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伸びゆく螺旋  作者:
1/13

  1 話

この作品には〔残酷描写〕〔15歳未満の方の閲覧にふさわしくない表現〕が含まれています。

15歳未満の方はすぐに移動してください。

また[性]に対する免疫がない方、あるいは[性]の苦手な方はご注意ください。

 軽く、ため息をつく。


 天井近くに浮いている青年は、床に横たわる自分自身を見つめていた。


 ただ眠っているだけに見えるその姿。

 けれど、もうその肉体はもう生命活動を終えている。



『呆気ないもんだねぇ……』



 ぼそりと思う。


 朝、バイトから戻ってご飯食べて片付けしてお風呂済ませて本読んで寝る……という、いつもの生活。

 いつもとちょっと違った事といえば、少しだけなんか息苦しい感覚があっただけ。

 気が付くと宙に浮いていた。

 一度布団の中の自分に近寄ってみたけど、胸の上下運動とかないし、呼吸音とかもない。

 時計の音とかはしっかり聞こえてるのにな。

 一応触ろうとしてはみたんだけど、すり抜けてしまった……おおぅ。



『これはもう死んでるね、うん。まぁ突然死みたいなもんかな? 痛みとか苦しさとかなかったから良しとすべきなんだろうなぁ……』



 俺、一条 律己(いちじょう りつき)は再度ため息をついた。






 どっちかというと、まぁ貧乏な部類の家庭に生を受けた。

 両親とも家飛び出して十代で結婚して、まもなく俺が生まれてっていうそんな環境。

 若いからとか考えなしだとか言われたくなくて、最初の頃はそこそこ頑張ってたらしいけど、何分二人とも遊びたい盛りのお年頃。

 二人ともがイロイロとやりたい事をやり始めてしまったものだから、後はもうドロドロに。

 早く言えば二人とも別々に浮気とかして結局五歳の頃、母親の方が新しい恋人を選んで、父親と俺置いて家を出ちゃって。



 物心ついた頃には母親からも父親からも「お前さえ生まれなければ」って言われてたし、蹴られたり殴られたりもした。

 母親が居なくなった後も、このままだと父親にも捨てられるのかな? それとも殺されるのかな? って、何かぼんやり考えてた記憶がある。

 出来るなら捨てられないように、そして叶うなら殺されないように父親の機嫌を窺いながら、自分の事は自分でやって家事とかも頑張って覚えて、十歳の頃には一通りの事は出来るようになっていた。



 けど。

 あまり優しくなかった父親も挫折したのか何なのか、中学の入学時に唐突に鍵を渡された。

 義務教育終わるまでは金の面倒見てやる、アパート借りてやるから一人で暮らせ、って。

 「わかった」って頷いたけど、アパートに引っ越した後で何度か泣いた。



 義務教育終えて、奨学金で高校行って。そこまでは一応俺にも父親が居た。

 でも高校を卒業と同時に父親は俺と縁を切る事を選んだらしい。

 「ここまで育ったんだから、後は自分で何とかして生きろ」って。

 そう言って、俺の前から姿を消した……父親にとっての新しい家族を伴って。



 一人になって仕送りも止まったけど、その時点で何とか就職も決まっていたのでアパートの大家とも話をつけ、このアパートに住み続ける事ができた。

 色々とあったけど、これからの新しい生活に期待しながら生きようと思った。




 就職先は一年で倒産した。

 全国的に不景気だから、仕方ないっちゃ仕方ない。

 バイトバイトで食いつないできた。



 恋とか出会いとか、そんな事考えるゆとりはなかった。 

 現実は厳しいって事、よーく知ってるから。

 そういうのは、本やゲームや想像だけでも楽しめるから。

 夢とか希望とかないワケじゃないけど、過度な期待とかはしない。


 

 生きていけるだけでいい。 

 そう思うようになったのは何時からだろうか。



 ぼんやりとこれまでの二十二年の人生を振り返っていると、視界が変わった。


 






 ついさっきまで部屋の中に浮いていた筈なのに、今は霧の中にいるような、白っぽい空間だった。

 重力みたいなものがあるのか、足が地についている感覚がある。

 漫画とか小説だと、ここで出てくるのは大抵カミサマなんだが……



「はい」



 やっぱり出た。なんか光の塊みたいなの。



「お化けみたいな言い方だね」



 いや、だって……ねぇ? あれだけ色んな情報があっても、こればっかりは死ぬとか夢の中とかでしか有り得ないから確認しようもないし。



「驚かないのはその手の予備知識のせい?」



 まぁそんなところです。心読んでるくらいだからお分かりでしょ?



「読んでるっていうか、君がこちらに意識を向けて思ってるからダダ漏れになってるの」



 さいですか。まぁカミサマだから隠し事なんてしても無駄なんでしょ?



「うん。でもきちんと口で会話してほしいな、とは思う」


「そういうものなんですかね、カミサマ達の考えなんてパンピーの俺にはさっぱりですが」



 口を使って会話しはじめた俺の前の光の塊はヒトの形へと変わる。

 白い服。白っぽい髪と陶器のような肌と太陽のような黄色っぽい瞳。

 自分と同じ年齢くらいにも見えるが、声は凛として高いし性別もよくわからない。

 綺麗なのでどっちでもいいか。綺麗なものは好きだし。



「いいイメージ力だね、悪くない」



 カミサマはそう言って笑みを浮かべた。



「君の目の前にあるこの姿は、君自身が持つ神のイメージ。ちなみに以前魔女信仰とかやってた人が作り出した私のイメージは黒ヤギ頭でしたよ?」


「バフォメットですか」



 想像して思わず苦笑してしまった。

 何でもアリだなカミサマ。 



「で? これから俺はどうなるんです?」



 気分のいいうちに聞いておきたい。

 覚悟なんてもう、とうに出来てるから。



「人生振り返ってみても特にいい事とかしてないから天国なんて無理だろうし、ああいう人生だったって事も多分、俺自身が全部悪いんですよね? よくある前世とかで誰かを苦しめたとか、そんな絡みでの罰というか業なんだろうな、ってずっと考えてたから……」



