歳未満の方の閲覧にふさわしくない表現〕が含まれています。
15歳未満の方はすぐに移動してください。
今回[流血表現]もあります。痛いのが苦手な方ご注意ください。
リツキです。
地上へ降りて三年が経ちました。
地上世界における人間社会の中で、成人というのが大体十七歳だという事で、地上に降りた時の俺の年齢は、十七、八歳くらいにしてもらった。
なので、現在大体21歳辺りになるはず。
他の人間とあまり付き合ってないし、あんまり鏡とか見ないからよく判らないんだけど、自分でたまーに見る限り、何かもう少し若く見えるけどね。
身長もう少し高くしてもらえばよかったかな?
創世神と同じというこの髪と目の色はこの世界じゃわりとあるらしくて、[天の大君の色]って呼ぶ。
何か一芸に秀でているっていう印みたいなものなんだって。
かえって黒髪黒目の方が少ないって知ってびっくりしたけど、世界が違うんだからそういうもんだよね。
実際、他のカミサマ達の色彩凄かったからなぁ……色の組み合わせが。
見てて目が痛いカミサマも居たけど、そのうち慣れた。
だって、地上にいる人間とか動物とかもカラフルなんだもん。見てて楽しい。
この地上世界の現在の雰囲気は地球でいうと中世に近い。
武器でいえば銃らしきものはなく、剣や槍、弓矢や鈍器とかが基本。
勿論、電気なんてない。
地球と違うといえば、例えば移動手段。
徒歩、馬、馬車、牛は基本だけど、それとは別に騎竜とか飛竜が居る。
どちらもトカゲみたいなひょろりと長い体躯で、飛竜には蝙蝠のような羽がついている。
動物は地球のと良く似てる。
犬や猫もいるし、鹿やウサギもいる。
たまーに猫の尻尾が二股だったり、犬の頭に角があったり、ウサギに羽が生えてるのが居たりするけど……ま、異世界だし?
あとは魔術や神術がある事。
でも、魔力や神力っていう力は、持ってる人と持ってない人がいる。
持ってる人も弱い力の持ち主から強い力の持ち主まで様々で、属性も色々とある。
大まかに分けると、医療とか癒しとか神様への祈りとかは神術系統。
それ以外は魔術系統にあたる。
魔力とか神力とか持ってない人は、術が仕込まれている術石というものを使用する。
だから、火を起こすのも夜間の町の明かりも魔術を使う事の方が一般的だ。
術が込められる媒体は色々とあって、術屋で普通に売られている。
もちろん媒体や術の種類によって価格は様々だけどね。
それと、地球には居ないけど、この世界には魔物とか魔獣とか神獣とかが存在する。
飼いならす事が出来る種類から手におえないものまで多種多様。
ある程度まで教えてもらったけど途中で投げた。多過ぎ。
神獣は神力を持っていて神術を使えるし、魔獣とかも魔力持ってて魔術っぽいものが使える。
魔物は魔術は使えないけど、特殊な毒とかもってるヤツが多い。
音波みたいなの出して相手の動きを麻痺させるヤツかも居る。
こわいねー。
人間の知識がどれくらいかとして挙げるなら、自分たちの住んでいる大地が球体であると認識されてない辺り。
夜空の星は天界からの覗き穴だそうだ。現在自分たちの居る大地は平らだと思われている。
実は球体なんだよとか教えたいけど、そういった研究をしてる人も居るらしいんで、自然の流れに任せてほしいってカミサマ達に言われた。
そりゃそうだよね。早すぎる知識は異端でしかないのは地球の歴史でもあったし。
その辺りはしっかりと傍観者になりましょう。
天から眺めるとよくわかるけど、この星は地球より少し小さい感じがした。
大陸は大きなものが二つ、あとは島々が色々とある。
一日は、ほぼ二十五時間。
ひと月が二十八日。七日の区切りで、白、銀、金、黒という呼び名がついてる。
一年が十五ヶ月。地域によって多少の違いはあるけど、春、雨、夏、風、冬という感じ。
地球とよく似ているので嬉しい。
大陸の一つが[エルレ]、もうひとつが[フルス]という呼び名。
今、俺が居るのは[エルレ]の方。
