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伸びゆく螺旋  作者:
13/13

 13 話   とある者達

 この作品には〔残酷描写〕〔15歳未満の方の閲覧にふさわしくない表現〕が含まれています。

 15歳未満の方はすぐに移動してください。



 執筆予定は活動報告にあります。



 

 その日。

 ラクス王国の王都ソルディンは、常以上に賑やかだった。



 王都全域を驚愕に陥れた神龍の来訪と精霊たちの大結集が、国や人を害するものでないと公報により皆へと知れ渡ったからである。







「おまえ、神龍様のお姿を見たかい? 凄い存在感だったなぁ」


「ああ本当に。しかし、あの咆哮には参った。暫くウチの番犬が怯えて使いモンにならなかったよ」


「オレんとこの馬もだよ。ま、翌日にはケロッとしてたがな」







「おねぇさん。今日の野菜は全部安いよっ!」


「あら、ほんとぉ。どうしたの? 数日前の半値じゃない」


「それがな、先だっての精霊様たちのお蔭らしいんだよ! どの作物の成長も早くて、おまけに質もいい。神殿に確認したら、ちょっとした祝福がついたようなものらしいんだ。買って損はないよ!」


「まぁそうなの! それは有り難いわね。じゃあ、これと、それと、あれも貰おうかしら」


「はいよっ!」








「奥さん聞いた? 鍛冶屋の娘さんの事!」


「リットさんちのメルちゃんの事? 聞いたわよー。何でもあの時、精霊様に祝福を戴いたんですってね! 凄い幸運!」


「ほんと凄いわよね。他にも結構祝福受けた方居るみたいよ」


「中には御印を授けられた人も居るって噂よ」










「皇太子殿下さまをお救いなさったっていう御方って、やっぱ凄く偉い御方なんだろうなぁ」


「そりゃそうだろ。何といっても精霊長様、それも四柱様方全ての加護を賜ってらっしゃるってんだ。俺たちとは比べもんにもならねぇさ」


「そんな御方がこの国に暫く御滞在なさるっていうのはありがてぇよな」


「そうだな。これは見習いの神官さまから聞いたんだがよ。この国内全ての精霊様たちの数が前より増えてるらしいぜ?」


「やっぱりな。神様の加護を持たれる方々も精霊様たちに好かれるらしいし。精霊様たちが多いって事は暫くはいい事が続くかもな」


「商売の方も繁盛すると、よりありがてぇな!」


「全くだ!」








 街に市場に、笑顔と活気があふれている。

 

 四大精霊王の御印を持つ者が国賓としてこの王都に存在している事を、国民は至極好意的に受け止めていた。

















 王都ソルディンの城下街の一角にある商店のひとつ。

 そこは布地や糸を主に扱い、他国にも支店を持つ中堅どころの商店であった。




「今回の荷は少ないが、きちんと確認はしたかね?」


「はい旦那様。布地二(ひき)、糸十把、紐五束ですよね。種類も含め、きちんと確認いたしました」


「うむ。何事もなければ三日の行程とはいえ単身での旅だ、道中気を付けてな」


「はい。ありがとうございます」




 男は荷を付けた馬と共に王都を出発する。

 






 王都を出、国境を超え、目的地である町へと馬を進める。

 決して慌てず、急ぐ様子は見せず。

 たまに追い抜き、すれ違う他の商人や旅の者達と挨拶を交わしながら馬は進み、夕刻には目的地である小さな町へと着く。



 納めるべき品物をその町の商店へと卸した後、男はその町にある宿へと足を運ぶ。

 宿内で夕飯を取るが酒は飲まず、宿の主から決められた部屋へと入る。

 夜は更け、次第に家々の灯りも落とされてゆく。

 宿の男の部屋も、それらに倣うように灯りが消える。

 明るさはゆるりゆるりと消え、町は夜の帳に包まれていった。



 

 夜半。

 黒き影が町を走る。

 影の正体は宿屋で眠っている筈の男だった。

 獣にも人にも悟られず、男は町を外れ森へと入ってゆく。

 男が辿り着いたのは、そこに大昔からある古く朽ち果てた石造りの遺跡。

 灯りひとつないその暗い内部へと静かに入り込み、男は目的の場へと立つ。

 ほどなく、足元に転移の陣が展開され男の姿はその場から消える。

 


 転移先は、またも古い遺跡。

 その場でさらに転移の陣が展開される。

 