 カミサマは何も言わず、さっきまであった微笑みも消えて無表情で俺をじっと見ている。

 その雰囲気に、却って自分の口角が笑みを形作る。

 希望なんて持つものじゃないから。


 

「あの二人の間に俺が生まれなければ、あの二人はずっと幸せに暮らせたのかもしれない……俺が生まれた事自体がすでに悪行だったとしたら……俺、次は地獄行きなんですかね? あー……魂末梢とかもアリかな?」



 何があっても人生自己責任。俺はそう思ってる。

 そりゃたまには他の何かのせいで、ってのもあるだろう。

 事故でも病気でも天災でも理不尽な事ってあちこちに転がってるんだから。

 だから、後悔の無い様に精一杯生きてきたつもりだった。



 でも最初から、邪魔なモノとして扱われる為に生まれたんだとしたら?

 誰かを、何かを不幸にするようなそんな存在なんて必要なのか?

 もし俺がそうなのだとしたら。

 俺は、もう俺なんてイラナイ。

 それとも、まだまだ苦しまないと犯した罪とやらが消えないんだろうか。

 何にしても多分俺が決められる事じゃない。

 そんな都合のいい夢なんてないって、わかってるから。


 

「ねぇ、カミサマ。俺って、要るの? 要らないの?」



 きちんと笑えてるかな、俺。

  








「まったくもう……君という存在はどうしてこう……」



 カミサマはそう言い、盛大にため息をつき飽きれたような笑みを浮かべた。

 はて、何かヘンな事を言ったかな?……と、つい首を傾げてしまう。



「必要だから顕現する。不必要なものなんて、そうそうあるもんじゃない。私たち神だって、そういう存在なんだしね。……あぁ丁度いい、来た来た」



 カミサマがひょいと右上に視線を向けたので、ついその先を追うとそこに光が現れた。

 光はカミサマの右隣に降り立ち人の形になる。

 夏の日差しの中で輝く大樹の葉のような深い緑の髪。けれど肌はなめらかな象牙色で空の様な青い瞳。

 服は薄い緑色だった。



「待たせましたか?」



 鈴のような澄んだ声に白い髪のカミサマが応じた。



「いや、丁度いい……視えてるよな? アレ」


「……ああ、本当に。貴方の仰る通り凄い状態に……」


「うん。なので、頼めるか?」


「承知いたしました。時間はかかるかもしれませんが……」


「構わないよ。待つのは慣れている」



 よくわからない会話が目の前で行われているが、[アレ]というのはどうも俺の事っぽい。

 会話を終えたらしい白い髪のカミサマが再び俺を見る。

 とっても優しい笑顔だった。



「君はね、君の希望でその人生を選び取ったんだよ。誰も、君のせいで不幸になんてなってない」



 え?



「辛いとわかっている役割を、最期までこなして今、ここに居るんだよ?」



 ……そう、なの? そういう役割だったの?

 …………

 ………………





 よかった……

 そうか……誰も不幸になってないのか……うん、なら、いい……

 この上ない安堵に心が軽くなった。

 あれ? なんでだろう……急に、ねむく……



「しばらく君のお仕事はお休みだよ。ゆっくりと癒しておいで……」



 白い髪のカミサマの声が遠くなる。



「こちらにまた戻ってきた時、その時には君から預かっている全ての記憶を返すから。あ、私を忘れない様に今生の記憶だけはそのまま持って行ってね」



 なんだかくすくすと笑っているような声音。

 それって……どういう……?



「ここへ戻ってくるの、ずっと待っているから。いってらっしゃい」



 俺の意識はそこで途切れた。






******************************************





 


 白い髪の神様は眠りに落ちた律己へ軽く両の手のひらを向ける。

 それまで生前……一条律己の姿であった人の形が崩れ、林檎ほどの大きさの丸い光の塊となる。

 それはふわりと浮き、白い髪の神様の胸の前で止まる。


 

「元の色が判らないほどに傷が深い……いつも無理ばかりするから……」



 白い髪の神様は愛おしそうにその光の塊……律己の魂を撫でる。

 ガラスのような表面には沢山の傷が刻まれていた。

 浅い傷、長い傷、深い傷、抉れているような場所もある。

 元々は透明で内部の光が外へと漏れ出る筈なのに、内部にある青色の光はうっすらと霞んでしか見えない。

 


「本当は私が癒してあげたいんだけど、元に戻ったらまたすぐに仕事しようとするだろうからね」



 白い髪の神様は律己の魂を深緑の髪の神様へと渡す。

 軽く会釈しながらそれを受け取った深緑の髪の神様はあらためて嘆息した。



「本当に凄い方ですね……ここまで傷がついているのに内部の輝きだけは濁りすらないなんて」


「他の誰もがやりたがらない生ばかりを選ぶからね……私の子の中でも抜きん出てる。並ぶのが楽しみだよ」


「では、こちらの世界から戻ったあかつきには、候補ではなくなると?」


「うん、そのつもり。だから、よろしくね」


「承知しました。わたくしたちも十分に楽しませてもらいます」


「またね、リツキ」



 もう一度だけ律己の魂にそっと触れ、白い髪の神様は深緑の髪の神様に視線を送る。

 深緑の髪の神様は律己の魂と共に、来た時と同じように光となって消えていった。


 



 

リハビリ作品です。


一人称って結構難しいんですねぇ……

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