[フルス]の方は[エルレ]よりも人間が少なく未開の場所が多いらしい。
二つの大陸の位置は丁度、星の表と裏みたいになっているので、まださほど交流がないんだって。
エルレ大陸には大きく四つの大国……[北のコルトラ国][西のアルゼルク国][南のザウガンド帝国][東のラクス王国]がある。
最初は居場所を固定せずに旅して回るつもりだったんだけど。
諸事情でこの三年、エルレ大陸の東にある国、ラクス王国の北に隣接する大森林、通称[聖魔の寝床]で日常生活を送ってます。
この大森林はかなり大きくて、広さでいえばラクス王国国土の倍以上ある。
上空から見ると大森林全体の形はいびつな円形になってて、大まかに中央部からドーナツ状に三層に分かれている。
一番外側は普通の森林。
鹿とか熊とか狼とかいるけど、その辺りさえクリアすれば人も暮らせる。
実際、住んでる人も少なからず居る。
この部分の森の通称は[樹海]という。
この大森林[聖魔の寝床]はラクス王国だけでなく他の王国からも不可侵な場所として扱われている。
つまり、どこの国の領土でもないという事。
領民の義務とかないし、税金とかも納めなくていいから世捨て人には最適。
ただ、毎日命がけだけどね。
何故かというと、普通の森林部である樹海からさらに森の中心部に向かうと、そこは魔物や魔獣の生活圏になるから。
普通の森林と魔物の生息区域の間は、特にはっきりとした境界が無い。
まだ樹海だと思っていて魔物の生息区域に足を踏み入れてしまうことは、それこそ誰にでも当たり前に起こりうる現状。
山や谷のある場所もあるし、人間には毒となる瘴気が蔓延している場所もある。
きちんとした準備もなしにそういった場所へ辿り着いてしまえば、それこそ待ち受けるものは死だけだ。
この辺りの森の通称はそのまま[魔の森]という。
大森林の外側には一応街道が設けられているんだけど、そこを通らずに近道しようとして外円の森林に入って、間違ってこの魔の森に近づいていてお亡くなりになる方も多数。
樹海にも盗賊とかいたりするしね。
そういう危険な場所なんだけど、薬の材料や魔術に使用したり武器に加工できる素材というものは実のところ、この辺りに多い。
採りやすい鉱石や薬草類もあるけど品質の良いものは危険な場所にあるし、高価で取引される魔物や魔獣の身体の一部とかは倒さないと手に入らない。
過去、この森でお亡くなりになった方々の遺品ともいえる宝石貴金属を収集する仕事なんかもあったりする。
なので、こういった危険区域でありながらも、冒険者は結構いたりする。
ただ、この魔の森からさらに森の中央部へと向かえる人間は少ない。
湖や草原すらもある、この大森林の中央部は聖なる領域。
神獣たちの住む場所なので[光の森]がここの通称。
ここは、最低でも上位精霊の加護の無い人間は足を踏み入れる事すら不可能。
結界で守られているから中央部の本当の姿を外部から見る事も不可能で、一見ただの森にしか見えない。
飛龍がこの上空を飛ぶのも無理。
というか、まず怯えて近づけない。
気を付けないと、その手前の魔の森から空飛べる魔獣が出てきて襲われるしね。
どの国からも不可侵だというのは、過去この大森林を領土として手に入れようとして侵略した国が、ひとつ残らず神の逆鱗に触れて退却を余儀なくされているから。
カミサマ達から言わせると、生態系の保護なんだそうだけど。
神獣、貴重だしね。
何度やっても攻略が無理なので、どの国も諦めたのが現在まで続いてる。
で。
俺は現在その[聖魔の寝床]の中央部[光の森]で基本、生活してます。
最初の頃は食べ物とかを精霊に持ってきてもらっていたけど、最近は樹海へ行って自分で狩りをして獲る事もある。
狩りの仕方とか、さばき方とか、調理の仕方とかも実地訓練に含まれていたので現在では問題なくこなせている。
魔の森にある色々な材料を使って薬を作るのが結構楽しい。
