三話
梨紗は脱力した。
なぜあんな話をしたのか、今更ながらに後悔した。
「止めてくれたっていいのに……!」
思い出して頬が紅潮したのを隠すように、手元にあったクッションを抱きしめる。
あろうことか光は梨紗の話を止めることなく、逆に聞き入っていたのだ。挙句の果てに強制的に締めくくった彼女に不満げな顔をする始末だ。
あんなことを懇々と繰り返し、それが教室にいたクラスメイトにも聞こえていたのかと思うとさらに顔が真っ赤になった。
ぎゅっと抱きしめる腕に力を込める。
光は先輩――新の弟なのだ。
そんなことは微塵も考えず、新への愛を語ってしまった。
気付いた時にはもう遅く、そこからは自己嫌悪だ。
「もういや……明日学校行きたくない」
項垂れる頭を柔らかな感触が受け止める。
その正体を確かめて、梨紗はベッドに寝転がった。
沈みかけた気持ちを和らげてくれるような感触が心地いい。
つらつらと考えていると、次第に目蓋が重くなってくる。梨紗は制服を着たままなことすら忘れ、ゆっくりと双眸を閉じた。
脳裏にちらつくのは、相変わらずの笑顔を向ける新。思わず頬が緩む。
「もし先輩に言ったら、ただじゃおかない」
深い眠りに落ちる直前、ゆらりと新の姿が揺れた。
「あ、おはよう」
爽やかな声に梨紗はぴたりと動きを止めた。
「せ、先輩!?」
朝。いつもどおりに登校していたはずだ。なのに、なぜか目の前に先輩がいる。
もう冬だというのに、寒がる素振りはなくにっこりと微笑んでいる。
「なんで先輩がここに――通学路じゃないですよね!?」
驚きすぎてつい語尾が強くなる。
「あぁ、うん。そうなんだけどね」
「じゃあなんで……あ」
ちらりと新の後ろに人影が見えた。
その瞬間、新の背後からひょっこりと光が顔を覗かせる。
「なんか光が梨紗ちゃんに用があるからって。で、なんでか俺も一緒にって……ごめんね、朝から」
申し訳なさそうに謝る新に、梨紗はぶんぶんと首を振る。
光はそんな二人を見つめ、満足そうに笑っている。
「あの、西嶋君。用って?」
用があるのなら学校で言えばいいのではないか。
そう思いながら光に視線を移す。
「うーん……やっぱりいいや」
「え?」
「そんなに大した用じゃなかった。だからいいよ」
そういってひらひらと手を振って踵を返す。
「え、ちょ!?」
「じゃ、また学校でねー」
まるで頑張れとでも言うように、光は手を振っている。
なんなんだと梨紗は呆気に取られてその後姿を見つめた。
「……行こっか、梨紗ちゃん」
同じく光を見ていた新が戸惑ったように口を開く。
「あ……はい」
「うん。早く行かないと遅刻しちゃうね」
そういって笑う新に頬が熱くなるのを感じた。
先輩となら遅刻してもいい。
そんな思いがちらついて、慌てて首を振った。