 僅かに瞬きの後、男は本来の目的地へと到着した。

 薄暗いが、やや広いその部屋に居たのは今来た男を除けば五人……いや、生きている者だけを換算するならば四人というべきか。

 床の上で物言わぬ物体と成り果てているモノの様相は惨たらしいものではあるが、他の四人からその物体への憐憫などは感じられない。

 であれば、ソレ('')はこの場で無視しても良いものなのであろう。

 男はその場に跪座し、己の主へ頭を下げる。



(つた)、罷り越しました」


「うむ。子細を語れ」



 男に返答したのは、椅子に座っている男。

 まだ壮年期に入って間もないだろう若さを感じるその男の足はくつろぐ様に組まれ、肘掛けに置かれた手はその頭部を軽く支えている。

 薄暗がりでも判る金髪は、男を見つめるその碧眼と共に艶やかに輝く。

 男は首肯し、口を開いた。



「エルケ皇太子殺害は失敗。術師と刺客の二名は捕縛され、現在投獄尋問中でございます」


「喋る口は持たせていなかった筈だな?」


「は。特定の呪にて枷付けしております故。未だ後ろ盾を語ってはおらぬと報を受けております」


「ふむ。では、公報は? 当時、かの王都も、かなりの騒ぎだったらしいが」


「王都ソルディンへの神龍の来訪と精霊の結集につきましては、危急こちらに報じました通りに。それに対するラクス国からの報として、神獣の来訪と精霊の結集はその場に存在していた四大精霊長の存在に引き寄せられての事であると。また四大精霊長がその場に在所した所以は、四大精霊長の加護を受けている者が城内に居たからであるという事。さらに、皇太子がとある危機に遭い、その皇太子を救ったのが、その四大精霊長の加護を受けている者であるという事。そしてその者が、その存在と感謝から、国賓とされているという事が公に報じられました。あと、別に貴族階級の者達には、皇太子の恩人はその時に負った傷が重すぎ、城内で養生中の為、独断での接触を禁ずるとの報が為されております」


「なるほど。あの時の精霊の騒ぎはそれか」



 金髪碧眼の男は軽く頷く。

 今回の報で、突然の精霊の騒ぎの原因は把握できた。

 エルケ皇太子の殺害は失敗したようだが、そちらは一時保留でもよいだろう。

 金髪碧眼の男は楽しそうに笑みを浮かべる。



「その、国賓の現在の居所と、その者の名は?」


「名は[リツキ]と。現在の居所は城内、東の離宮となっております」


「東、か……手堅いな。あと、加護付きであれば御印が必須。その確認は誰が?」


「国王と皇太子、神官長、巫女長、御殿医長だと、報を受けております」


「他の者は?」


「いえ、それが他は誰も。その場に居たはずの者達を何度か探らせましたが、誰もが口を濁すらしく。探索の者の言では、これは恐らく[枷]ではないかと」


「ふむ。知ってはいるが語れない、か」


「左様で。如何なさいますか?」


「細作だけでなく他の任に付いていない(くさ)を全て使って構わん。その国賓の年齢、容貌、嗜好、歴を調べ上げろ。御印の確定もだ。加護と報じられていても累加なのかも知れぬからな。後、可能な限り、こちらの息の係ったモノを城内に増やせ」


「は。畏まりまして。……して、獄に居る術師と刺客は如何に?」



 金髪碧眼の男は冷ややかに嗤う。



「あれらは、もう必要ない」


「は。ですが、片付けに少々問題が」


「申せ」


「王族が狙われた為か、獄舎人にも係わらずこの二人の食事には死刑囚の毒見が付けられ、自害できぬ様[縛呪]がかけられ、また獄にも[精封陣]が掛けられております」


 

 自他に対して術をかける。舌を噛む。毒を呑む。首を吊る。自刃する。

 縛呪とは、それら全てを行えなくする罪人用の魔術である。

 また、罪人の中には時に精霊や神の加護を用い逃亡する者もいる為、加護の力を一時的に使用できなくする為に場を限定して使われる魔術が精封陣である。

 縛呪、精封陣ともに、解呪、解陣するには三人以上の術師が必要となる為、目立たずにそれを行うのは難しい。

 


 金髪碧眼の男は、傍らに立つ男に視線を向ける。



「何か、案はあるか?」


「はい」



 傍らに立ち男はフードつきのマントを着用している為、風貌はよく判らないが、まだ若い者の声に聞こえた。

 その男は壮年へ応じた。



「一般に、獄にかけられている[精封陣]は、中位精霊以上の加護の力を相殺するもの。よって、下位精霊がその場に居る分には全く問題がありません」



 中位精霊であれば人間と直接言葉を交わすだけでなく、大きな物を動かすことも可能だが、下位精霊は物を運ぶ力が殆ど無いだけでなく、余程修練を積んだもので無い限り会話すら無理なのだ。

 そんな小さな存在に何か出来るとは思えず、金髪碧眼の男も眉を上げた。

 その表情に気付いたのか、フードの男は言う。



「小さき精霊たちは風の流れに乗り、灯りをともし、過分な水気を除き、室内の澱みをも移動させます。それは獄舎とても同じ事……ですので、これ('')を使われると宜しいかと」



 フードの男が近くの台の上にある黒っぽい小さな晶石を二つ手に取り、手袋をしたままの甲に当てて何かの呪を唱えた後、晶石を再び台の上へ戻し口を開いた。



「出でよ」



 目の前に現れたのは、掌に収まるほどの小さな精霊が二体。

 室内に何か術でもかけてあるのか、金髪碧眼の男にも蔦と呼ばれた男にもその精霊達の姿が見える。

 その精霊達に、フードの男は呟く。



 ぴるぴぴ ぴるるるる ぴぴぴ……



 精霊語でもたらされた命に、精霊達が苦しげに大きく震え、止まる。

 そして精霊達は蔦と呼ばれた男の近くへと寄り添った。

 