それを近くの町に卸したり、樹海で生活している人たちに売ったり、食糧とかと交換したりしているのが日常。
俺が、やりたかった事。
それは薬を作る事。
生前、病気は風邪位だけど、怪我は沢山した。
程度にもよるけど、酷い怪我は自分の力だけで治すのはとても時間がかかる事を知ってる。
誰だって普通、痛いより痛くない方がいいよね。
すぐに治る薬があるといいのに……
それは小さい頃から思っていた気持ちだから。
この世界には神術がある。術式で怪我や病を治すこともできる。
でも、無から有を作り出せるわけじゃない。
何かを行うには、必ず対価が必要になる。
例えば、傷を癒すのなら、癒すための材料を身体の他の余剰部分から取ってきて、それが分解されて再構成されて新しい皮膚とか筋とかになる、っていう感じで。
だから余剰な部分が足りない時なんかは、そういう術式は使用できない。
出来るのは薬で、少しでもその足りない部分を補う事。
勿論、薬だけで状態が改善する傷や病も沢山あるので、一般には術式での治癒より薬の方が流通している。
問題なのは、それらの価格。
神術にせよ薬にせよ、無料ってわけじゃないから。
新米の巫女や神官が訓練がてらに行う慈善治療を除けば、寄進なしの治療は有り得ない。
効き目の在るモノはどちらにしても高い。
安価で、効き目のある薬を作る。
薬師。
それが俺がこの地上世界でやりたかった事。
地上世界で俺がこなす元々の役割は違うんだけど、それとは別にしてみたかった事だから。
勿論、こなさないとならない役割の方が大きいのは確か。
だから、役割が本業だっていうなら、薬師は副業という位置づけになる。
本業に支障が出るなら、副業は規模を小さくするか、休むか止めるか、ってなる。
それも覚悟の上で、薬師を始めた。
俺の作る薬で、知らない誰かの顔に笑顔が戻るかもしれない。
もしそうだったら嬉しい。
そんな、ただの自己満足からなんだけどね。
この[聖魔の寝床]は薬の材料の宝庫だから。
取りに行ったり加工したりっていう手間はあるけど、楽しいし。
だから、儲けとかあんまり考えてないんだけど。
価格を変に下げ過ぎると他の薬師さんから苦情が入るだろうから、ぎりぎりまで下げてる。
薄利多売ができれば苦労しないんだけど、ひとりでそれやるのはちょっと無理。
ま、ゆっくり地道にがんばりましょう。
あ、魔の森にしても、カミサマ達の加護のおかげで野獣とかの脅威は特にないです。
頭のいい種類の魔獣なんかは、こっちを見てるだけで絶対に襲ってこない。
手を出したら痛い目に合うの判ってるらしい。
たまに襲ってくるおバカなのもいるけど、一応魔術で防御壁を纏うようにしてるから安全。
電撃付きで弾かれていくから。
かなり奥地辺りでもこれまで数回、人間の姿見かけたからね。
怪しい奴とか変な奴って思われても困るから、魔術使って身を守ってるって風にしておかないと。
でも、時間がないときは転送陣作って光の森から魔の森の端まで一気に移動する。
誰もいない場所狙って術を行うから他人に見られたことは一回もない。
今回も無事に樹海近くの魔の森へと到達しました。
本日の目的はいつもの樹海の中での物々交換ではなく、薬の材料集めしている時についでに見つかる宝石や装飾品が結構たまってきたので、その一部を買い取ってもらおうかと、少し足を延ばして街道沿いの町まで行く予定。
肉はまだストックあったし、珍しい果物とか服地とかあったら買って帰りたいな。
光の森に居る時は生成りのTシャツと薄手の生地のズボン、足元も裸足か足首までのサンダルで過ごしている。
大森林の他の場所はともかく、光の森だけは常に常春気温なので身軽だ。
魔の森なんて極寒から酷暑な場所まで様々なんだよ。
だから、光の森を出て他の場所へ行くときは狩人に近い服装で行く。
今回もそういった服装で出てきた。
森は結構虫がいるから長袖長ズボンは鉄則。
両の手首には籠手代わりの幅広の金属の腕輪。
これ、枝なんかをはらう時とか怪我しなくていいから便利。
あと、右手の中指と左手の人差し指に自分で錬成した指輪。
この世界じゃ宝飾品は金銭代わりにも使えるし、それに術式とかも組み込んだりできるからね。一種の保険みたいなもの。
ちなみに大抵いつもは[傷の賦活・再生]と[毒消し]を指輪に組み込んでる。
毒なんかで痺れると口頭で呪文なんて言えないからね、場所指定して力を通すだけで稼働する仕組みにしてる。
狩りの予定はないから弓矢は持たず腰に短刀だけ着けた。
足元は靴下代わりの布を巻き、皮のブーツっぽい靴を革紐で固定してある。
皮と布で作った袋に術石を三つくくりつけ、中に売買用の薬や素材、宝石とかお金なんかを入れて肩から下げ、少し厚手の茶色いマントを羽織れば立派な旅行者スタイルである。
途中見つけた薬草なんかをちまちま採取しながら、もうすぐ魔の森を抜けるという頃、わりと近くで悲鳴が聞こえた。
森では全て自己責任だから別に助ける義理とかはないんだけど、目の前で死なれるとやっぱ寝覚め悪いからね。助けられそうなのは、たまに助ける。
一応どんな様子なのか窺ってみると…………をい。何でこんなのここに居るんだよ。
目の前には二十センチ位の大きさの蜂に似た魔物、ザマツがいた。
羽で空を飛び、女王を中心に群れで生活している。基本はスズメバチの大型と思っていい。
ザマツの巣に近づいてしまったり、たまたまザマツに遭遇した生物が、飛んでくるそれを切り落としたり潰したりしてその体液を一滴でもその身に浴びてしまっていたら、それらは全て敵とみなされ攻撃を受ける。
牙も頑丈だが一番の武器は尻から出ている剣のような針。
毒があり、刺されると身体が麻痺してしまう。
ただ、ザマツの主食はあくまで小動物や虫で人間が食われる事はない。
問題はその麻痺した状態で放置された後、ザマツの攻撃音に誘われ大物が出てくる場合が多いって事。
ザマツって普通、もっと奥地に居るんだけど……
考えるのとりあえず後回し、っと。
襲われている男の近くまで走りながら叫ぶ。
「マントを脱いで! こっちに投げて! 早く!」
突然の俺の声に驚いては居たが、その男はすぐに自分のマントを外しこちらへと投げてきた。
地面に落ちたそのマントにザマツが気を取られた隙に、俺は自分のマントをその男に投げる。
「それ被って蹲ってて!」
言い捨て、俺は落ちている白いマントを身に着けた。
白い色はザマツを惹きつける色。
狩人なんかはそれを知っているから、絶対に森で白い服は身に着けない。
攻撃する相手が変わった事をザマツが判っているかどうかはさておき、白い色を纏う自分の方だけにじわじわと寄ってくる。
どのくらい前から襲われていたのかは知らないけど、近くにザマツの死骸は落ちてない。
まだ体液が散ってないなら好都合だった。
ズボンのポケットから小指の半分ほどの笛を一本取りだして口にする。
ピィィィィィィィィィィィィィィィィ!
この笛は大抵の虫追いに使われるもので以前行った町で購入した品、魔物用にちょっとだけ改良してある。
音に反応してくれたらしいザマツが森の奥へと飛び去っていく。
全滅させるのは簡単だけど、殺さずに済むならそれが一番。
ザマツの羽音が完全に消えたのを確認して、俺は助けた男の所へと近づいた。
「もう大丈夫。追っ払ったから起きていいよ?」
「…………」
返事がない。動かない。
あー……うん。ここで放置はやばいんだけど、アレの訪問に間に合うかなー。
でも放置してて呼吸止まってたりしたらイヤだし。
麻痺毒はやっかいだ。
俺は自分の荷物から水薬と塗り薬を一つずつ取り出す。
「はい、勝手に脱がすよ」
頭だけとりあえずマントを外し顔を見る。
ぱくぱくと震えている唇に水薬をあてがう。
「麻痺毒の毒消し。ゆっくりでいいから飲み込んで」
数秒後、喉仏が動いた。二度、三度……四度目にむせた。
ゆっくりってのも、難しかったかな?