「ここから出た後、精霊の姿を見る事は出来なくなるでしょうが、それら(''')は貴方の傍に居ます。すでに方法はそれら(''')に命じてありますので、貴方は獄舎にほど近い場所で相手の目印となる呪を呟くだけで構いません」


「枷の呪に使用した真名でも構いませぬか?」


「個人が特定できるものであれば」


「承知仕りました」



 蔦と呼ばれた男は頭を下げたまま金髪碧眼の男へと向き直る。



「他には何かございますでしょうか」


「連絡のない限り、此度の命を優先とする。善き報せを待つ」


「は。畏まりまして。……これにて御前を失礼いたします」



 現れた時と同じ様に、蔦と呼ばれた男は転移陣の輝きと共に消え去った。







 金髪碧眼の男はフードの男へ訊く。



「あのような下級の精霊で役に立つのか?」


「ええ。只人の息の根を止める程度でしたらあれで十分でしょう」


「足がつく事はないのだな?」


「下位精霊は何処にでも存在しますからね。恐らくは手を下した方法すら判らない可能性が高いかと」


「ほう。その根拠は?」


「外的所見では自然死にしか見えませんし、何より下位精霊は悪戯はしても生き物を殺めるような力を持ち合わせてはいないと、そう思われているからです」



 そう。

 精霊は生命あるものを守り育む事はしても、その生命を摘み取る事はしない。

 いや、しないというよりも出来ないというのが正しいだろう。

 何故? と言う疑問すらも常識としてない。



 精霊とは生命を守り育む事をその存在理由に、神々から創り出されたもの。



 だから、例え人から[生命を摘め]と命じられても従わない、否、従えない。

 無理に命じて承諾させても、その時点でその精霊の存在は消滅するだろう。



「あれらには[何かに害を為せ]とも[命を奪え]とも命じてはおりません」



 フードから見える口元に浮かぶのは、楽しげな笑み。



「あの二体は水の精霊。命じたのは対象者の肺内に入り、己の身を限界まで凍らせる事」


「ふむ。内部から冷たさで心の臓を止める、か」



 少し思慮する金髪碧眼の男。



「では、命じられた事柄を終えた精霊はどうなる? ここか、あの蔦の元へと戻るのか?」


「いいえ。実行者が判明するような危惧もありません。己の意思でないとはいえ、己の所業で命を摘み取ってしまうその事実が、精霊(あれら)の存在をその場で消滅させますから」


「その場に居るかもしれぬ他の精霊から証言が出る事は? 下位とはいえ、それらと意思疎通が出来る者もいるであろう? そなたの様に」


「下位であればこそ、その知能は幼いです。意思疎通の出来る者が調べれば、水の精霊が人の体内で凍ったという事実は知れるでしょうが、何故そういう事が起こったのかは理解できないでしょう。精霊が生命を守り育むという事は常識ですから、神が直接手を下したと判断されるのが落ちです」


「成程、理解した」



 精霊が生き物の命を奪う事は全く無い、という訳ではない。

 天災などでは精霊による破壊と暴挙によって多くの命が奪われるのだ。

 しかし、それは全て神々の意思によるものの為、神々の意思で消滅する事になった精霊は、時をおかず神々によって新たに創られるのだと伝えられている。


 

 人は神ではない。

 だから精霊を使って命を摘む事など出来ない。



 その常識が世に罷り通っている限り、人為的な殺人である事は隠される。

 金髪碧眼の男は満足げに言う。



「よき案を作り上げたな」


「お褒めに預かり光栄です。ですが、貴方様の望む頂にはまだ届きません。さらなる研鑽を重ねたいと思います」


「相変わらず研究熱心な事だ。不足なもの有れば、いつでも言うがよい」


「はい。有難う御座います」



 短い会話の後、金髪碧眼の男は室内に居た一人の男と共にその部屋から出てゆく。

 その後、フードの男は室内に居たもう一人の男に床にある遺体の処理を命じ、自身は幾枚かある書類の処理をしてから、これまで居た部屋へ厳重に術式を組み込んだ鍵をかける。

 

 












 本来の自室でフードを取り去り、手袋を外す。

 ゆっくりと手の甲を眺め、男は微笑む。

 


 これ('')を他者の目に触れさせる事は出来ない。

 数日で片は付くだろうが、万が一を考え、手袋は寝る時も着けたままにしておかねばならないだろう。

 手間ではあるが、自身でこの様な経験が出来る事は幸運に思う。



 これより先に待ち受けているものが、善いものなのか、悪しきものなのかなど、関係ない。

 偶然読み解けた古代の遺物。

 それの実証こそが今の自分の全てなのだから。

 


 手袋を外された滑らかな手の甲。

 その白い肌には、小さな二つの御印が黒光を放っていた。






 主人公いなーい。

 かわりに、怪しいヒトタチが出てきましたー。



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