空になった水薬の器を唇から外して地面に置く。
「喋れる? 手とか動く? 何回刺された?」
「…………に、かい」
「二回ね。場所は?」
ゆっくりと右手の指が左足のすねと左肩を指す。
本当は服脱いでやるのが一番だけど、急いでるから服の上からそのまま治療薬を塗りこむ。
ごめんよー。服代とか弁償は勘弁してね。
「すぐに動けるようになるけど、少しだけじっとしてて。喋らないでね」
頷く男にもう一度自分のマントを被せ、その場からザマツが去った方向へ数メートル離れる。
借り物の白いマントはつけたままだったけど仕方がない。
知っている気配が、じわじわ近づいてきてるから。
男に背を向け、動かずに待つこと数分。
感じた大きな気配に、用意していた術石を放り投げて展開した。
ドォォォン!!!!…………バチバチバチバチ……
俺の横をノロノロと、でかくて黒っぽい塊が移動してばたりと崩れ落ちる。
見かけは人間より一回り大きいトカゲにみえる。
ザマツの羽音やその攻撃音を案内に麻痺させられた生き物を捕食する魔獣、ドラッザだ。
顎が蛇のように外れるので結構大きな生き物でもぱっくりと飲み込める。
動けない人間なんて一発で終わりだよ、怖い怖い。
どうやら、さっきのザマツの攻撃音を感知したのはこの一頭だけだったらしく、暫く待ったけど他に魔獣の気配はなかった。よかったよかった。
ざわざわと森が騒がしい。
近くで人の気配が沢山しているのが分かる。
手触りでこのマントがいい生地なのは判ってた。縫製もしっかりしている。
多分、目の前に居る男はお貴族様の類なんだろう。
樹海に狩りかなんかに来てて、何かのはずみで御付きの人達とはぐれて迷ったってあたりかな?
さっきの術式の音とかで場所は大体判るだろうから、そろそろここに着くよね。
「もう、大丈夫だから。動いてもいいよ?」
男の方に歩き始めたその時。
殺気と熱を、同時に感じた。
背中から腹へと抜ける、強い痛み。
下へ視線を向けると槍の刃先が見え、消える。
「……ッ!」
再度来る痛み。槍が抜かれ間もなく、また貫かれた。
悲鳴すら上げられない。
生暖かいモノが自分からほとばしっている。
何度か経験したからわかる。これはヤバイ。動脈イっちゃってる。
足から力が抜ける。痺れてる……って毒つきかよ、この槍。
地面にうつ伏せに倒れた勢いで嘔吐する。
何で? とか、誰が? とか、そういう事すら考えられない。
痛くて熱くて苦しい。
鼓動と耳鳴りが重なって煩い中、人の気配が増えた。
叫び声とかが聞こえて騒がしい。
そう思ってると、無理やり俺の身体は仰向けにされた。
暗い……目がよく見えない。
駄目だ……傷、早く治さないと……
傷口に右手を当て、心の中で指輪の術式を[展開]させる。
右手の指輪に施していたのは傷とかの賦活。稼働したのは何とか感じた。
次は左手……動けって……
動作がのろい。
毒が身体中に回ってきたらしく、息が苦しい。
くそっ、血と一緒に流れない種類の毒かよ……
左手を必死で動かし毒消しの術式が施してある指輪の術式を[展開]させる。
が、上手くいかない。稼働はしてるみたいだけど効果が薄い。
血が流れ過ぎてる……ヤバイヤバイヤバイ……
死ねない……死んじゃいけない……頼むから間に合って……
術式の波動を感じながら、俺はそのまま意識を失った。
地上世界でのリツキ、開始。